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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年10月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年3月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)
新聞がなくなる?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
発行部数が減る一方
最近、米国で新聞の先行きを危ぶむ声が多い。例えば、2007年5月にマイクロソフトのビル・ゲイツが広告業者を集めた会合で、5年後には新聞はすべてインターネットになっているだろうと言ったという。1) また、“ビジネスウィーク”2007年7月23日号の記事では、“サンフランシスコ・クロニクル” が真っ先に印刷をやめるだろうと名指しされた。2) いったい米国の新聞はどうなっているのだろうか?
米国の“エディター・アンド・パブリッシャー”の統計によれば、米国の日刊紙の発行部数は1990年ごろから減り続け、2005年までに累計で14%程度減少している。特に最近の減り方は顕著で、2006年4〜9月には前年同期比で2.8%減少している。3) 一方、ニールセン・ネットレイティングスの統計によれば、2007年4〜6月のウェブ新聞の閲覧者数は、平均月当たり5,900万人で、前年同期比7.7%の増加だという。4)
ウェブ新聞の収入はまだ少ないが、このように近年の増加率が高いので、各新聞社は紙媒体の新聞の減収をウェブ版でカバーしようとして四苦八苦している。その状況を見てみよう。
有料か、無料か?
ニールセン・ネットレイティングスの統計によれば、“ニューヨーク・タイムズ”のウェブ版の2007年2月の閲覧者は約1,300万人で、ウェブ新聞としては最大である。5) このウェブ版で、1週間以内の記事は無料で読める。それ以前のものを読むには月7.95ドル(約920円)かかる。ウェブ版を有料にするか否かは、どの新聞社にとっても大きな問題である。有料にすれば、その分の収入は増えるが、閲覧者が減るので広告料収入が減る。そのため、多くの新聞社はウェブ版を無料にしている。2007年8月、“ニューヨーク・ポスト”は、“ニューヨーク・タイムズ”もすべて無料にすることにしたと報道した。6)
無料のウェブ新聞が多い中で、例外は“ウォールストリート・ジャーナル”である。紙媒体の購読者以外は年間99ドル(約1.1万円)かかる。同紙の方針は、単なるニュースは速報性の高いウェブにし、紙媒体はその解説や分析の記事を中心にするというものだ。つまり、紙媒体とウェブを競合するものではなく、補完するものとして位置付け、両者を同時に利用してもらうことを期待している。“ロサンジェルス・タイムズ”も同様の考えである。しかし、このような考えが読者にどれだけ受け入れられるかは疑問である。紙媒体の購読を中止し、無料か安いウェブ新聞だけで十分と考える人も多いだろう。
“ウォールストリート・ジャーナル”のウェブ版は、株価の詳細情報を無料でリアルタイムに提供している。同様の情報は、他のサイトでも無料で見ることができるので、もはや有料にする意味はないのだろう。いずれにしても、株価の情報を半日遅れで紙媒体で提供する時代は終わった。
新聞記者にも映像の教育
ニュース・サイトの閲覧者は、事故や事件の現場の映像を見たいし、政治家の演説のさわりの部分を聞きたい。これらの映像をテレビ会社のニュース・サイトでは見られるのに、ウェブ新聞では見ることができなければ、閲覧者はテレビ会社のサイトに行ってしまう。そのため、“ワシントン・ポスト”や“ロサンジェルス・タイムズ”では、記者や編集者が映像を扱う訓練を受けているという。
今後はウェブ新聞にもどんどん映像が取り入れられ、テレビ系のニュース・サイトとの差があまりなくなるだろう。従来、新聞とテレビは別の戦場で戦っていたが、ウェブの世界では閲覧者をもろに奪い合うことになる。今後の新聞記者は原稿を書くだけでなく、映像も扱わないといけないので大変だ。
ビジネスモデルの見直しが必要
“サンフランシスコ・クロニクル”は、経営建て直しのために25%の人員削減を実施したという。そして、新聞やジャーナリズムの経験はないが、ウェブの業務経験が豊富な女性を副編集長に任命した。彼女の使命はウェブと紙面の垣根を取り払い、両方を同時に制作する体制を確立することだという。7) 今後、このような方向を目指す新聞社が増えるだろう。
米国の新聞の特長は地方紙が多いことである。“ワシントン・ポスト”も“ロサンジェルス・タイムズ”も、紙媒体の購読者はごく限られた地域の住人である。ところが、ウェブ版については、“ワシントン・ポスト”の閲覧者の90%がワシントン以外で、“ロサンジェルス・タイムズ”の閲覧者の77%が南カリフォルニア以外だという。8), 9) そのため、紙媒体の新聞の広告主が期待している読者とウェブ版の閲覧者には大きなずれがある。したがって、地方紙の新聞社は、ウェブ版について新たな広告主の開拓を迫られることになる。
ウェブ新聞は配送の費用がかからない。全世界から同じように閲覧できる。そのため、地方紙にとって、より深刻な問題は、従来持っていた存在意義がなくなることである。国際問題や国内全般の問題は、強力な取材網を備えたウェブ新聞を読めばよく、何も地方紙に配信してもらう必要はないからだ。したがって、今後ウェブ化した地方紙は、従来以上にローカルな問題を中心に扱うようになるのではないだろうか?
米国と日本の新聞の事情には異なる点もあるが、紙媒体とウェブの関係については基本的に同じである。したがって、先行している米国の動きをよくウォッチする必要がある。
「OHM」2007年10月号
[後記] 米国の日刊紙の発行部数はその後も減り続け、2007年4〜9月には前年同期比2.5%減少したという。一方、ニールセンの統計によれば、新聞のウェブサイトの訪問者は2008年第1四半期には前年同期比12.3%増加したという。
“ニューヨーク・タイムズ”は2007年9月にオンライン・サイトの無料化を正式に発表した。
唯一有料サービスを継続している“ウォールストリート・ジャーナル”は、2007年にニューズ・コーポレーションに買収され、無料化についても検討中と報じられた。
このように、新聞の提供媒体の紙からネットへの流れはその後も止まらない。
参考文献
1) “Media to move to Web, Gates says”, The Seattle Times, May 9, 2007
(http://seattletimes.nwsource.com/html/businesstechnology/2003699109_microsoftads09.html)
2) “When Do You Stop The Presses? ”, BusinessWeek, July 23, 2007
(http://www.businessweek.com/magazine/content/07_30/b4043029.htm)
3) “Newspapers Audience”, The State of the News Media 2007, The Project for Excellence in Journalism
(http://www.stateofthenewsmedia.org/2007/narrative_newspapers_audience.asp?cat=2&media=3)
4) “Online Newspaper Audience Sets Records in Second Quarter”, Press Releases, July 23, 2007, Newspaper Association of America
(http://www.naa.org/PressCenter/SearchPressReleases/2007/
ONLINE-NEWSPAPER-AUDIENCE-SETS-RECORDS-IN-SECOND-QUARTER.aspx)
5) “Top Online Current Events and Global News Destinations for February 2007”, Nielsen//NetRatings, February 2007
(http://www.nielsen-online.com/downloads/pr/data_sample_sheet_070416.pdf)
6) “TimesSelect Content Freed”, New York Post, August 7, 2007
7) “ ‘S.F. Chron’ Announces Newsroom and Web Changes”, Editor & Publisher, July 23, 2007
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