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(株)エム・システム技研 「MS TODAY 」2007年10月号 掲載 PDFファイル [(株)エム・システム技研のご提供による]
ITビジネスから見た海外事情
(第10回) インターネットの舞台裏
酒井ITビジネス研究所 代表 酒 井 寿 紀
DNSが主役
インターネットでウェブを閲覧したり、メールをやり取りしたりするとき、いちいち、インターネットの仕組みはどうなっていて、どこが管理しているかなど気にしません。それは結構なのですが、企業活動や個人の生活がインターネットに大きく依存するようになった現在、その管理の仕組みに大きな問題があるとすれば、それを承知しておくことは大事でしょう。そこで、今回はインターネットの舞台裏の問題を取り上げます。
インターネットでウェブを見たり、メールを送ったりするときは、相手と通信回線で接続しなければなりません。それにはIP (Internet Protocol) アドレスという、32ビットの2進数が使われます。これは、いわば電話番号のようなものです。2進数では不便なので、通常は8ビットごとに「.」で区切って、それぞれを0から255までの10進数で表わします。例えば、「202.211.144.154」というような具合です。
しかし、インターネットで相手と交信するたびにこういう数値を使うのは不便なので、通常はIPアドレスに対応した「ドメイン名」という英数字の名称を使います。例えば、上記のIPアドレスに対するドメイン名は「m-sytem.co.jp」で、これは(株)エム・システム技研のドメイン名です。
このドメイン名とIPアドレスを対応付ける仕組みをDNS (Domain Name System)といい、対応付けのファイルはDNSサーバに格納されています。DNSはいわばインターネットの電話帳です。しかし、ユーザーは直接この電話帳を使う必要はなく、ドメイン名を指定すればDNSが自動的にIPアドレスに変換してくれます。メールが正しく配達されるためには、全世界のDNSサーバが最新状態になっていなければなりません。そのため、おおもとのDNSのファイルが世界各地のルート・サーバというものに配布され、それが全世界で使われるようになっています。
米国政府から民間団体へ
インターネットの前身は、米国の国防省が1960年代に開発を進めたARPANETです。1980年代にこれが発展して現在のインターネットになりました。こうしたいきさつから、DNSはずっと米国政府の管理化にありました。といっても、その実務は南カリフォルニア大学のコンピュータ・サイエンスの研究者がARPANETの時代から引き続いて行っていました。インターネットの重要性に着目した研究者が、ボランティア的活動でインターネットに関連する技術を開発し、標準を決め、ネットワークを運営してきたのです。
しかし、1990年代になってインターネットが世界中で重要な業務に使われるようになったため、クリントン政権は、米国政府から独立した、きちんとした管理組織を作るべきだと判断しました。そのため、1998年にICANN (Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)という民間の非営利団体が設立されました。このICANNの下に、世界の5地域にインターネットを管理する団体が設けられ、その下に各国の組織が位置づけられました。
当初米国政府は、2年間の移行期間を経て、2000年には業務を完全にICANNに移管する予定でした。しかし、いろいろと問題が発生して、移行期間の延長が何回も繰り返されました。
この間、2002年には当時のICANNの社長がICANNの組織改革の必要性を唱え、各国政府の関与を増やす提案をしました。しかし、これは結局実現しませんでした。従来、かなり自由にインターネットの管理・運営を行ってきた人たちが、政治の介入を極力排除すべきだと考えたのだと思います。
また、国連の配下の国際電気通信連合(ITU)は、世界情報社会サミットを開催し、2005年の会議でインターネットの管理の問題を取り上げました。その準備会でEUが、各国政府が参画するインターネットの新しい管理の仕組みを提案しました。しかし、この提案に対し米国が猛反対しました。多国間管理にすれば官僚主義に陥って、問題事項の迅速な処理ができず、また、非民主的国家の介入で言論の自由が妨げられるというのがその理由でした。そのため、この提案は結局実現しませんでした。
そして、昨年米国商務省とICANNの間で、移行期間を2009年まで延長することが取り決められました。米国政府は、現在のICANNはインターネットの安定稼動を維持するにはまだ不充分であり、また、他国の望ましくない干渉を排除する必要があり、そのため当面米国政府の管理下におくことが不可欠だと考えているようです。
こうして、少なくとも2009年までは、全世界のインターネットの根幹が米国政府の支配下にある状態が続くことになりました。
訴訟問題続発!
上記のようなICANNの組織の問題が起きたほか、ICANNがからんだ訴訟がここ数年間に何件も起きました。
ICANNはDNSの管理の一部を米国のベリサイン社に委託しています。同社はこれを利用し、2002年に、既存のドメイン名が解約されたときにそれを使いたい人に対して、予約を一手に受け付けるサービスを提案し、ICANNはこれを認可しました。これはユーザーにとって便利な面もありますが、このようなサービスをすでに実施していたドメイン名の販売会社の営業を妨げる面もあります。そのため、こういう企業の一団がICANNを訴えました。しかし、この訴えは裁判所によって退けられました。
また、ベリサインは2003年に、ウェブを見る人がドメイン名の入力を間違え、存在しないサイトを指定したとき、同社のサイトに接続してユーザーに役立つ情報を提供するサービスを始めました。しかし、これは広告料を稼ぐために使うこともでき、何よりも、DNSの根幹に影響を及ぼすものだったため、ICANNによって強制的に閉鎖を命じられました。ベリサインは一応それに従ったものの、ICANNを権力の乱用だと訴えましたが、その主張は退けられました。
問題は、このようなICANNがかかわる裁判がすべてカリフォルニアの裁判所で裁かれることです。全世界のインターネットの管理の重要な問題が米国の一つの州の裁判所で裁かれているのが現状です。そして、もう一つの問題は、米国政府およびICANNが、全世界で使われているドメインの管理を米国の一民間企業に独占的に委託していることです。
「国家」が変わらないと
インターネットは、今や国際的なネットワークで、国際的な問題の解決の場としては、国連があります。そのため、インターネットの管理を国連配下の組織に移管すべきだというのはごく自然な考えで、中国や多くの発展途上国はそれを主張しています。
一方、インターネットの管理は、電話会社の業務と同じように、加入者や電話番号を管理し、障害に迅速に対応し、将来の通信量を予測して設備の充実を図らねばなりません。たとえ実務を民間企業に委託したとしても、最終的な責任は管理元が負う必要があります。国際標準を決めればいい団体とか、各国間の調整をするだけの団体とはまったく性格が違います。そのため、インターネットの管理は、電話会社と同じように、意思統一を図った経営陣の下で運営される必要があります。したがって、国連配下の組織に移管すれば問題がかたづくというものではありません。
蒸気機関の発明で始まった産業革命は、封建領主の割拠を時代遅れにし、中央集権国家の出現を促しました。同様に、インターネットがもたらした革命は現在の「国家」を時代遅れにしつつあるのかも知れません。現在の「国家」が変わらないと、人類がインターネットのメリットを真に享受することはできないように思います。
[関連記事]
(a) 酒井 寿紀、「管理・運営体制が問われる これからの「インターネット」」、OHM、2006年2月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0602ohm/ar0602ohm.htm)
(b) 酒井 寿紀、「手綱を手放さない米国政府 インターネット管理の民間移管」、OHM、2009年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0901ohm.htm)
(c) 酒井 寿紀、「手綱を緩めた米国政府・・・インターネットの管理」、OHM、2009年12月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0912ohm.htm)
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