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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年9月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

携帯電話ビジネスの課題は?

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

モバイルビジネス研究会

総務省は200612月に「モバイルビジネス研究会」を開設し、日本の携帯電話ビジネスが抱えている問題に今後どう対処していくべきかを議論してきた。その結果が2007626日に、「モバイルビジネス研究会報告書(案)」として発表された。1) それは以下に記す3項目を大きい問題として取りあげている。それらはどういう問題で、総務省はどういう方向に導こうとしているのだろうか? 問題を一つずつ見ていこう。

 

販売奨励金

日本では、携帯電話の通信事業者は、携帯電話端末のメーカーから端末を仕入れ、販売店に卸している。それを販売店に安い価格で売ってもらうために、通信事業者は販売店に販売奨励金を渡している。そして、通信事業者はこの販売奨励金の負担を通信料金としてユーザーに転嫁している。こうしている理由は、端末の価格を安くして買いやすくし、他の通信事業者とのユーザーの獲得競争に勝つためであり、また、高機能の最新型の端末に早く切り替えてもらい、どんどん通信量を増やしてもらうためである。この制度によって、端末を長期間使い続ける人は、しょっちゅう最新型に買い替える人の販売奨励金を通信料金の形で過剰に負担させられることになる。

この問題に関し、今回の「報告書」は、価格の透明性を改善するため、「通信料金と端末価格を可能な限り分離する必要がある」と主張する。そして、分離するに当たっては、通信料金の請求書で、純粋な通信料金と端末価格を負担する分を明確に区別するなどの措置が必要だと述べている。こうして、従来曖昧だった費用負担の実態が白日の下にさらされれば、ユーザーの不公平感がますます増し、通信事業者に対する販売奨励金見直しの圧力が強まると思われる。

また、報告書は本件について、「利用期間付契約」の導入によって、その契約期間中に端末価格の回収が終わるようにする方式の検討も必要だとしている。

 

SIMロック

最近の携帯電話にはSIM (Subscriber Identity Module)カードという、標準仕様のカードが入っていて、通信サービスに必要な情報などが格納されている。技術的には、このカードを別のカードと差し替えることができる。この機能を利用すれば、旅行先の国の同一通信方式の事業者のSIMカードを買って、いつも使っている端末を、その国でも使うことができる。また、他の人から端末を譲り受けたりしたとき、従来使っていた端末のSIMカードを差せば、従来の電話番号で電話ができる。インターネットの機能には制約がつくが、通話は基本的に問題ない。

ところが、現在日本で販売されている多くの端末にはSIMロックという鍵がかかっていて、この機能が使えない。その理由は、販売奨励金を通信料金で回収しているため、回収前に他の通信事業者に切り替えられると困るからだ。しかし、このSIMロックはユーザーに不便を強い、端末の自由な販売競争を阻害している。

そのため、今回の報告書は、「SIMロックについては原則解除することが望ましい」と主張する。しかし、現在はインターネットの機能などについて通信事業者間の差が大きく、解除のメリットが限定されるので、コンテンツやアプリケーションのインターフェースの標準化が見込まれる2010年を目標に検討するのが適当だとしている。

海外ではSIMロックなしの端末が多数販売されているのに、こうして問題を先送りしてよいのだろうか?

 

MVNO

MVNO (Mobile Virtual Network Operator)とは、自らは通信設備を持たず、それを持っている通信事業者であるMNO (Mobile Network Operator) から基本的な通信サービスの提供を受け、それを使って特長のある通信サービスをユーザーに提供する事業者のことをいう。日本にはまだあまりないが、海外には、安さを特長とするもの、スポーツ、音楽などのニッチマーケットを対象にするものなど多数存在する。こういうMVNOの市場が発達すれば、コンテンツの多様化が期待でき、MNOの設備の稼働率向上にも貢献する。

このMVNOについて、総務省は20072月に、通称「MVNO事業化ガイドライン」といわれるものを改定し、MNOMVNOからサービス提供の申し入れがあったとき、正当な理由がない限りそれを拒めないことを明確にした。2) 今回の「報告書」は、MVNOの市場の発展のためには、端末プラットフォームとアプリケーションのインターフェースを共通化し、MVNOの参入を容易にすることなどがさらに必要だと指摘している。

現在、日本の通信事業者はコンテンツの拡充に力を入れ、通信インフラからコンテンツまでを垂直に統合したサービスの提供を競っている。こういう事業形態は携帯電話の普及期には威力を発揮した。しかし、今後こういう形態だけではコンテンツの多様化にも端末の品揃えの拡充にも限界がある。その打開策として、販売奨励金の見直し、SIMロックの解除、MVNOの参入促進は避けて通れない。総務省も今後、今回の「報告書」を踏まえて、法整備や行政指導で具体的な手を打つだろうが、肝心なのは通信事業者と関連企業のスタンスだ。時代の要請に応じて事業戦略を変えなければ、日本の携帯電話ビジネスの明日は危うい。

OHM20079月号

 

[後記] 「モバイルビジネス研究会報告書(案)」は各社の意見を反映して一部修正され、20079月に最終報告書が公表された。そして総務省は、この報告書を踏まえて、2011年を目標にして実施する施策を「モバイルビジネス活性化プラン」として発表し、その評価会議を設置した。この報告書の要請に応じ、各社は販売奨励金を見直し、新料金プランの導入などを実施した。

最近、携帯端末の販売台数が急減したのは、この新料金プランで端末価格が上昇したためで、これは一種の「官製不況」だと非難する声もある。しかし、日本の携帯端末市場をオープンにし、ユーザーが海外製品も含めて自由に端末を選べるようにするとともに、日本の端末メーカーに国際競争力を付けさせるためには、これは長期的には避けて通れない道だったのではなかろうか?

 

参考文献

1)  モバイルビジネス研究会、「モバイルビジネス研究会報告書(案)」、20076月、総務省 

(http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/pdf/070629_8_bs3.pdf)

2)  「MVNOに係る電気通信事業法及び電波法の適用関係に関するガイドライン」、20072月、総務省総合通信基盤局 

(http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/pdf/070213_1_bs1.pdf)

 


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