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(株)オーム社 技術総合誌「OHM」2007年6月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

これでいいのか? 日本の電子政府

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

使う気にならない電子申告

毎年の確定申告の際、私は、国税庁のウェブサイトの「確定申告書作成コーナー」を利用している。収入や支払い保険料などの基礎データを入力すれば、税金を計算し、確定申告書を印刷してくれる。生命保険などの控除額や、累進課税の税率をいちいち調べる必要はない。間違えて入力したデータを後で修正したり、作業を中断して後日再開したりすることも自由だ。もう電卓を使うことはなくなった。

さて、国税庁は、こうして作った確定申告のファイルを、印刷して税務署に持参したり郵送したりせず、インターネットで送付するようにと大宣伝している。つまり「電子申告」である。これが簡単にできれば、税務署に行く手間も、郵送の切手代も要らないので、是非活用したいと思い、やり方を調べてみた。

これが大変なしかけになっている。まず納税者本人の確認のために、一般には地方自治体へ行って、「住基カード」という非接触のICカードを入手する必要がある。そのうえ、このカードを読み取るためのカード・リーダを購入してパソコンに接続する必要がある。確かに個人の認証は重要だ。しかし、何千万円もの株の取引をしょっちゅうしている人も、ソフトウェアだけの認証システムを使っているのに、年1回の納税だけのために特殊なハードウェアを購入する必要があるのはどう考えても合点がいかない。

そして、この難関(?)を乗り越えて、電子申告を利用しても、保険料の納付証明書や医療費の領収書は別途郵送する必要がある。2007年分の所得税の確定申告から、給与所得の源泉徴収票や株の特定口座年間取引報告書はデータを入力して送信できるようになるということだが、郵送するものが一つでもあるのなら、確定申告書も添付書類もまとめて郵送した方が1度の手間で済む。災害時の雑損控除の申請など、特殊なケースで添付書類の郵送が必要になるのはやむを得ないかもしれないが、通常のケースでは添付書類の郵送は不要にすべきだ。

国税庁は「電子申告」を含め、国税関係の諸手続きのオンライン利用率を2010年度には50%にする目標だという。しかし、今の仕組みのままではいくら宣伝に力を入れても、目標達成は難しいのではなかろうか?

 

日本のITは世界第14

世界経済フォーラムという機関が、毎年世界各国のITのランキングを発表している。2006年版では日本は第14位だった。これでも、前年の第16位に比べれば、わずかではあるが改善している。しかし、政府がIT立国を唱えて力を入れている割には、ランキングは低水準だ。しかも、日本が評価されているのは、ブロードバンド・インフラの整備状況や携帯電話でのインターネットの普及だというので、電子政府など、他の面での評価はさらに低いことになる。日本のIT政策ははたして現状でいいのだろうか?

 

ユーザーの立場に立った電子政府を!

日本政府は2000年以来、「e-Japan」を旗印に掲げて、国全体としてのITのレベルアップに力を入れてきた。e-Japan戦略では、ブロードバンドのインフラ整備、電子商取引の環境整備、IT教育などと並んで、電子政府の実現が重点テーマとして取りあげられた。その後、e-Japan戦略、およびそれを引き継いだu-Japanでは、ICタグ、IPv6など、総花的にやたらとテーマを増やしたのは感心できなかったが、少なくとも当初の四つの重点テーマは当を得た正しい選択だったと思う。中でも電子政府の実現は、行政の効率化によって歳出の削減を図り、かつ行政サービスの向上を図る重要なテーマだった。

しかし、少なくとも電子政府の目玉の一つである現在の電子申告システムは、ユーザーの立場を十分考慮して構築されたシステムとは思えない。こういうシステムでも、利用者に税制上の優遇措置を講じるなど、インセンティブを与えて無理やり利用率を上げることはできるかもしれない。しかし、それは財源上からも、行政の効率上からも好ましくない。やはり、申告書を税務署に持参したり、郵送したりするより手間が減るので、だれでも使いたくなるようなシステムの構築を目指すべきであろう。

電子政府には各国も力を入れていて、日本の現状は、欧米諸国はおろかシンガポールなどに比べても大幅に遅れているという。本やパソコンの購入、飛行機やホテルの予約、株の取引や銀行口座間の資金移動が自宅でインターネットを使って簡便にできるようになったのに、政府関係の手続きがほとんどインターネットではできないのはどうしたことだろう。もちろん、システムを構築するだけでなく、法律や制度の変更を要するものも多いだろう。しかし、それを言いわけにしていたら、ますます諸外国に遅れ、IT後進国に成り下がっていく。 

今まで進めてきたe-Japan戦略と、その後身としてのu-Japanの功績を正しく評価すると同時に、反省すべき点は徹底的に反省して出直す必要がある。日本の官僚は非常に優秀だが、最大の欠点は過去の失敗を絶対に認めないことだ。この「官僚は無謬」という考えを改めない限り、失敗の泥沼から抜け出せない。

電子申告は、ユーザーの立場に立って、常識的見地から、もう一度検討し直す必要があると思う。

OHM20076月号

 

[後記] 20087月に電子申告の利用率の水増しが報道され問題になった。国税庁が、初めての人には税務署のパソコンで電子申告を体験してもらい、翌年からは自宅などで行ってもらうようにする活動を始め、この体験利用も利用率に計上することにしたところ、実際は税務署員が申告者のかわりにパソコンを操作して送信していたケースが多数あったという。1) 本質的な問題を解決せずに、見掛けの利用率向上を税務署に競わせるからこういうことになるのだ。

20089月に、2010年度を目処に本人確認用のICカードを不要にし、電子証明書で確認するように改めることになったと報道された。2) 遅まきながらやっとまともな方向に動きだしたようだ。「過ちてはすなわち改むるに憚ることなかれ(論語)」これが日本の官僚には一番欠けている。

 

参考文献

1)  「税務署、電子申告水増し」、朝日新聞、2008710

2)  ICカードが不要に」、日本経済新聞、2008913

 


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