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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年11月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

Wikipediaを活用しよう!

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

哲学や自然科学の情報から芸能ネタまで

すでに愛用している人も多いと思うが、Wikipedia(ウィキペディア)とはインターネット上の百科事典である。しかし、内容は一般の百科事典の範囲をはるかに超える。例えば、普通の百科事典には載っていない裏話的情報も多い。「伊藤博文」や「松方正義」の項で、彼らの並外れた女好き振りが分り、英語版の「フランクリン・ルーズベルト」の項には、この人と愛人との関係が詳しく出ている。

そして、企業の最新情報も豊富なので、動きの激しいIT企業や通信会社の会社分割や合併の状況などを調べるのに便利だ。また、製品についての情報も多い。例えば、ソニーの「PlayStation 2」、マイクロソフトの「Xbox」なども独立した項目を持っている。芸能ネタも豊富だ。「山瀬まみ」の項では、彼女の身長が167cmあることが分る。このような情報だけでなく、もちろん「プラトン」や「相対性理論」についての詳しい説明もある。そして、インターネットの特質を生かして最新情報が反映されている。例えば、2006824日に冥王星が惑星から外されたが、これは同日中にWikipediaに反映された。

このWikipediaは、現在200以上の言語のものがあり、合計460万以上の項目からなるという。そして、原則として誰でも一般のブラウザで内容の追加・修正ができる。こうして作成された情報は、米国のフロリダにあるサーバに蓄えられる。このサーバは寄付によって運営されるNPOが管理している。そのため、Wikipediaには広告の掲載はないが、世界中から誰でも無料で利用できる。この仕組みは2001年に運用が始まり、ジミー・ウェールズという人が運営の中心になっている。

 

事件発生!

このWikipediaに、2005年から2006年にかけて二つの大きい事件が発生した。その一つは、「ロバート・ケネディ司法長官の補佐官をしていたシーゲンソーラーという人が、ジョン・ケネディ大統領とロバート・ケネディの暗殺に直接関与していたと一時疑われた」というニセ情報が4か月以上にわたって掲載されていたというものだ。調査の結果これはいたずらだと判明したが、この事件は改めてWikipediaの情報の信憑性に疑問を投げかけた。1)

もう一つの事件は、イギリスの科学雑誌ネイチャーがWikipediaとエンサイクロペディア・ブリタニカの記事の信頼性について比較し、調査結果を200512月に報告したことだ。それによれば、科学関係の42項目について両事典の記事を調査したところ、両者とも重大な誤りが4件あり、1項目当たりの些細な誤りは、Wikipediaが平均4件、ブリタニカが平均3件で、両者の信頼性にそれほどの差はないという。2) この報告に対しブリタニカは激しく反論し、ネイチャーとの間で激論が交わされた。調査方法などに問題は残るが、これはWikipediaの信頼性をある程度裏書きした。

 

Wikipediaの問題点と使用上の注意

Wikipediaは便利だが、確かに問題もある。第一に、だれでも記事の追加・変更ができるため、その内容には記憶違いなどによる間違いがあり得る。これはどんなに権威ある百科事典でも同じだが、やはり量的有意差はあるだろう。したがってWikipediaは、ものごとの概略を把握するのには有益だが、それを使って原稿などを執筆するときは別途チェックする必要がある。そして、Wikipediaの記事の引用は避けるべきだ。

不注意によるミスだけでなく、Wikipediaはいたずらや悪意ある攻撃の危険にさらされている。その対策として、20069月現在、日本語版では「小泉純一郎」、「安倍晋三」、「昭和天皇」、英語版では「ジョージ・W・ブッシュ」などの項目に鍵をかけ、一般の人が勝手に書き換えられないようにしている。これは一つの方法だが、鍵の管理者と結託すれば、自分に有利なこと、他人に不利なことだけ書いて鍵をかけてしまうこともできる。したがって、鍵はできるだけ少ない方が健全である。現在「Wikipedia」という項目は、英語版、ドイツ語版、フランス語版、日本語版などで鍵がかかっているが、Wikipediaの管理者が「Wikipedia」の項に鍵をかけたら記述の中立性が疑われる。

第二に、全体の調整機能がないため、項目の抜け、類似項目間での内容の重複、項目間での記述の詳しさのアンバランスなどが避けられない。

第三に、多数の人が相互に連絡を取らないで執筆するので、記述が不統一で不便だ。例えば、英語版の「Bridge」の項では、橋の長さの単位に、メートル、メートル(フィートを付記)、マイル(メートルを付記)などが混在している。各国の人が自分の国の橋を勝手に追加したためにこうなったのだろう。これは、執筆ガイドラインの整備などである程度改善できるだろうが、こういう自由参加型のデータベース作りでは、それにも限界がある。

ウェブサイトの利用状況を調査しているアレクサの統計によると、最近3か月の利用者数で、Wikipediaは全世界のウェブサイトの16位だという。上記のようにいろいろ問題もあるが、Wikipediaの有用性は全世界で認められてきたようだ。したがって、その弱点をよくわきまえたうえで、どんどん使うべきだろう。そして、この人類史上例のない文化財をさらに発展させるためには、「書き換え戦争」が起きるぐらい、熱心なボランティアの執筆者が増えることが是非とも必要である。

OHM200611月号

 

[後記] 200812月の「Wikipedia」の項によると、現在のWikipediaには262か国語のものがあり、総項目数は1,100万で、その約1/4は英語だという。

アレクサのウェブ情報によれば、Wikipediaのウェブサイトの最近3か月の利用頻度は全世界のサイト中、第8位だという。

 

参考文献

1) John Seigenthaler, “A false Wikipedia 'biography' ”, USA Today, November 29, 2005

(http://www.usatoday.com/news/opinion/editorials/2005-11-29-wikipedia-edit_x.htm)

2) Jim Giles, “Internet encyclopaedias go head to head”, Nature, 15 December 2005

 


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