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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年11月号 掲載 PDFファイル
書評
ウェブ進化論 ―― 本当の大変化はこれから始まる
梅田望夫 著、筑摩書房(ちくま新書)、2006年2月、本体価格 740円(税別)
評者 酒井寿紀 (酒井ITビジネス研究所)
最近、Web2.0、ブログ、SNS(Social Networking Service)などという、インターネットの世界に新しく登場した言葉を新聞などでよく見かける。また、創業8年のグーグルの時価総額が10兆円を超えたと話題を振りまいている。
本書は、これら最近のインターネットの動向の解説書である。著者は、あまりインターネットに詳しくない大企業の幹部にも接する機会が多いようで、それだけに説明は技術の細部に入り込むことなく、平易でわかりやすい。そして、著者は1994年以来シリコンバレーに在住していて、グーグルの社員などとも意見を交わしているため、これらの人から直接聞いた話も多く、記述に説得力がある。また、著者は、新技術を駆使して検索サイトやブログを運営している「はてな」という企業の非常勤取締役に昨年就任した。そのため、単なる傍観者としてこの世界を見ているだけでなく、実際に経営に携わっているので、内容に迫力がある。
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著者は、新技術を断片的に解説するだけでなく、その底に流れる潮流を捉えようとしている。その潮流の一つは、従来主として発信者から受信者へ一方通行であったウェブが、ブログ、SNSなどのWeb2.0と呼ばれる新技術によって、従来の受信者が発信者にもなり、双方向性を持つようになったことだと言う。そして、これによって実現される社会を「総表現社会」と名づけている。著者はWeb2.0によりウェブの情報が玉石混交になり、平均レベルが低下することを認めつつも、その潜在的な可能性を高く評価している。
もう一つの流れは、「こちら側」、つまりユーザー側で設備を所有して情報処理を行う形から、「あちら側」、つまりインターネットの向こうにあるサービス提供者側で処理を行う形に変わりつつあることだと言う。これがグーグルの最大の特徴で、今後IBM、マイクロソフトなどのような「こちら側」を相手にしたビジネスは伸びず、「あちら側」が主流になると主張する。しかし、「あちら側」を狙ったビジネスは、過去にもASP (Application Service Provider)、ホスティングなどといわれるものがあり、最近はSaaS (Software as a Service)という業務形態も現れている。1960年代の受託計算センターやユーティリティという業務形態もある意味では「あちら側」のビジネスである。グーグルのすごさの本質は「あちら側」にあることではないのではなかろうか。
いずれにしても、著者は単なる評論家的ライターではなく、これらのウェブの新技術の信奉者であり伝道師である。
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さて、本書は「ウェブ進化論」と言っても、ウェブの進化をすべての面から捉えたものとは言えない。例えば、ウェブサービスについての記述である。本書ではアマゾンやグーグルが一般に公開しているサービスについて紹介しているが、ウェブサービスには、企業内で使われるウェブサイト間の連携なども含まれる。したがって、ウェブサービスというものについて誤解を招く恐れがある。
また最近、企業内での情報開示や定型業務の処理に、従来のグループウェアなどに変わってウェブを使うところが増加しつつあるが、これについてもほとんど記述がない。そして、携帯電話のウェブについても言及がない。総務省の統計によれば、日本では2005年度末に、携帯電話でインターネットを使う人の数がパソコンでインターネットを使う人の数を超えたという。そして、携帯電話特有のウェブの使い方も現れつつある。
このようにウェブは多様化し、そして、その中でWeb2.0の真価が問われるのはこれからである。著者には、続編を著して、さらに今後の方向を示すことを期待したい。
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