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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年9月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

反省のない失敗は繰り返す

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

日の丸プロジェクトの実態は?

経済産業省(および旧通商産業省)は日本のIT産業の振興のために国家プロジェクトをいくつも推進してきた。しかし、その成果は必ずしも芳しくない。1980年以降の代表的プロジェクトの実態を見てみよう。

1982年から1994年にかけて、13年間に約570億円の国費を投じて第五世代コンピュータ・プロジェクトが推進された。このプロジェクトは、将来のコンピュータの重要な応用を人工知能の分野と考え、それに適したハードウェアとソフトウェアを開発するものだった。そして、その公式な最終報告書には、「当初の期待に十分応え、日本のナショナルプロジェクトのモデルを示し得たと考えられる」と記されている。1) しかし、プロジェクトの成果がその後の日本のコンピュータ産業に大きく貢献することはなかった。

スコット・キャロンという米国人がこのプロジェクトについて調査し本を著している。この人にインタビューされた関係者は、あからさまに通産省を非難し、プロジェクトは時間の無駄だったと述べたという。2) 日本では公に言えないことを米国人には言ったようだ。このプロジェクトの発足当時、第五世代コンピュータ調査研究委員会の委員長をされていた元岡 達 東京大学教授は、小生に、「メーカーに道楽をしてもらおうと思うのだが、メーカーの人はなかなか乗って来ない」と言った。当時のメーカーは道楽に付き合う余裕がなく、初めからプロジェクトに乗り気ではなかったのだ。

また、1985年度から5年間に官民合わせて250億円を投じて進められたシグマ計画というプロジェクトがある。これは業界標準のソフトウェア開発ツールを開発しようというものだった。しかし、プロジェクトの終了時にできたものは各社の互換性のないワークステーションと、ごく平凡なツール群に過ぎなかった。それにもかかわらず、当時の通産省の担当課長は、『日経コンピュータ』のインタビューに答えてこう言っている。「最初の経緯からするとどうしても事業化する必要がある」「シグマ計画の中心を担ったのはメインフレーマであり、シグマシステムの評価が高くないからといって今さら逃げるのは筋が通らない。日本の情報産業の中でやっていくなら、今後もきちんと協力するべきだ」。3) プロジェクトの失敗を半ば認めつつも、頑強に事業化を強要したのだ。

そして、1992年〜2001年の10年にわたって約500億円をかけてリアルワールドコンピューティングというプロジェクトが進められた。その中身は、マルチメディア情報の検索ソフト、手話の認識システム、クラスタ制御のソフトウェア、光ファイバのコンピュータ間ネットワークなど、相互にほとんど関連のない約50のテーマの寄せ集めである。「初めに予算ありき」でテーマを募集したためこうなったのだ。高橋 茂 元東京工科大学学長(情報処理学会名誉会員)は、「研究テーマはまったくバラバラで、研究費をばら撒くためのプロジェクトとしか思えなかった」と言っている。4)

 

 

問題点と解決策は?

まず、企業がいやいやプロジェクトに参画してきたことが問題だ。そのため企業は、人材の投入などについて、被害を最小限に食い止めることに努力してきた。監督官庁に脅されれば民間企業としては協力せざるを得ない。まして勲章に手が届きそうなトップでもいれば、国家プロジェクトに背を向けることなど思いもよらない。政府は「全員参加の強要」を止め、本当に参画したい企業だけを参画させるべきだ。民間企業にも「拒否する勇気」が必要だ。

だいたい、民間企業なら開発投資をするときは回収計画があるのが当たり前だ。その計画の実現状況がフォローされ、それによって当事者が評価され、失敗は次の開発投資に生かされる。たとえ基礎技術の研究であっても何らかの回収計画があるはずだ。ところが国家プロジェクトでは、回収計画がフォローされ、失敗がきちんと反省されたためしがない。

リアルワールドコンピューティングは、おそらくこの種のプロジェクトとしては初めて、プロジェクト終了時に研究成果の実用化の計画を公表した。5) こういう計画のフォローアップが第一歩だろう。評価作業には第三者を参画させ、評価の厳正を期すことが必須だ。

そして、「走り出したらどうにも止まらない」のが従来の国家プロジェクトの通弊だ。ITの世界では毎年のように外部環境が変わり、5年も経てば世の中は一変する。環境条件の変化を見て軌道修正を図ること、そして、必要なら「勇気ある撤退」をすることがぜひとも必要である。

そして何よりも、開発目標が全世界の市場の要求に真にマッチしていなかったことが根本的問題である。ITの基本的なハードウェア、ソフトウェアの世界では、全世界でトップグループのシェアを占める製品しか生き残れず、一つの国の中だけで使われ続ける製品などあり得ない。したがって、「日の丸プロジェクト」と言っても、全世界でトップグループのシェアの製品を生み出せるか否かがプロジェクトの成否の鍵なのだ。

経産省は、2007年度から3年間で100億〜200億円程度の予算を投じて国産の検索エンジンを開発するプロジェクトを立ち上げようとしているという。成功すれば大変結構なことだが、過去の失敗を真摯に捉え、改むべきは改めないと同じ失敗を繰り返すことになるだろう。

OHM20069月号

 

[後記] 経産省の検索エンジン開発プロジェクトは、その後「情報大航海プロジェクト」と命名されて2007年度に正式にスタートした。2007年度には46億円の予算が付き、10社の10プロジェクトが推進された。2008年度は、映像の検索など25件の共通技術の開発と、多言語対応動画サービスなどの実証試験を推進している。

 

参考文献

1) 電子計算機基礎技術開発推進委員会、「第五世代コンピュータ・プロジェクト 最終評価報告書」、1993330

2)  John Boyd, “A Talk with Scott Callon”, Computing Japan, October, 1996

(http://www.japaninc.com/cpj/magazine/issues/1996/oct96/callon.html)

3) 「Σ計画の総決算 ミニインタビュー/中野正孝 通産省電子政策課長」、日経コンピュータ、1990212日号、p.89、日経BP

4) 高橋 茂、「通産省と日本のコンピュータメーカ」、情報処理、Vol.44 No.10 (200310)pp.1069-1077

5) 岡 隆一、「リアルワールドコンピューティングプロジェクトから見えてきたもの」、電子情報通信学会誌、Vol.85 No.12200212月)、pp.900-909

 


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