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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年7月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
ファブレスとファウンドリ
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
ファブレスとファウンドリの状況
もともと、半導体メーカーは製品の開発、製造、販売をすべて自社で行っていた。しかし、1980年代の半ばから、開発と販売のみを行い、製造を他社にゆだねる半導体メーカーが現れた。このような企業は、製造(fabricate)する現場を持たないのでファブレス(fabless)と呼ばれる。そして、このファブレスから半導体製品の製造を受託する企業をファウンドリ(foundry)という。まず、ファブレスとファウンドリの現状を見てみよう。
米国のザイリンクスは、要求される機能を顧客が半導体に書き込んで実現するFPGA (Field-Programmable Gate Array)などの大手メーカーである。同社は1984年に設立されたファブレスで、製品の製造は台湾のファウンドリであるUMC (United Microelectronics Corp.)などに委託してきた。
また、1985年に設立された米国のクアルコムは、米国のベライゾンや日本のKDDIなどが使っているCDMA方式*1) の携帯電話のLSIを販売しているファブレスである。製造は台湾のTSMC (Taiwan Semiconductor Manufacturing Co.)などに委託してきた。
そして、LANなどのLSIの大手メーカーであるブロードコムも米国で1991年に設立されたファブレスで、製造はTSMCやUMCのほか、シンガポールのチャータード・セミコンダクタ・マニュファクチャリングに委託してきた。
また、世界中のパソコンで使われている画像処理用LSIのメーカーである米国のエヌビディア(NVIDIA)も1993年に設立されたファブレスである。任天堂やマイクロソフトのゲーム機に画像処理技術を提供しているATIテクノロジーズも1985年に設立されたカナダのファブレスだ。
そして、次期無線LANの規格を先取りしたLSIを販売している米国のアセロス(1998年設立)やエアゴー(2001年設立)もファブレスである。2005年末に規格が制定されたモバイルWiMAX*2) 用のLSIを世界に先駆けて販売しているイスラエルのランコム(1997年設立)や米国のビーシーム(2003年設立)などもファブレスだ。
また、商品に付けるICタグのGen2*3) という規格が2006年から実用になるが、そのチップの供給を真っ先に始めたのはインピンジという2000年に設立された米国のファブレスである。
日本でも、液晶ディスプレイの制御用LSIで世界のトップシェアといわれるザインエレクトロニクスは1992年に設立されたファブレスである。また、任天堂などにLSIを供給しているメガチップス(1990年設立)もファブレスだ。
もちろん、現在でも、テキサス・インスツルメンツやインテルのように半導体製品の開発、製造、販売を自社で行っている垂直統合型のメーカーも多い。しかし、前述のように、通信や画像処理の最先端分野で活躍している半導体企業にはファブレスが非常に多い。
一方、ファウンドリとしては、前記のTSMCやUMCなどの台湾企業がおもに活動してきたが、2000年には中国にもSMIC (Semiconductor Manufacturing International Corp.)というファウンドリが設立された。これらはファウンドリ専業だが、従来の半導体メーカーでファウンドリ・ビジネスに参入した企業もある。例えば、IBMはクアルコム、エヌビディアなどから半導体の製造を受託してきたし、東芝もザイリンクスから製造を受託している。これらは、いわば兼業ファウンドリだ。
なぜ分業か?
このように開発・販売と製造への分業が進んだのは、「OHM」2006年4月号「EMSへの期待」で取り上げたEMS (Electronic Manufacturing Service)同様、コアコンピタンスへ経営資源を集中するためである。しかし、半導体には半導体特有の事情もある。
半導体技術の進歩に伴って製造設備の費用が膨大になり、常に最先端の設備を保持するには数千億円規模の投資を続けないといけない時代になった。まさに体力勝負の世界である。一方、最先端の半導体製品の開発は、大企業より少数精鋭のベンチャーの方が迅速に動けて有利な面が多い。このように、開発と製造では事業の性格がまったく違うため、全世界規模での水平分業が進んできたのだと思われる。
今後の問題は?
前出の兼業ファウンドリには、そのメーカー自身の製品の生産が繁忙になったとき、外部の要求に適切に対応できるかという問題がある。余剰生産能力の活用で固定費の負担を下げようという考えだけでは、ユーザーに見放されて長続きしない。
そして、半導体の微細化がさらに進むと、開発と製造を別会社で行うのはだんだん難しくなるだろうという意見もある。現在のファブレスとファウンドリの関係がいつまで続くかには注意を払う必要がある。
日本にはまだ垂直統合型の半導体メーカーが多い。しかし、現在の半導体メーカーの中には、中途半端な設備投資をするより、ファウンドリを使うことを考えた方がいいところもあるように思う。そして、最先端分野で活躍するファブレスが日本にももっと現れることが望まれる。米国のファブレスが台湾のファウンドリと仕事をしたとき、連日何時間ものテレビ会議を開いたという話を聞く。もちろん言葉は英語だろう。このような仕事の仕方ができないと日本は世界での競争に負けてしまう。
「OHM」2006年7月号
[後記] 上記のファブレスのうち、ATIは2006年に米国の半導体メーカーであるAMDに買収された。
2007年10月にソニーが、PLAYSTATION 3の主要半導体であるCellの生産設備を東芝に売却し、今後はCellの生産を東芝に委託すると発表した。これは、単純なファブレスとファウンドリとの関係ではないが、得意分野に経営資源を集中し、そのほかは外部にアウトソースするという意味で、ファウンドリの活用に通じる経営判断である。今後、半導体の生産設備の費用がますます膨大になるので、半導体の生産を手がけている大手企業に同様な戦略をとるところが増えると思われる。(2009/1)
2012年になって、こういうファブレスとファウンドリへの2分化の兆候が日本でも顕著になってきた。「日本もファブレスとファウンドリの時代に」(ブログ、12/8/2)参照。(2012/8/2)
1) CDMA方式: Code Division Multiple Accessの略で、第二世代のcdmaOne、第三世代のCDMA2000などがある。NTTドコモなどが使っているW-CDMAとは別物
2) モバイルWiMAX: WiMAX (Worldwide Interoperability for Microwave Access)という、LANの高速性と携帯電話の通信距離を兼ね備えた無線通信技術の一つで、基地局と移動中の端末の間で通信できるもの
3) Gen2: Generation 2の略。EPCglobalという商品用ICタグの規格を管理する国際機関が制定した第二世代の国際規格
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