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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年5月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年3月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)
次期無線LANはどうなる?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
次期無線LANの規格は、その後どうなった?
「OHM」2005年9月号「非標準無線LANにご注意!?」に、次期無線LANのIEEE 802.11nの規格について、TGn Sync (Task Group n Synchronization)とWWiSE (World Wide Spectrum Efficiency)の2グループが争っていると記した。その後、この2グループは共同で仕様案をまとめ、IEEEに提案することにした。しかしその作業が遅れ、見通しが不明確になったため、無線LAN用LSIのメーカーであるインテル、ブロードコム、アセロス、マーベルが中心になってEWC (Enhanced Wireless Consortium)という団体を設立し、規格制定を強力に推進することにした。
その中心になったのはインテルだという。同社は2005年6月に次期無線LANの規格を想定した製品の技術的発表をしたが、一部のメーカーのように規格制定前にそれを発売することを避けるため、早く規格が制定されることを望んだのだと思われる。
このEWCの動きに対し、無線LAN用LSIのメーカーの1社であるエアゴーは猛反発した。IEEEの枠組みの外でこういう団体を結成して規格制定を推進しようとするのはけしからん、というのがその表向きの理由である。しかし、エアゴーがTrue MIMOと称して使用している技術は、今や802.11nの中核技術になる見通しで、それを使った製品の販売も順調に伸びていた。こうして、エアゴーは先行者利益を享受していたので、他社のように正式な規格制定を急ぐ理由があまりなかったのだと思われる。
また、今後無線LANの主力ユーザーの一つになる携帯電話やAV製品のメーカーもEWC案に対し異議を唱えた。それは、これらの製品はパソコンなどに比べ、小型化、省電力化に対する要求が厳しいためである。EWCは、規格制定を急ぐため、これらのメーカーの要求を大幅に取り入れて同調者を増やした。
このようにしてEWCは賛同者を増やし、最後にはエアゴーも賛同して、2006年1月のハワイでのIEEEの会合において全会一致でEWC案が採択された。
企業の対応状況は?
IEEEの会合でEWC案の採用が決まると、各社は一斉にそれに対応した新製品の発表を始めた。
ブロードコムはIntensi-fiというLSIファミリを発表した。これは802.11nのドラフト案の必須項目をすべて満足し、ソフトウェアの変更によって最終仕様も満足するようにできるという。そしてすでにそのサンプルを出荷中ということだ。
マーベルは、2005年10月に同社が発表したLSIは802.11nのドラフトを完全に満足し、その顧客は今年第1四半期に製品を出荷できるだろうと発表した。
アセロスは、2006年1月初めのCES (Consumer Electronics Show)で展示したAR5008というLSIファミリは802.11nのドラフトを満足し、すでにサンプルを出荷中であると発表した。
インテルは、2006年3月のIDF (Intel Developer Forum)で、2007年前半に発売する予定のSanta Rosaというノート・パソコン用の次期LSIファミリは802.11nに対応する機能を含むと発表した。
そして、エアゴーのCEOのグレッグ・ローリーは2006年1月初めに次のように言っている。「エアゴーが提供してきた技術が標準規格に採用されようとしていることはまことに喜ばしい。これは消費者や機器メーカーにとって、そして、エアゴーにとって大変好ましいことだ。なぜなら、我々は製品開発で他社に2年先んじることになり、また、802.11nの中核となる空間多重のMIMOの技術について強力な知的財産権を保有することになるからだ」 標準規格に最も近かったエアゴーは一番余裕を見せている。
こうして列強が勢揃いし、802.11nの世界で新たに戦いの火蓋が切られた。
今後何が問題か?
802.11nの規格は2006年末か2007年初めに最終的に制定されるだろうと言われている。長期間にわたって続いた権力闘争は、こうしてめでたく一件落着するのだろうか? いや、話はそれほど簡単ではないようだ。
EWCは家電メーカーの仕様簡素化の要求を入れて多重度1のMIMOなどをオプションとして認めた。また、アセロスが以前から実施しているビームフォーミングや40MHzの帯域幅などもオプションになった。EWCは規格制定を急ぎ、メンバーの要求を大幅に取り込んだので、オプション数がやたらと増えた。そのため、どのオプションの組み合わせに対し相互接続性を保証するかが今後の大きい課題になる。
相互接続性の保証範囲を広げれば、携帯電話やAV製品にとっては負担が大きくなり、逆に、その負担の軽減を優先すれば相互接続性の範囲が狭まる。そして、例えばアセロスにとっては従来サポートしているビームフォーミングや40MHzの帯域幅をサポートしなければ既出荷製品との間での相互接続が問題になるが、これらのオプションを実施するメーカーは限られるかもしれない。
形のうえでは標準規格が制定されたが、その中身は自由度が多い。同じ802.11nといっても、相互接続性が保証されるいくつかのグループに分かれることになりそうだ。したがって、次期無線LANのユーザーは、どのグループが優勢になり、どのグループが劣勢になるかをよく見極める必要がある。
「OHM」2006年5月号
[後記] 802.11nの規格については、2007年1月にドラフト2.0が発表され、同年6月にそれに適合する製品の認定作業が始まった。そして、各社はいっせいに本規格に準拠する製品を発表し、現在市販されている無線LANの製品にはドラフト2.0を満足すると称したものが多い。一方、802.11nの規格はその後も見直しが続き、2008年11月にドラフト7.0が承認され、最終的な規格の発行は現在2009年11月の予定になっている。
ドラフト2.0以降の変更はファームウェアの更新で対応できると言われているが、それより前のものも含め、多種の802.11nの仲間が世の中に存在することになる。今後これらの製品間の相互接続性が問題になるものと思われる。
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