home > Tosky's Archive > Archive 2006年 >
オーム社 技術総合誌「OHM」2006年3月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
消えゆくアナログ
アナログからディジタルへと言っても、時計からクルマのエンジンの制御まで幅が広い。ここではAV機器について近年の動きを見てみよう。
音声の録音にはアナログのレコードや磁気テープが使われてきた。しかし、1982年にディジタルのCDが出現し、4年後の1986年には早くもCDの国内生産枚数がLPレコードを追い越した。そして、今やレコードを聴くのはよほどのマニアだけになった。また、1992年にはミニディスクが出現し、その後半導体メモリが録音に使われるようになり、現在は完全にディジタルが主流になった。
静止画を扱うカメラには、長年、アナログ技術のフィルムが使われてきたが、1995年にフィルムを使わない普及型のディジタル・カメラが出現した。カメラ映像機器工業会の統計によると、日本国内の出荷台数中のディジタル・カメラの割合は、1999年には26%だったが、どんどん増加して2001年にはフィルム・カメラを追い抜き、2005年にはついに97%になった1)。そして2006年1月にはニコンとコニカミノルタが事実上フィルム・カメラから撤退した。
家庭用の動画の記録には、8ミリ・フィルムや8ミリ・ビデオなど、アナログ方式が使われてきた。しかし最近は、mini-DVテープなどディジタル方式が主流になっている。
ビデオ・ソフトの販売やレンタルに使われる媒体は、アナログのVHSテープなどからディジタルのCDやDVDに移ってきた。日本映像ソフト協会の統計によると、1992年まではすべてアナログ媒体だったが、1993年にビデオCDが出現し、2004年には85%がディジタル媒体になった2)。
映画やビデオの編集は、従来は撮影したフィルムやテープをつないで行っていたが、最近はディジタル化された映像情報を画面に並べて編集するようになった。これは従来の「リニア編集」に対して「ノンリニア編集」と呼ばれる。
こうして制作された映画のディジタル情報を、フィルムを使わずに通信衛星などを介して直接映画館に配り、スクリーンに映写する技術も現れた。これは、「ディジタル・シネマ」と呼ばれ、1999年の『スター・ウォーズ:エピソード1』で初めて使われた。現在、2007年までに北米の映画館の4,000スクリーンにそのためのプロジェクタを設置するプロジェクトが進行中である。
また、日本の地上波のテレビ放送では、2003年に一部地域でディジタル放送が始まり、2011年にアナログ放送はなくなる。
なぜこのように、アナログがディジタルに変わってきたのだろうか?
第1に、半導体などの進歩でディジタル方式が安くなったからだ。ひとたびディジタルになると、半導体はムーアの法則で10年間に100倍程度進歩するので、ディジタル方式はどんどん低価格・高性能になり、アナログの分野を侵食していく。始めは普及型だけだったディジタル・カメラは、一眼レフの高級カメラにも使われるようになり、安い方は携帯電話の付属機能にまで広がった。
そして、ディジタル情報にはレコードや映画フィルムのような再生による劣化がなく、何回でも同品質で再生できる。媒体の経年変化による情報の劣化もないので、文化財などをいったんディジタル化しておけば永久に品質を保持できる。
また、ディジタル情報は加工が容易だ。ビデオの編集はノンリニア編集になって大変楽になった。そして、見合い写真の修整のようなことも素人にも簡単にできるようになり、職人芸が不要になった。
また、ディジタル化により一貫作業が容易になり、スピードアップが図れる。ディジタル・カメラで撮影した写真は現像も焼き付けも不要で、即座に写り具合をチェックし、気に入らなければ撮り直せる。これは映画の撮影でも同じだ。
そして、情報の保管が容易になった。アナログ情報は、音声、静止画、動画、それぞれ別形式で別の媒体に保管される。しかし、これらをディジタル化すれば、HDD、CD、DVD、半導体メモリなどのどれにでも蓄えておくことができる。
また、運搬・配信が容易だ。LPレコードやVHSのテープよりCDやDVDの方がかさばらないが、それだけでなく、ディジタル化することによって通信回線を使った配信も可能になる。映画のフィルムをコピーして映画館に配送するのに比べ、映画のディジタル情報を通信衛星で映画館に配信するのは1/3〜1/5程度のコストでできると言われる。
このようにディジタル化によるメリットが大きいので、半導体などの技術の進歩に伴って、広くディジタル技術が使われるようになった。
ディジタル化で何が起きる?
テレビ放送のディジタル化は現在進行中だし、「ディジタル・シネマ」はまだ始まったばかりなので、今後もディジタル化は進む。
ディジタルになれば、アナログ時代に蓄積された複雑な機構設計やアナログ回路のノウハウは、もはや不要になる。他社との差別化を図る技術の核はソフトウェアになり、マイクロプロセッサやディスクなどのハードウェアはソフトウェアを動かすための道具に過ぎなくなる。このように要求される技術がガラッと変わるので、新興企業や開発途上国の企業もハンディキャップが少ない。そのため、従来技術の蓄積が豊富な老舗の企業ほど厳しい立場に立たされる。
「OHM」2006年3月号
[後記] ディジタル・シネマの映写設備を備えた映画館は、その後増えて、2007年12月には全世界で5,831スクリーンになったという。日本はそのうち82スクリーンである。3) 2008年末には、全世界で1万スクリーンを超えるという予想もある。
テレビの受像機のディジタル化に伴って参入障壁が下がり、新規参入企業が続出している。米国で2004年に参入したビジオ(Vizio)は、2007年第2四半期に北米市場の14.5%のシェアを獲得し、一躍トップになった。日本でも、コードレス電話機などのメーカーだったユニデンが、2005年にテレビ受像機の市場に参入した。
参考文献
1) 「デジタルカメラ−統計データ」、カメラ映像機器工業会
(http://www.cipa.jp/data/dizital.html)
2) 「統計調査の売上金額の推移」、日本映像ソフト協会
(http://www.jva-net.or.jp/report/videomarket_2.pdf)
3) “Digital Cinema Worldwide in 2007”, MEDIA Salles, Yearbook 2007
(http://www.mediasalles.it/ybk07fin/)
「Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。
Copyright (C) 2006, Toshinori Sakai, All rights reserved