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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年2月号 掲載
HEADLINE REVIEW 情報通信
酒井 寿紀(さかい・としのり)
酒井ITビジネス研究所 代表
管理・運営体制が問われる
これからの「インターネット」
昨年11月に、米国がインターネットの多国間管理を拒否したと報道されました。そこで、ここではインターネットの管理の世界に、最近何が起きているのかを紹介します。
Q インターネットの基本的なしくみはどうなっているのですか
全世界のコンピュータや端末の間でデータをやり取りするにはそれらの機器を識別する必要があり、それにはIP*1アドレスという32ビットの数値が使われます。しかし、交信相手のIPアドレスを記憶したり、入力したりするのは不便なので、通常はその代わりにドメイン名というものが使われています。例えば、米国IBMの「ibm.com」、オーム社の「ohmsha.co.jp」などがこれに当たります。
そして、IPアドレスとドメイン名の対応付けをDNS*2と言います。ユーザーが指定したドメイン名はDNSのファイルを格納したDNSサーバによってIPアドレスに変換されてネットワークの接続に使われます。
また、インターネットはメールの交換やウェブの閲覧など多目的に使われるため、送受信するデータの種類を識別する必要があり、データの種類ごとに全世界共通のポート番号というものが制定されています。
Q その基本的なしくみを管理する組織はどうなっているのですか
この基本的なしくみを管理する総元締めはICANN*3という、米国商務省の監督下にある非営利の民間団体です。このICANNの下にRIR*4という組織があり、全世界を5地域に分けて管理しています。アジア太平洋地域はAPNIC*5というオーストラリアに本部があるRIRが管理しています。RIRの下に各国のNIR*6という組織があり、日本のNIRは、(社)日本ネットワークインフォメーションセンター (JPNIC*7)です(図1)。
DNSのマスター・ファイルは、ICANNからの委託を受けて米国の民間企業のベリサインが管理しています。ベリサインのDNSサーバのデータが、毎日ほかの12のDNSサーバにコピーされ、この合計13のサーバがルート・サーバと呼ばれます。ルート・サーバは現在米国内に10台あるほか、日本、イギリス、スウェーデンに各1台あります。このルート・サーバのデータが全世界のインターネット・サービス・プロバイダ(ISP*8)などのDNSサーバにコピーされて使われます。
Q 全世界で使われているインターネットの根幹が米国政府の支配下にあるのはどうしてなのですか
インターネットの前身は、米国国防省のDARPA*9が中心になって開発を進め、1969年に使われだしたARPANETです。このネットワークを軍事用以外にも使うため、米国政府のNSF*10が1985年にNSFNETというインターネットの最初のバックボーンを構築しました。
ネットワークのアドレスなどの管理は、政府の委託を受けて南カリフォルニア大学がARPANETの初期からずっと担当してきました。しかし、インターネットが全世界で使われるようになったため、クリントン政権は米国政府による管理の限界を感じ、1998年にICANNを設立して、そこにインターネットの管理業務の移管を始めました。当初は2年間の移行期間を経て2000年に移管を完了する予定でしたが、延期が繰り返され、現在は2006年9月に移管を完了する予定になっています(表1)。ただ、たとえこの移管が完了しても、ICANNはカリフォルニア州法の下に設立された組織で、ICANNがからむ訴訟は米国の裁判所で裁かれるため、真に国際的な組織に移行したとは言えません(a)。
こうして、米国の軍事用ネットワークが全世界で使われるようになったため、インターネットの根幹の管理は米国政府の支配下にあるのです。
Q インターネットの管理をもっと国際的な組織に移す動きはないのですか
ICANN自身による改革と国連中心の動きとの二つがあります。
2002年にICANNのスチュアート・リンCEOがICANNの改革を提案しました。その提案の一つは、15人の理事のうち5人を各国政府の代表にし、各国政府の関与を深めるものでした。しかし、これは結局実現しませんでした。インターネットは民間の研究者のボランティア的活動によって支えられ、米国政府もそれを支持してきたので、その伝統が政治の介入を忌避したのだと思われます(b)。
一方、国連は2001年12月に、世界情報社会サミット(WSIS*11)を、国連配下の国際電気通信連合(ITU*12)が中心になって、2003年12月と2005年11月の2回開催することを決議しました。これは、もともとはインターネットの普及度の違いからくる格差(ディジタル・ディバイド)の解消を主目的とするものでした(c)。しかし、2003年12月にジュネーブで開かれた第1回のサミットでインターネットの管理が大きい問題として取り上げられ、WGIG*13というワーキング・グループを設けて検討することになりました(表1)。
表1 インターネットの管理に関するおもなでき事
年 次 | ICANN | 国 連 |
1998 | 11月:ICANN設立 | |
(2000年9月移管完了予定) | ||
2000 | 9月:移管完了を1年延期 | |
2001 | 9月:移管完了をさらに1年延期 | 12月:国連総会がWSIS開催を決議 |
2002 | 2月:リンCEOが改革を提案 | |
9月:移管完了をさらに1年延期 | ||
10月:改革案決定 | ||
2003 | 9月:移管完了をさらに3年延期 | 12月:第1回WSIS開催(ジュネーブ) |
(WGIGの設置を決定) | ||
2005 | 6月:WGIGが4案を提示 | |
9月:WSISの準備委員会でEUが新提案 | ||
11月:第2回WSIS開催(チュニス) | ||
2006 | 9月:移管完了(予定) | 前半:IGF設立(予定) |
このワーキング・グループは2005年6月に今後のインターネットの管理について4案を提示しました。その第1案は、現在米国の商務省が担っているインターネットの監督業務を、各国政府の代表によって構成される国連の組織に移し、実務を担当するICANNをその下に位置づけるものでした(d)。
ほかの案の中には、現在のICANNを基本的にはそのまま存続させる案もありました。しかし、米国は第1案が採択されることを危惧し、商務省や国務省が反対意見を表明しました。それは、インターネットの安定的稼動を保証するため、インターネットの根幹については、米国が今後も従来の役割を担っていくというものでした。そして、ICANNはインターネットのアドレス管理についての適切な組織であり、米国政府は今後もICANNを監督し支援していくと主張しました(e)。
しかしその甲斐もなく、9月末のWSISの準備委員会でEUが爆弾提案をしました。それは、IPアドレスやドメイン名などの基本方針について、多国間政府が参画する新しいしくみを作るものでした。この提案は、EUがイラン、中国、キューバなどの要求と米国の主張を調停しようとしたものでした(f)。しかし、米国務省で国際通信情報政策を担当しているデイビッド・グロス大使がこの提案に猛反対し、「国連であろうとなかろうと、多国間組織がインターネットを管理するべきではない」と主張しました。多国間管理にすれば、官僚主義に陥って問題の迅速な処理が不可能になり、また、非民主的国家の介入で言論の自由が妨げられるというのがその理由です(g)。
そのため、2005年11月にチュニスで開催された第2回のサミットではEUの提案は日の目を見ず、現在の米国中心の管理の継続が認められました。このサミットでIGF*14という、インターネットの共通問題を多国間で協議するフォーラムを設置することになりましたが、このフォーラムはインターネットの監督機能を持たず、また、インターネットの運営の実務にも関与しないものです(表1)(h)。
このように、インターネット管理の国際化の試みはいずれも成功しませんでした。
Q 今後はどういう方向に進むのでしょうか
インターネットは今や全世界で日々、情報の配信や閲覧、メールの交換、商品や株の売買などに使われています。そのユーザーは全世界で約10億人に達すると言われます。そして、IPアドレスやドメイン名の割り当て方法、ウィルスやSPAMメールの問題など、全世界で統一した対応が要求される問題が数多くあります。全世界の共通問題を処理する機関としては国連があり、中国などは以前からインターネットの管理を国連配下のITUに移すべきだと主張しています。しかし、現在の国連が各国の利害の対立でものごとを迅速に処理できないのは周知の通りです。
一方、IPアドレスやドメイン名は電話で言えば電話番号のようなもので、ルート・サーバは中央の電話局の交換機のようなものです。電話では、これらは電話会社の経営者の意思の下で日々の管理・運営が行われ、また、長期的にサービスの向上が図られます。したがって、インターネットでも同様に、一つにまとまった意思の下でカネとヒトを動かし、迅速に、かつ計画的に業務を遂行する組織が要求されます。
この相反する要求を両立させることは現在の国際情勢の下では困難です。したがって、当面は米国が主張するように現在の米国中心の管理を継続するしかないと思われます。しかし、政治の世界でネオコン(新保守主義)をバックにした現ブッシュ政権の米国一国主義が他の多くの国の反発を買っているように、インターネットの世界でも米国中心に対する反発は今後ますます高まるものと思われます。したがって、長期的には各国政府の関与を深めて行かざるを得ないでしょう。
18世紀の後半に、蒸気機関の普及で始まった産業革命は、封建領主や小国家の分立を時代遅れにし、世界各地で中央集権国家の成立を促しました。同様にして、全人類がインターネットの利便性を真に享受できるようになるためには、現在の「国家」が変わっていくしかないのではないでしょうか。
*1 Internet Protocol
*2 Domain Name System
*3 Internet Corporation for Assigned Names and Numbers
*4 Regional Internet Registry
*5 Asia Pacific Network Information Centre
*6 National Internet Registry
*7 Japan Network Information Center
*8 Internet Service Provider
*9 Defense Advanced Research Agency
*10 National Science Foundation
*11 World Summit on the Information Society
*12 International Telecommunication Union
*13 Working Group on Internet Governance
*14 Internet Governance Forum
[関連記事]
(a) "Memorandum of Understanding between the U.S. Department of Commerce and Internet Corporation for Assigned Names and Numbers", Nov. 25, 1998, ICANN, U.S. Department of Commerce
(https://www.icann.org/resources/unthemed-pages/icann-mou-1998-11-25-en)
(b) "The Case for Reform", 24 February 2002, ICANN (http://archive.icann.org/en/general/lynn-reform-proposal-24feb02.htm)
(c) "World Summit on the Information Society", 21 December 2001, ITU (https://www.itu.int/wsis/basic/about.html)
(d) "Report of the Working Group on Internet Governance", June 2005, WGIG
(e) "United States of America Comments on the Report of the WGIG", 17 August 2005, ITU
(f) "European Union (UK)", 30 September 2005, ITU
(g) "EU and U.S. clash over control of Net", September 30, 2005, The New York Times
(http://www.nytimes.com/2005/09/29/business/worldbusiness/29iht-net.html?_r=0)
(h) "World Summit on the Information Society Hailed as Resounding Success", 18 November 2005, ITU
(http://www.itu.int/wsis/newsroom/press_releases/wsis/2005/18nov.html)
(i) 酒井 寿紀、「手綱を手放さない米国政府 インターネット管理の民間移管」、OHM、2009年1月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0901ohm.htm)
(j) 酒井 寿紀、「手綱を緩めた米国政府・・・インターネットの管理」、OHM、2009年12月号、オーム社
(http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0912ohm.htm)
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