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オーム社 技術総合誌「OHM」2006年1月号 掲載        PDFファイル

(下記は「OHM20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

プロプライエタリからオープンへ

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

メインフレームやパソコンでは

コンピュータの初期には、メーカーがそれぞれ独自仕様の製品を生産し、それを組み合わせてシステムを提供していた。こうして各メーカーは、それぞれ固有の、つまりプロプライエタリ(Proprietary)な世界を築いていた。

アメリカでは、1960年代には「白雪姫と7人の小人」と言われ、IBMほか7社がそれぞれ独自の世界を築いていた。しかし、小人たちは1970年以降順次姿を消し、1980年代末にはIBMだけになった。そして1970年代には、アムダールなど、IBMと互換性のあるCPUを販売するメーカーが現れた。その製品はPCM (Plug-Compatible Mainframe)と呼ばれた。

パソコンも1970年代にはメーカーごとに仕様が違い、それぞれ独自の世界を築いていた。しかし、1981年にIBMがインテルのCPUとマイクロソフトのOSを使ったパソコンを発売し、内部バスやアプリケーション・ソフトのインタフェースを公開した。後発のIBMは仕様をオープンにすることにより、周辺機器やソフトウェアの品揃えを早く充実させようとしたのだ。この戦略は大成功し、IBMの仕様がパソコンのデファクト・スタンダード(事実上の標準)になった。そして、この仕様に基づいたオプション・ボードやアプリケーション・ソフトなどの市場が出現した。

1983年以降、コンパックをはじめ、多数のメーカーがIBMと互換性のあるパソコンを発売し、IBMのシェアを食っていった。これもPCMの一種だが、クローンと呼ばれた。IBMは再度パソコンの市場を自分の手に取り戻そうと、1987年に追従が難しい新技術を使ったPS/2というパソコンを発売し、クローンを振り払おうとした。しかし、今や自分が生んだ子である元のパソコンの仕様が全世界のデファクト・スタンダードになっていて、その力の前には親のIBMも無力だった。IBMは結局PS/2を放棄し、元のパソコンに戻った。現在、全世界で使われているパソコンの9割以上はIBMの仕様に基づくものだが、生みの親のIBM2004年にパソコン事業を中国のレノボに売却した。

 

なぜオープン化か?

IT製品では、LSIの製造設備や開発費、ソフトウェアの開発費など、固定費がコストに占める割合が非常に高いので、シェアの大きいメーカーが圧倒的に有利だ。そのため、各社は自社のシェアを伸ばすとともに、オープン化で仲間を広げ、固定費の負担を軽減しようとする。また、仕様をオープンにして周辺機器やアプリケーション・ソフトなどの品揃えを充実し、シェアの増大を図る。

一方、ユーザーはCPU、周辺機器、OS、アプリケーション・ソフトなどについて、それぞれ最もよいものを使いたいのであって、それらすべてが一社から供給される必要はない。こういった要求を満足するのはプロプライエタリな世界では不可能で、仕様のオープン化が不可欠だ。ただ、IBMのパソコンの例が示すように、オープン化はメーカーにとって「諸刃の剣」である。それでもオープン化が進むのは、メーカーにとってもユーザーにとってもメリットが大きいからだ。

 

情報家電はどうなる?

このようにして、メインフレームやパソコンは、まずプロプライエタリで始まり、次に最も強いところがデファクト・スタンダードになり、次いでそのクローンが現れ、最後に仕様がオープンになってきた。では、情報家電は今後どうなるだろうか?

携帯電話は現在通信会社ごとにプロプライエタリな世界を築いている。しかし近年、CPUにはテキサス・インスツルメンツやインテルの製品が使われ、またOSにはシンビアンやマイクロソフトの製品、Linuxなどが使われるものが多くなった。こうしてデファクト・スタンダード確立に向かって進みつつある。そして、マイクロソフトのOSを使った携帯電話は、パソコンで作ったワープロや表計算のファイルを扱うことができ、パソコンのデファクト・スタンダードの世界の一員になっている。

ビデオ・ゲームでは、ソニー、任天堂、マイクロソフトがそれぞれ独自の世界を築いている。しかし、次期製品では3社ともIBMCPUを使い、任天堂とマイクロソフトのグラフィックスはATIの技術だ。そして、マイクロソフトのビル・ゲイツは、将来Xboxのクローンを他社に作らせる可能性もあると言っている1)。ビデオ・ゲームにも、デファクト・スタンダードが決まり、そのクローンが現れる日が来るかもしれない。

携帯音楽プレーヤでは、現在アップルのiPodがトップ・シェアだ。そして、2004年にはヒューレット・パッカードが、アップルとの契約の下にそのクローンを発売した。また、モトローラの携帯電話機でiPod用の音楽配信を聴くことができる。しかし、アップルはiPod用の音楽配信を扱う機器を他社が勝手に販売することを認めていない。これはユーザーの利益に反すると2005年に米国とフランスで訴訟が起きた2), 3)。法律上はともかく、デファクト・スタンダードとなった音楽配信を聴く機器を一社が独占して販売することは考えられない。たとえ無償でなくても、妥当な対価でオープンにしないと、その普及には限界があるだろう。

このように情報家電にもオープン化に向かう潜在ニーズがあり、一部その方向に動き出している。したがって情報家電も、メインフレームやパソコンと同様に、今後オープン化の道を歩むことになると思われる。

OHM20061月号

 

[後記]ヒューレット・パッカードは、同社の社長交代に伴う事業見直しで、iPodのクローンの販売を1年で止めてしまった。

一方、「OHM20077月号「音楽配信がオープンに!?」に記したように、iPodでしか聴けなかった楽曲が、他社の音楽プレーヤでも聴けるようになった。こうして、音楽配信と音楽プレーヤが独立した市場を形成するようになった点では、オープン化が大きく進んだ。

 

参考文献

1) “Gates considering Xbox clones?”, CNET News, June 30, 2005

(http://news.cnet.com/Gates-considering-Xbox-clones/2100-1043_3-5770507.html)

2) “Apple's motion to dismiss denied in antitrust case”, AppleInsider, September 15, 2005

(http://www.appleinsider.com/articles/05/09/15/apples_motion_to_dismiss_denied_in_antitrust_case.html)

3) “Apple, Sony sued over DRM in France”, CNET News, February 14, 2005

(http://news.cnet.com/Apple,-Sony-sued-over-DRM-in-France/2100-1027_3-5575417.html)

 


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