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オーム社「Computer & Network LAN」2005年4月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年1月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)
スーパーコンピュータの市場をIBMが席巻?
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
「地球シミュレータ」がトップの座を奪われる
「TOP500」というウェブサイト(http://www.top500.org) が、世界中のスーパーコンピュータの性能を測定して、毎年6月と11月に上位500システムを公表している。性能の測定には、Linpackという性能測定用プログラムが使われる。2002年6月から2004年6月までNECが製造した日本の海洋研究開発機構の「地球シミュレータ」が、TOP500のトップの座を占めていた。ところが、2004年11月にトップの座をIBMのBlue Gene/Lに奪われてしまった。
2004年11月のリストに登場したBlue Gene/Lは16ラックからなり、70.7テラFLOPS(毎秒1兆回の浮動小数点演算を実行)で、35.9 テラFLOPSの地球シミュレータの約2倍である。同年9月に発表された8ラックのBlue Gene/Lの性能は36.0 テラFLOPS で、地球シミュレータとほぼ同じだが、IBMの発表によれば、床面積は地球シミュレータの3,020uに対し30uと約1/100であり、消費電力は216 kWで、6,000 kWの地球シミュレータの約1/28だという1) 。
そして、Blue Gene/Lの商用機は、最小構成の1ラックのモデルが150万ドル(約1.5億円)ということなので、地球シミュレータと同等の性能の8ラックでは、約12億円になる。これは、ハードウェアだけで400億円したという地球シミュレータの約1/33である。
地球シミュレータの前にTOP500のトップの座を占めていたのは、汎用のPowerプロセッサを8,192個使ったIBMのASCI Whiteだった。その性能は7.3 テラFLOPS で、8ラック版のBlue Gene/Lの約1/5だが、床面積は870uで、その約30倍、消費電力は1,200 kWで、その約5.6倍、価格は1.1億ドル(約110億円)で、その約9倍だった。
価格や床面積、消費電力には前提条件が大きく影響するので、平等な比較はなかなか難しいが、これだけ開きがあると、その違いを認めないわけにはいかない。これらの数値からBlue Gene/Lの技術レベルの高さが分かる。
Blue Gene/Lの力の源は?
では、このBlue Gene/Lの価格、大きさ、消費電力はどういう技術によって実現されたのだろうか? Blue Gene/Lは0.7GHzのPower系のプロセッサを使い、プロセッサ2個をLSI 1チップに収め、2チップをモジュールに搭載し、16モジュールをシャーシに収め、32シャーシを1台のラックに収容しているという。ラックの寸法は幅0.9m、奥行0.9m、高さ1.8mで、これに2,048個のプロセッサが収容されていることになる。
この高密度実装技術がBlue Gene/Lの大きさや消費電力を実現したのだが、この技術が実現するものは今回の発表に留まらない。2005年前半に米国エネルギー省のローレンス・リバモア国立研究所に納入されるBlue Gene/Lは64ラックからなり、ピークの理論性能は360 テラFLOPSと言われる。そして、Blue Gene/Lは1999年に始まったBlue Geneプロジェクトから派生したものであり、このBlue Geneプロジェクトは、2006年に30個程度のプロセッサを半導体の1チップに搭載して、1 ペタFLOPS(毎秒1,000兆回の浮動小数点演算を実行)を出すことを目標にしている。
スーパーコンピュータの市場は今後どうなる?
地球シミュレータはベクトル型の特殊なハードウェアを使ったものだが、現在のスーパーコンピュータは、汎用のマイクロプロセッサを多数使ってクラスタ構成にしたものが主流である。TOP500によると、もともとパソコン用であるインテルのx86アーキテクチャを使ったスーパーコンピュータは、2002年11月には上位500システム中12%だったが、2004年11月には53%になった2), 3)。そして、クラスタと称するものは、2002年11月には19%だったが、2004年11月には59%になった4), 5)。こうして、たとえばデルのようなメーカーも、インテルのマイクロプロセッサを多数使ったサーバで、TOP500システムに顔を出すようになった。
しかし、今後半導体の高集積化がさらに進むと、半導体上でのプロセッサの多重化が重要になる。また、より性能を上げるためには、プロセッサ数をさらに増やす必要があり、高密度実装技術も重要になる。そうなれば、汎用のマイクロプロセッサを多数並べただけの製品では太刀打ちできなくなるだろう。現在、高度な半導体技術や実装技術を持っていないメーカーがTOP500に多数登場しているが、こういう時代は終わるのではなかろうか。
現在、IBMのほかにもサン・マイクロシステムズやクレイなど、次期スーパーコンピュータの開発に力を入れているメーカーは多い。しかし、現状ではTOP500中の216システム(43%)をIBMが占めており、Blue Geneファミリーの登場でこの比率はさらに上がりそうだ。
この市場でも寡占化が進みつつあり、そうなれば、シェアが高いメーカーが開発費の負担や量産効果上ますます有利になる。寡占化で競争が減ることはユーザーの利益に反するが、シェアが中途半端なメーカーが多すぎるよりよい面もある。
「Computer & Network LAN」2005年4月号
[後記] 前記のように、Blue Geneは2004年11月に初めてTOP500のトップの座を占めたが、その後上位に占める数を増やしている。2008年6月には、Blue Geneファミリーが上位3システムを独占し、上位10システム中5システム、上位20システム中8システムがBlue Geneファミリーである(類似技術を使ったRoadrunnerをBlue Geneファミリーに含める)。
しかし、上位500システムで見ると、x86アーキテクチャが2004年11月の53%から2008年6月には83%に増え、クラスタが同じ時期に59%から80%に増えている6), 7)。このように、トップクラスを除くスーパーコンピュータの世界では、x86アーキテクチャやクラスタ構成が、まだ圧倒的な強さを見せている。
参考文献
1) “IBM's Blue Gene Claims Fastest Supercomputer”, InternetNews.com, September 29, 2004
(http://www.internetnews.com/ent-news/article.php/3414721)
2) “Processor Family share for 11/2002”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/20/procfam)
3) “Processor Family share for 11/2004”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/24/procfam)
4) “Architecture share for 11/2002”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/20/archtype)
5) “Architecture share for 11/2004”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/24/archtype)
6) “Processor Family share for 06/2008”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/31/procfam)
7) “Architecture share for 06/2008”, TOP 500, Statistics
(http://www.top500.org/stats/list/31/archtype)
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