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オーム社 技術総合誌「OHM」2005年3月号 掲載 PDFファイル [(株)オーム社のご提供による]
HEADLINE REVIEW 情報通信
酒井 寿紀(さかい・としのり)
酒井ITビジネス研究所 代表
クロスライセンス契約の現状と今後の動向
特許のクロスライセンス契約には、さまざまな目的があります。ここでは、最近の事例をあげながら、そのメリットやデメリットについて解説します。
Q クロスライセンス契約とはどういうものですか
特許のクロスライセンス契約とは、特許を保有している2社が、お互いにその実施権を相手に供与するものです。授受する権利の価値を双方が同等と認めれば金銭の受け渡しはありませんが、そうでない場合は、価値の低い特許しか供与しなかった方が差額を支払うことになります。
なお、単にクロスライセンスと言うときは、特許以外の知的財産権の相互供与も含まれますが、ここでは、主として特許のクロスライセンスを取り上げます。また、対象分野をITに関連する技術に限って解説します。
Q 最近のクロスライセンス契約にはどういう事例がありますか
クロスライセンス契約には、いろいろな目的が複雑に絡み合っているものがあります。また、契約の詳細内容が非公開で、授受する権利や費用の詳細がわからないことが数多くあります。そのため、真の目的が何なのか、外部からはよくわからないことがあります。
したがって、クロスライセンスを締結した目的によって、クロスライセンスの事例を分類するのは困難ですが、ここでは便宜上、図1に示すような主な目的に分けて事例を紹介します。
まず、法廷闘争の解決手段としてクロスライセンス契約を使ったものがあります (図1のA)。
マイクロソフトとサン・マイクロシステムズは長年法廷で争ってきましたが、2004年4月に全面的に和解しました。合意事項の一つは、特許の実施を相互に認めるかわりにマイクロソフトがサンに9億ドル支払うものです (表1の8)。
富士通と韓国のサムスンSDIは、2004年4月に、PDPの特許に関して双方が日米両国で提訴しましたが、2004年6月にクロスライセンス契約を結んで和解しました (表1の10)。
このような事例の中には、クロスライセンスを結ばせる手段として訴訟を使ったものもあります。
次に、特許料収入の獲得を主目的としたものがあります (図1のB)。
テキサス・インストルメンツ(TI)は、キルビー特許というICの基本特許を所有し、日本の半導体メーカーもそれに対してロイヤリティを支払ってきました。この特許は米国で1959年に出願されたものですが、TIは特許の分割と訂正を繰り返し、1989年に日本で新たに特許が成立しました。この新キルビー特許に対し、東芝、NECなどはクロスライセンス契約を更新して対応しました。
現在グラフィックスなどのソフトウェアを扱っているインターグラフは、前にはハードウェアも自製していて、「クリッパ」というマイクロプロセッサで使われたキャッシュ制御に関する特許を持っていました。インテルがこの特許を使用していて、2001年3月に、侵害を認める最終判断が下されました。この判決によりンターグラフは、インテル、ヒューレット・パッカードなどから総額約8.6億ドルの支払いを受けました (表1の3、13)。
次に、装置メーカーなどと、装置に使われる部品や周辺機器のメーカーとの間のクロスライセンス契約があります。装置メーカーなどは、周辺機器の品揃えの充実を図り、一方、部品メーカーなどは販路の拡大を図るものです (図1のC)。
ソニーはメモリースティックというフラッシュ・メモリのカードをディジタル・カメラや携帯音楽プレーヤに使っていますが、2003年6月に、このメモリースティックに関連する技術について、サンディスクとクロスライセンス契約を結びました。これにより、ソニーはメモリースティックの安定供給を図れ、またサンディスクは自社のメモリ・カードの販路拡大ができました (表1の7)。
従来、グラフィックスの最大手であるNvidiaのグラフィックスのチップは、インテルのマイクロプロセッサでは使えませんでした。しかし、2004年11月に両社がクロスライセンス契約を締結しましたので、インテルはグラフィックスのチップの品揃えを充実でき、Nvidiaはインテルのマイクロプロセッサのユーザーに販路を拡大することができました (表1の11)。
次に、競合する企業から製品の製造・販売権を取得することを主目的としたものがあります (図1のD)。
AMDはインテルと互換性のあるマイクロプロセッサを製造・販売していますが、両社は1976年からクロスライセンス契約を結んでいます。現在は、2001年に更改された契約で、10年間の製造・販売権が保証されています (表1の2)。
青紫色レーザーダイオードについては日亜化学が世界に先行していますが、2004年4月にソニーと日亜化学がその特許についてクロスライセンス契約を締結しました。ソニーは次期DVDとしてブルーレイディスクを推進しており、それに必要な青紫色レーザーダイオードが、この契約によってソニーからも供給できるようになりました (表1の9)。
また、包括的な特許のクロスライセンス契約を結ぶことにより、製品開発の自由度を確保し、訴訟を回避することを主目的としたものもあります (図1のE)。
IBMのライセンス料の収入は2002年に年間11億ドルありましたが、その収入より、クロスライセンスにより設計者が自由に製品開発を進められるようになるメリットの方がはるかに大きいと、IBMの知的財産権・ライセンス担当の副社長は言っています(1)。
2004年12月に、ソニーとサムスン電子が、半導体技術や業界標準技術などを広範に含む、特許のクロスライセンス契約を締結しました。この契約も、特定の特許実施権の取得よりも、将来の製品開発の自由度の確保と訴訟の回避を主目的としたものではないかと思われます (表1の12)。
表1 クロスライセンス契約の事例 |
|||
No. | 契約年月 | 契約を締結した企業 | 対象分野 |
1 | 2001年1月 |
ATI/インテル |
マイクロプロセッサの接続仕様など |
2 | 2001年5月 |
インテル/AMD |
両社の技術全般 |
3 | 2002年4月 |
インテル/インターグラフ |
クリッパの技術など |
4 | 2002年7月 |
EMC/ヒューレット・パッカード |
ストレージ管理のAPI |
5 | 2002年9月 |
ヒューレット・パッカード/日立製作所 |
ストレージ管理のAPI |
6 | 2003年4月 |
日立製作所/EMC |
ストレージ技術、ストレージ管理のAPI |
7 | 2003年6月 |
ソニー/サンディスク |
メモリ・スティック |
8 | 2004年4月 |
マイクロソフト/サン・マイクロシステムズ |
両社の技術全般 |
9 | 2004年4月 |
ソニー/日亜化学 |
青紫色レーザーダイオード |
10 | 2004年6月 |
富士通/サムスンSDI |
PDP |
11 | 2004年11月 |
インテル/Nvidia |
マイクロプロセッサの接続仕様など |
12 | 2004年12月 |
ソニー/サムスン電子 |
半導体技術、業界標準技術など |
13 | 2005年1月 |
ヒューレット・パッカード/インターグラフ |
クリッパの技術など |
Q クロスライセンス契約のメリットおよびデメリットは何ですか
メリットとしては、単なる特許の実施権取得の契約に比べて、他社の特許を無償、または安い対価で使えることがあります。また、包括的なクロスライセンス契約を何社もと締結することにより、製品開発の自由度を確保し、訴訟を回避することができます。
一方、デメリットとしては、自社の特許を安い対価で供与させられる可能性があります。そして、競合相手を強化するおそれもあります。
例えば、IBMは自社のパソコンの技術をクロスライセンスで他社に供与することにより、それを業界標準にすることに成功しましたが、その結果、世界中で互換製品が作られるようになり、結局IBMは、2004年にパソコン事業から撤退することにしました。
また、インテルはグラフィックスのチップに必要な情報を、クロスライセンスでATIやNvidiaに供与しています (表1の1、11)。これは、自社のマイクロプロセッサの拡販には貢献していますが、自社のグラフィックスのチップの販売には障害になるおそれがあります。
このように、クロスライセンスには諸刃の剣になる一面があります。
Q 今後はどういう方向に進むのでしょうか
今や日本の企業は世界の最先端を走るようになったため、新技術の特許を取得すると同時に、あとから追いかけてくるアジア諸国の企業などからの防衛が重要です。そのため、従来日本の企業はあまり他社を訴えることがありませんでしたが、最近他社を訴えることが増えてきました。
2004年4月には、PDPに関する特許侵害で富士通がサムスンSDIを提訴しました。また、2004年11月には、松下電器産業が、同じくPDP関係の特許侵害で韓国のLG電子の製品の輸入差止めを申請しました。そして、同月、東芝はフラッシュ・メモリの特許侵害でハイニックス・セミコンダクターの日本法人を提訴しました。
攻撃は最大の防御というのはあらゆる戦いに共通です。そのため、今後こういう訴訟が増えると思われます。そうなれば、訴訟の和解手段としてのクロスライセンスも増えると思われます。
クロスライセンスの契約交渉を有利に進めるためには、自社は使わなくても、他社が高く評価する特許を数多く持っている必要があります。そのため、企業の特許戦略も変わってくるものと思われます。また、ITの世界では、仕様のオープン化、業界標準化が非常に重要なため、各社はクロスライセンスを通じて仲間作りを積極的に進めるようになるでしょう。
そして、オープン化されたITの世界では製品間の接続仕様が非常に重要です。そのため、例えば、EMCとヒューレット・パッカード、ヒューレット・パッカードと日立製作所、日立製作所とEMCなどがストレージ管理のAPI (Application Program Interface) についてクロスライセンス契約を交わしています (表1の4、5、6)。このように、特許だけでなく、製品間の接続仕様やソフトウェアの知的財産権のクロスライセンスが今後増えるものと思われます。
◆参考文献◆
(1) “Taking the measure of patents” The Journal News, April 1, 2003
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