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オーム社 技術総合誌「OHM」2005年1月号 掲載 PDFファイル [(株)オーム社のご提供による]
HEADLINE REVIEW 情報通信
酒井 寿紀(さかい・としのり)
酒井ITビジネス研究所 代表
PHSに将来はあるか?
日本で1995年にサービスが始まったPHSは、通話用としては、携帯電話の普及に及びませんでした。ここでは、PHSの将来について解説します。
Q PHSは最近どういう状況なのですか
PHS (Personal Handy-phone System)とは、固定電話のコードレスの子機に使われている技術をベースにした、いわば簡易型の携帯電話で、日本で1995年にサービスが始まったものです。PHSと携帯電話との主な違いを表1に示します。
表1 PHSと携帯電話の主な違い | ||
PHS | PDC* | |
使用周波数 | 1.9GHz | 800MHz, 1.5GHz |
基地局のカバー半径 | 〜数百m | 〜数km |
基地局の出力 | 20〜500mW | 0.5〜30W |
* Personal Digital Cellular、日本の第2世代の携帯電話で使われている方式
PHSには、周波数帯の利用効率の良さ、通話料金の安さなどの利点がありますが、サービス・エリアの狭さなどのため、通話用としては携帯電話に太刀打ちできませんでした。しかし、手ごろな定額料金の設定により、インターネットのモバイル接続用としてかなり普及しています。また最近、中国で簡便な携帯電話として急速に伸びています。
2004年6月21日に、米国の大手投資ファンドのカーライルが、PHSの最大手であるDDIポケットを、京セラと共同でKDDIから買収すると発表しました。買収に当たってカーライルは、PHSのモバイル接続機能には潜在的な成長力があり、これをさらに伸ばしたいと言っています。また、京セラが参画したのは、同社は現在、中国にPHSの端末や基地局を供給しており、この市場の今後の発展を期待しているためだと言われています。
Q インターネットのモバイル接続用としてのPHSの将来性はどうなのでしょうか
以下、モバイル接続に対して要求される項目ごとにPHSの将来性を見てみましょう。
第一に、「データ転送速度が速いこと」があげられます。家庭やオフィスでのインターネット接続には、ADSLなどの10Mbpsクラスの回線が一般化し、光ファイバの100Mbpsクラスも一部に使われ出しています。そのため、モバイル接続にもこれらの速度に匹敵する高速性が要求されます。
モバイル接続の高速化の要求に対し、例えば、NTTドコモのFOMAは現在最大384kbpsですが、2005年にサービスを開始するHSDPA (High Speed Downlink Packet Access)では、技術的には最大14Mbpsのデータ転送が可能です。また、KDDIのCDMA2000 1xは最大144kbpsですが、2003年11月にサービスを開始した1x EV-DO (Evolution Data Only)では最大2.4Mbpsに高速化されました。
それに対し、PHSは固定電話の64kbpsの回線をベースにしているため、現在は最大128kbpsで、将来の高速化にも限界があり、高速のモバイル接続の要求を満足することは困難です。
第二に、「通信料金が安いこと」があげられます。日本の携帯電話には、一般のプロバイダや企業のネットワークにインターネットで接続する際は、定額料金制度がなく、大量に使うと大変な料金になってしまいます。そのため、4,000〜5,000円/月程度の定額料金でモバイル接続ができるPHSが普及しました。
しかし、米国の携帯電話会社は80ドル/月(約9,000円/月)程度で使い放題のインターネット接続サービスを提供しています。いずれ日本の携帯電話会社も、米国同様、定額でのインターネット接続サービスを提供するようになり、PHSのメリットは薄れるでしょう。
第三に、「サービス・エリアが広いこと」があります。PHSのサービス・エリアは狭く、大都市では問題なくても、地方では使えないところがたくさんあります。PHSの事業者はサービス・エリアの拡大に努めていますが、携帯電話には及びません。携帯電話に比べ電波の到達距離が短いので、必要な基地局の数が多く、人口密度が低いところまで携帯電話並みにサービス・エリアを拡大することは容易ではありません。
第四に、「高速移動中も使えること」があります。PHSが新幹線の中でも使えたという報告もありますが、高速移動中の接続は、やはり携帯電話の方が勝っています。
第五に、「通話とデータ通信が一つの契約、一つの機器でできること」があげられます。通話用とデータ通信用に、別の契約を交わし、別の機器を持ち歩かねばならないのは何と言っても不便です。一つで済むに越したことはありません。一つの契約、一つの機器で、全世界で通話もデータ通信もできるのが理想ですが、PHSではそれは困難です。
このように、インターネットのモバイル接続には、PHSより携帯電話の方が望ましい点が多いのです。日本の携帯電話会社は、携帯電話のネットワークを単なるインターネットのアクセス網として提供することには積極的でなく、付加価値の高いサービスの提供に力を入れていますが、ユーザーのニーズを軽視したらうまく行かないでしょう。
Q 中国ではPHSはどういう状況なのですか
中国では1997年に地方の中小都市でPHSのサービスが始まりました。中国電信(China Telecom)と中国網路通信(China Netcom)という2社の固定電話事業者がサービスを提供しています。この2社は、携帯電話事業を認可されていませんが、中国政府はPHSを携帯電話として扱っていないため、固定電話網を利用してPHSのサービスを始めたのです(表2)。
表2 中国の4大通信キャリア | ||
会社名 | 主な提供サービス | 加入者数*1 |
(2002年、百万人) | ||
中国電信 | 固定電話、PHS | 133 |
(China Telecom) | (南部−上海、広州など) | (固定電話) |
中国網路通信 | 固定電話、PHS | 77 |
(China Netcom) | (北部−北京、天津など) | (固定電話) |
中国移動通信 | 携帯電話 | 138 |
(China Mobile) | (GSM*2系) | (携帯電話) |
中国聯合通信 | 携帯電話 | 68 |
(China Unicom) | (CDMA*3/GSM系) | (携帯電話) |
*1 「2002年中国通信業界発展統計広報」(中国情報産業部、2003年4月) 「NTTCom北京・上海事務所のウェブサイト」(http://www.ntt.com/china/)より *2 Global System for Mobile communication、主としてヨーロッパで使われている方式 *3 Code Division Multiple Access 主としてアメリカ、アジアで使われている方式、日本ではKDDIが使用 |
中国のPHSは、日本のPHSと違い、固定電話と同じ番号体系で、一つの市外局番内でしか使えません。しかし、通話料金が固定電話とほぼ同額で、携帯電話に比べて安いため、簡便な携帯電話として普及しました。このPHSは、中国では「小霊通」(シャオリントン)と呼ばれています。
「小霊通」は当初中小都市でしか使えませんでしたが、2003年4月には広州、同年5月には北京、そして2004年5月には上海でもサービスが始まりました。加入者数は2002年末には1,200万人でしたが、2003年末には3,500万人に増えました。2004年に入っても毎月約300万人増加して、2004年6月末には加入者が5,600万人に達し、その後も増え続けています。
一方、中国の携帯電話は、中国移動通信(China Mobile)と中国聯合通信(China Unicom)によってサービスが提供され、2004年10月末にその加入者数は3億2,500万人に達し、毎月約500万人が新規に加入しています。つまり、PHSの利用者が急速に増えているとはいっても、現在はやはり携帯電話が主役です(表2)。
Q 中国のPHSは今後伸びるのでしょうか
中国インターネット・ネットワーク・インフォメーション・センター(CNNIC)のデータによれば、2004年6月末に中国のインターネット人口は8,700万人に達し、日本を抜いて、米国に次いで世界第2位です。そして、ブロードバンドの利用者も急増し、2004年6月には前年の3.2倍の3,100万戸になりました。
このようにインターネットが急速に普及しつつありますので、中国でも今後モバイル接続の要求が確実に増えるでしょう。そして、ブロードバンドの一般化でウェブの内容が複雑で重くなるため、モバイル接続にも高速性が要求されることは日本と同じです。中国でも、携帯電話とPHSがモバイル接続の市場で競い合うことになります。しかし、2005年には第3世代の携帯電話のサービスが始まり、高速のデータ通信が可能になるため、PHSが高速性に対する要求で携帯電話に太刀打ちすることは困難と思われます。
そして、PHSには、データ通信用としても通話用としても、いろいろな問題があります。特に、サービス・エリアについては、中国のPHSは一つの市内でしか使えないため、旅行先では使うことができません。また、高速移動中の使用に制約があることや、携帯電話とPHSを使い分けようとすれば、二重に契約し、2台携帯しないといけないことも日本と同じです。
したがって、中国でも、インターネットのモバイル接続用としてのPHSの今後の伸びを期待することは難しいと思われます。中国でPHSが今後もさらに伸びるとすれば、それは日本と違い、通話中心の、一つの市内だけで使われる簡便な携帯電話としてでしょう。しかし、これにも不透明な要素があります。
従来、PHSに対する中国政府の方針は明確でなく、サービス・エリアが中小都市から大都市へと、なし崩し的に広がるのを黙認してきました。そして、2005年には利用者が1億人に近づくとも言われていますので、今や急激な政策転換が難しいことは確かです。しかし、今後の政府のPHSと携帯電話に対する政策が、PHSの将来を大きく左右することは間違いありません。
また、日本では、従来は携帯電話とPHSを主に同一事業者が運営していたので、両者の共存の道を価格政策などに反映することができました。しかし、中国では別の事業者が運営しているので、まともに市場を奪い合う形になっています。したがって、企業の戦略的な価格政策などがPHSの将来に大きく影響します。
そして、現在PHSを提供している中国電信、中国網路通信は、本格的な第3世代の携帯電話への参入を狙っていると言われています。それが実現すれば、これら2社にとって、PHSは一時的なつなぎ役の事業に終わる可能性もあります。
中国では、政治体制の問題や経済成長の地域格差の問題などが絡むため、何ごとについても将来を予想することはきわめて困難です。しかし、中国のPHSが、長期的には日本のPHSと同じ問題を抱えていることは確かです。したがって、「小霊通」に対する投資はできるだけ短期間に回収することを考えるべきだと思われます。
[後記]
その後のPHSの状況については下記をご参照下さい。 (12/7/9)
「『小霊通(シャオリントン、中国版PHS)』のその後」、ブログ "Tosky's IT Review" (12/7/9)
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