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オーム社「Computer & Network LAN」2004年4月号 掲載 PDFファイル
(下記は「OHM」2009年3月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)
「情断」が通じない世の中に
酒井 寿紀 (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所
無力に終わった外務省の削除要請
2003年11月に日本の2人の外交官がイラクで殺害され、その遺体の写真がロイター、APなどの通信社によって配信された。日本の一般の新聞やテレビはその写真を掲載しなかったが、一部の夕刊紙や週刊誌が転載したほか、インターネットの掲示板にも掲載されたため、だれでもその写真を見ることができるようになった。
一般的に、欧米と日本では遺体の写真の扱いについて差があるのは確かだが、もし殺害されたのがアメリカやイギリスの外交官だったら、こういう写真が配信されることはなかっただろう。このような写真の公開は慎むべきだ。
今回の写真公開に対し、外務省は、配信元の通信社や転載した出版社に抗議するとともに、インターネットの掲示板の管理者に削除を要請した。しかし、公開写真へのリンクが張られた外務省の削除要請のメールが、またネット上で公開され、外務省の対応の当否がネット上で議論の的になったため、さらに多くの人が遺体の写真を見る結果になってしまった。
今回の件は、インターネットには国境がなく、国境での情報の断絶、つまり「情断」が不可能なことを示した。また、法律違反でもないのに、ネット上の情報を取り下げさせようとする「情断」も無力であることを示した。たとえ一つのサイトが削除したとしても、他のサイトがまた掲載するので、もぐら叩きが終わることはないだろう。
報道規制が無意味に
中国の新華社の報道によると、大阪の建設会社の社員185人が、2003年9月に広東省珠海市のホテルで集団買春をしたという。このため中国では、ホテルの幹部だった男性とクラブの元責任者の女性が無期懲役になり、他の12人の関係者が2年から15年の懲役になった。そして中国の警察は日本の会社の関係者3人を、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて国際指名手配した。
日本の一般の新聞やテレビは、指名手配された人の氏名や顔写真を報道しなかった。しかし、新華社が実名で報道し、日本の一部の組織がそれを日本語にしてインターネットで流したため、だれにでも分かるようになった。そして、ICPOは手配者の氏名、生年月日、顔写真をインターネットで公開するので、調べる気になればだれでも調べられる。
日本の一般の報道機関は、日本の法律を破ったわけではないので、氏名や顔写真の報道を差し控えたのだろうが、インターネットでだれでも知ることができる時代になると、こういう「情断」も意味が薄れる。
ダイアナ妃の事故直後のニセ写真が横行
1997年にダイアナ妃がパリでの自動車事故で亡くなった。その直後に、ダイアナ妃を車から救出しているところと称するカラー写真が米国のキワモノ専門のウェブサイトにメールで送られ、そのサイトがそれをネット上で公開した。当初はその写真の真偽がはっきりせず、フランスやイタリアのメディアがそれを転載した。しかし、ほどなく、救出に当たっている作業員の服装などから写真はニセモノと判明した。
一時はこのニセ写真が世界中を駆け巡り、現在でも元凶のサイトに掲載されている。こういういかがわしい情報の「情断」も難しいので、インターネット上の情報を利用するときは細心の注意が必要である。
北朝鮮の「情断」は可能か?
2000年に米国のオルブライト国務長官が北朝鮮を訪問したとき、金正日が「メールアドレスを教えて下さい」と言ってみんなを驚かせた。したがって、金正日がインターネットを使っていることは確かだ。しかし、一般にはほとんど使われていないという。北朝鮮のカントリー・コード*1) は「.kp」だが、これを使ったウェブサイトもまだないと言われる。
ところが北朝鮮は、中国、韓国、日本などのサーバを使って、インターネットによる政治宣伝や賭博サイトによる資金稼ぎをさかんに行っている。たとえば、「朝鮮インターネット」というサイトは、ソウルにある組織によって運営され、韓国のサーバを使っている。「朝鮮通信」という、北朝鮮の朝鮮中央通信のニュースを英語と朝鮮語で流しているサイトは、東京にある朝鮮通信社によって運営され、日本のサーバを使っている。1) 「Jupae」という、平壌の会社が運営する賭博サイトは中国のサーバを使っている。
このように、北朝鮮政府はインターネットを使った情報の発信には熱心だが、情報の受信は、海外の有害情報の流入を防ぐため規制しているのだろう。しかし、最新の科学技術情報の入手などにはインターネットが不可欠だ。そのため、2003年にドイツからインターネットのシステムを導入することにしたと言われている。
北朝鮮はインターネット網の構築に当たっては、情報のフィルタリングに力を入れるということだが、インターネットの世界での「情断」の難しさは前述したとおりである。金正日体制を崩壊させるためには、各国がコンピュータやネットワーク製品を北朝鮮にどんどん輸出することが一番早いのかもしれない。
「Computer & Network LAN」2004年4月号
[後記] 北朝鮮のカントリー・コード「.kp」を使ったサイトはその後出現し、現在少なくとも2サイト存在する。一つは、KCC Europe (北朝鮮の政府機関であるKorea Computer Centerのヨーロッパ支部)のサイト(http://www.kcce.kp/)だが、内容は現在準備中である。もう一つは「ネナラ(私の国)」という、北朝鮮の政治、芸術、歴史などを紹介するサイト(www.naenara.kp/ja/index.php)である。主要ページは9か 国語で記述されていて、金正日の動静などを伝えている。現在はないが、一時は北朝鮮産の健康食品などを扱うオンライン・ショッピングのページもあった。
「.kp」の技術的管理はベルリンにあるドイツ法人のKCC Europeが実施していて、その代表者はドイツ人である。北朝鮮とは衛星回線で接続されているという。
なお、上記の北朝鮮のサイトのうち、「朝鮮インターネット」、「Jupae」は現在存在しない。
*1) カントリー・コード: メールやウェブで使われるドメイン名の末尾に付いている、アルファベット2文字で国を識別するコード。日本は「.jp」。
参考文献
1) 「朝鮮通信 (Korean News)」, 朝鮮通信社 (http://www.kcna.co.jp/)
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