home > Tosky's Archive > Archive 2004年 >

 

 

オーム社「Computer & Network LAN20043月号 掲載    PDFファイル 

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

個人事業の時代きたる!?

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

Free Agent Nation

私ごとで恐縮だが、小生は2002年に勤務先を退職して個人事業を始めた。「事業」と言っても、そのへんの法人化してない八百屋や魚屋と一緒で、役所に開業届を持って行ったら内容もろくに見ずにすぐ受け付けてくれた。いや、別に店員がいるわけでもないので、これらの店屋さんにも遠く及ばないのだが。

ダニエル・ピンクが著した、『Free Agent Nation』(邦訳:「フリーエージェント社会の到来」, ダイヤモンド社)1) という本によると、個人事業が最近米国で増えているそうだ。この本がいうフリーエージェントには、個人事業者、臨時雇いなど、正規の雇用契約を結んでいない人がすべて含まれるが、こういう人たちが全就業者の約1/4になるという。

もちろんこの人たちの中には、自ら進んでそうなった人と、意に反してそうなってしまった人がいるわけだが、ピンク氏によると、自ら進んで個人事業を始める人が最近増えているそうだ。

その理由の一つは、経済の繁栄の結果ゆとりができたため、収入や身分の安定よりも、仕事上の自由や仕事の意義を追求する人が増えたためだという。二つ目の理由は、定年後も十分働くことができ、また働きたいと思っている人が増えたためということだ。

さらにもう一つの大きい理由は、パソコンやインターネットの普及で、これらの人たちの願望を容易に実現できるようになったためだという。人間は元々、大昔から個人事業者だったが、産業革命で生産手段が大規模化し、雇う者と雇われる者が出現したのであって、最近、パソコンなどの出現で、個人が再び生産手段を容易に入手できるようになり、また昔に戻りつつあるのだと言っている。

 

パソコンとインターネットがあれば

確かにパソコンとインターネットさえあれば、組織に属したり、人を雇ったりしなくても、従来できなかったことが容易にできるようになった。

私の場合、IT関係の記事を書くことを主な仕事にしているのだが、まず、情報収集が楽になった。ウェブで世界中の多くの情報を簡単に入手できる。疑問点があれば、メールで問い合わせればわざわざ足を運ぶこともない。先日、ある米国の機関が使っている用語について疑問があったので、メールで問い合わせたら1日も要さずに返事がきた。どこかの国のように問い合わせがたらい回しにされて、挙句のはてに、なしのつぶてというのとはわけが違う。これは、報道関係の窓口担当者がちゃんとアサインされていて、そのメール・アドレスが公開されているからである。

原稿や図表の作成も容易になった。ワープロ・ソフト、表計算ソフト、プレゼンテーション・ソフトなどを使えば、過去に自分が作成した資料や、ウェブなどで公開されている資料を活用して、原稿や講演用の資料を簡単に作成できる。こうして作られた原稿は、出版社を介さなくても、DTP (Desk Top Publishing)で、自分で冊子にして配布することもできる。

また、個人でウェブ・サイトを開設して自分の意見を公表することも容易にできるようになった。私は個人事業を始めるに当たり、「.com」のドメイン名を取得したが、その手続きはメール1本で済んだ。さらに、独自のドメイン名のウェブ・サイトを開設するためには、自分でウェブ・サーバを構築するか、ホスティング・サービスを利用してサーバを借りる必要があるが、これもメールでホスティング・サービスを申し込んだら23回のやり取りで手続きが完了した。

そして、個人事業でも貸借対照表や損益計算書があった方が税金上有利なので、簡単な会計ソフトを購入した。個々の入出金を入力すれば、減価償却の計算などを行ってくれ、自動的に財務諸表を作ってくれる。計算を人に頼む必要もなく、納税時に税理士の世話になることもない。

 

個人事業者を社会の戦力に

パソコンとインターネットで生産手段が個人の手に戻ったのは世界共通である。そして、日本の高齢化は米国以上で、定年後自宅で仕事をしたいという日本人は今後ますます増えるだろう。したがって日本でも、米国同様、今後個人事業者が増えると思われる。

それに伴う大きな問題は、個人事業者の貢献度を正しく評価して、正当な報酬を支払うしくみが必要なことだ。企業は時間で拘束した人間、つまり正規の社員には結構なカネを払うが、個人と仕事の契約をしてカネを払う文化にはあまりなじんでない。『Free Agent Nation』によると、ピーター・ドラッカーは、かつて「企業が必要とするのは、体についている3ポンドの頭脳だけなのに、どうして170ポンドの体を街なかまで20マイルも運ぶ運賃を負担しようとするのか不思議だ(筆者訳)」と言ったそうである。この問題は米国でも日本と大差ないようだ。

この問題を解決して個人事業者の力を社会の戦力として生かすことが、今後の大きな課題になるのではなかろうか?

Computer & Network LAN20043月号

 

[後記] 個人事業者が道具としてインターネットを使うのが普通になるとともに、インターネットで情報を発信すること自体を事業にする個人も増えた。多くに人に有益と思われる情報を提供するサイトを運営して広告収入を獲得するもの、商品やサービスの紹介記事を掲載したサイトを運営して紹介料をもらうものなどである。

 

参考文献

1) Daniel H. Pink, “Free Agent Nation”, Warner Books, Inc., 2002 (邦訳:ダニエル・ピンク(), 池村千秋(), 「フリーエージェント社会の到来」, ダイヤモンド社, 2002年)

 


Tosky's Archive」掲載通知サービス : 新しい記事が掲載された際 、メールでご連絡します。