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オーム社「Computer & Network LAN20045月号 掲載       PDFファイル [(株)オーム社のご提供による]

「中央から地方へ」の落とし穴

 

酒井 寿紀 (さかいとしのり) 酒井ITビジネス研究所

 

 

■税金の申告がインターネットで可能に

今年から、国税庁のウェブサイトで、収入や控除の金額を入力すれば、税金の額を計算してくれて、税務署に提出する確定申告書を印刷できるようになった。小生も早速使わせてもらったが、電卓を使う回数が大幅に減り、手書きで申告書に記入する必要もなくなったので便利になった。

そして、名古屋国税局管内では、ほかの地方に先行して、今年からインターネットで税金の申告ができるようになった。来年は、これが全国に広がるという。しかし、米国では2003年に、5,300万人(40%)がインターネットで税金を申告したという。日本がこのレベルになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

■政府が電子政府の実現に注力

現在、世界各国の政府がこのような行政手続きのインターネット化に取り組んでいる。では、日本は諸外国に比べて現在どんな位置づけなのだろうか? 

昨年11月に国連が発表した電子政府のランキングによると、日本は総合評価で18位で、1位の米国はおろか、シンガポール(12)、韓国(13)、アイスランド(15)などにも及ばない。政府によるウェブの活用状況に至っては、日本は30位で、フィリピン(7)、韓国(18)、ブルガリア(29)などより下位である。

日本の政府もこれではダメだと、2001年に始まったe-Japan戦略の重点政策分野の一つとして「電子政府の実現」を取り上げ、現在推進中である。上述のインターネットによる税金の申告もその一環である。

 

■「行政ポータルサイト」が主役

各種の行政手続がインターネットによってできるようになると、どの手続きにはどのウェブサイトに行ったらいいのかを教えてくれる案内役が重要になる。これが「行政ポータルサイト」で、いろいろな手続きをする人は、まずこの「玄関」を訪れて、どこへ行ったらいいのかを調べる。

たとえば、米国には「FirstGov」という行政ポータルサイトがあって、その最初のページで、住所変更の届出、税金の申告、運転免許証の更新、パスポートの取得などについて、それぞれ行き先が示されている。

日本にも総務省が運営している「電子政府の総合窓口」という同様のサイトがある。しかし、このサイトの「納税」欄から上記の確定申告書作成のサイトにたどり着くことはできない。残念ながら、これも日本政府のウェブが世界30位であることのあかしの一つなのだろう。

こういう「行政ポータルサイト」にとって重要なことはなんだろうか? それは、結婚したとき、子供が生まれたとき、パスポートや運転免許証を取得するとき、引っ越したときなど、なにか手続きが必要になったとき、どのサイトへ行けばいいかが容易にわかることである。

ところで、一昨年小生が個人事業を開業したとき、税務署と地方税の税務事務所に3種類の書類を提出する必要があった。しかしこれらの書類の内容には重複するところが多い。やりたいことは一つなのだから、一つの申請ですべてが片付くようになっているといい。官庁間の分担がどうなっていようと、中央官庁と地方自治体の分担がどうなっていようと利用者には関係ない。

このように、従来はなにか一つのことをしようとすると、いくつもの官庁に出向かなければならないことが多かった。しかし、多くの手続きにインターネットが使われるようになると、単に足を運ばなくてよくなるだけでなく、一つのサイトですべての手続きが済むようにできる。たとえ個々の手続きの所管は別の官庁のままでも、ウェブ・サービスの技術を使って、利用者には、あたかも一つのサイトですべてを扱っているように見せかければよい。このようにして、いわゆる「ワンストップ・サービス」が実現されることが望まれる。

 

■「地方から中央へ!」

さて、こうして多くの手続きが、日本で唯一つの「行政ポータルサイト」から展開されるようになると、中央と地方の関係はどうなるだろうか? 日本は米国などと違い、地方ごとの制度の差が少ないから、多くの手続きを全国共通のサイトで済ますことができる。そうなると、ウェブサイトの構築・維持はまとめて中央で行なえばよく、地方の役所では対面処理の要員が不要になる。電子政府の実現によって、このように行政の「地方から中央へ」の流れが起きる。また、そうなったほうが、日本全体で人件費やサーバの費用を減らせるだけでなく、どこへ引っ越しても同じ操作で手続きができるので、利用者にとっても便利になる。

小泉首相は「中央から地方へ」、「地方でできることは地方へ」と言い続けている。もちろんそうすべきものもあるのは確かだが、上述のように、電子政府については「地方から中央へ」を推進しないといけない面もある。ただ闇雲に「中央から地方へ」と突き進み、似て非なるウェブサイトが全国にできてしまったら、とんでもない落とし穴に陥ることになる。

 

[後記] 

 

上記の小生の危惧は不幸にして現実になった。「『中央から地方へ』の落とし穴に落ちた電子申請」(ブログ、09/12/2)をご参照下さい。(12/8/12)

 


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