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オーム社「Computer & Network LAN」2004年10月号 掲載       PDFファイル 

(下記は「OHM20091月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part T」に収録されたものです)

 

アドレス帳が一つになる日

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

身のまわりにアドレス帳・電話帳がいっぱい

よく使うメールの発信先は、マイクロソフトのOutlook、ネットスケープ・コミュニケーションズのNetscapeなどのメール・クライアント*1) のアドレス帳に登録しておくと便利だ。これは、もともとはメール・アドレスを登録しておくものだが、最近のものには、自宅の電話・住所、勤務先の会社名・部署・役職・電話・住所、性別、配偶者や子供の名前、誕生日などまで登録できるものもある。

年賀状を印刷するときなどに使う、宛名印刷ソフト*2) の住所録は、もともとは住所を登録しておくものだ。しかし最近のものには、自宅と勤務先の住所や役職のほか、メール・アドレス、電話、生年月日、性別、旧姓などを登録できるものもある。また、携帯電話の電話帳にも、よく使う電話番号やメール・アドレスを登録しておくことができる。固定電話の電話帳に電話番号が登録できるのはもちろんである。

このほか、パソコンやPDA (Personal Digital Assist)PIM (Personal Information Manager)と呼ばれる個人情報を管理するソフトにも、住所録や電話帳の機能がある。

このように、我々の身のまわりには、どんどんアドレス帳や電話帳のたぐいが増えている。

 

現状は問題だらけ

これらは便利なものではあるが、現状にはいろいろな問題がある。

その一つは、データの内容には上記のように重複するものが多いが、ファイル形式がちがうため、メール・クライアント、宛名印刷ソフト、電話機など、それぞれ別にデータを入力する必要があることだ。アドレス帳を一つ作れば、すべてに使えるというようにはなっていない。同種のソフトでもベンダごとにファイル形式がちがい、別のベンダの製品に買い換えたとき、データの再入力が必要なことが多い。また、同一ベンダの製品でもバージョンが違うと前のデータが使えないものもある。それどころか、同一バージョンの製品でも、デスクトップ型とノート型など、2台のパソコンで同じファイルを使おうとするとファイルの移動が簡単にできないものもある。

そして、ファイルの共用のためだけでなく、電話機の電話帳のファイルを操作性のよいパソコンで作成したり、アドレス帳のファイルのバックアップを取っておいたりするためにも、ファイルを自由に転送する機能が望まれるが、これにも制約があるものが多い。

現在でも、例えば日本IBMPIMである「オーガナイザー」は各社の携帯電話の電話帳と相互にデータを転送できるようになっている。しかし、携帯電話の電話帳のファイル形式にはいろいろあり、どんどん新しい機種が出るので、すべての機種がサポートされているわけではない。こういう個別の対応には限界がある。

また、メール・クライアントや宛名印刷ソフトには、他社製品のファイルを自社製品用に変換する「インポート機能」がかなり充実しているものが多い。しかし、自社製品のファイルを、例えばテキスト・データなどに変換して出力する「エクスポート機能」は一般に貧弱である。シェア拡大のため、他社製品からの移行には手厚いが、他社製品への移行には極めて不熱心なのが現実である。

以前、アドレス帳のエクスポート機能がまったくないメール・クライアントがあったが、これでは、他社製品への移行だけでなく、アドレス帳を2台のパソコンで共用することも、ファイルのバックアップを取ることも容易ではない。

 

情報家電の世界でも標準化が必要

このような問題を解決するため、企業用のソフトの世界ではLDAP (Lightweight Directory Access Protocol)というディレクトリ・サービスの標準プロトコルと、LDAPのファイル間でデータを交換するLDIF (LDAP Data Interchange Format)というファイル形式が制定されている。ディレクトリとは企業などで使われる名簿のファイルのことで、大規模なディレクトリを扱う製品ではLDIFでのデータ交換が可能である。しかし、個人用の製品でLDIFでのデータ交換ができるのは、現在はまだメール・クライアントの一部ぐらいである。

いずれ個人用の製品についても、このLDIFなどを中継して自由にデータを交換できるようになるだろう。シェアの維持拡大を図りたいソフトウェア・ベンダは、LDIFからのインポートはサポートしても、LDIFへのエクスポートはサポートしたくないかもしれない。彼らは、囲い込みの道を選ぶか、オープン化の道を選ぶかの選択を迫られることになる。しかし、囲い込まれた世界は、一度そこに入ったら抜け出せない蟻地獄のようなものなので、誰も寄りつかなくなるだろう。

そして、情報家電の世界で標準化やオープン化が要求されるのは住所録や電話帳だけではない。例えば、スケジュール管理のファイルなども同じである。大型コンピュータが歩んできたオープン化の道を、今後パソコンを含めた情報家電がたどっていくことになるだろう。

Computer & Network LAN200410月号

 

[後記] その後、アドレス帳のファイル形式の標準化が進み、マイクロソフトやアップルのアドレス帳はvCardというファイル形式で、他のソフトとファイル交換できるようになった。また、宛名印刷ソフトの住所録や携帯電話の電話帳にもvCardが扱えるものが現れ出した。今後、情報家電の製品全般にvCardが広く普及すれば、ここに記したような不便は解消される。情報家電製品でも、製品単体の優劣のほか、他の製品との情報の受け渡しの容易さが非常に重要であることが認識され出したようだ。

 

*1) メール・クライアント: 電子メールを送受信し、管理するソフトウェアで、メール・ソフト、メーラーなどとも呼ばれる

*2) 宛名印刷ソフト: はがき印刷ソフトとも呼ばれ、一般に、はがきや封筒の宛名の印刷、年賀状などの文面のデザインや印刷ができ、住所録の管理機能がある

 


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