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オーム社「Computer & Network LAN」2004年9月号 掲載       PDFファイル 

(下記は「OHM20093月号の別冊付録「ITのパラダイムシフト Part U」に収録されたものです)

 

ICANNが「I CAN!」と言える日

 

酒井 寿紀  (さかい としのり) 酒井ITビジネス研究所

 

現在のインターネットは米国商務省の管理下

我が女房のような機械オンチのオバチャンから、茶髪の女子高生に至るまで、だれでもインターネットを使うようになった。彼女たちはインターネットのしかけがどうなっているかなどまったく知らない。それはそれで結構なのだが、現在のインターネットのしかけに問題はないのだろうか?

インターネットは、1960年代に米軍の研究所で開発された技術が基になっている。そのユーザは軍隊から大学、企業、個人へ、そして全世界へと広がっていったが、IPアドレス、ドメイン名、ルート・サーバ(ドメイン名とIPアドレスの対応の根幹となるデータベース)などの管理・運営の元締めは、ずっと米国政府だった。しかし、1998年にその業務はICANN (the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)という民間の非営利団体に、2年間の移行期間を経て移管されることになった。1)

当初、移管は20009月に完了する予定だったが、その後1年間の延長が繰り返された。そして、20022月に当時のスチュアート・リン理事長がICANNの抜本的改革の必要性を唱え、改革案を提案した。2) その提案の一つは、15名の理事のうち5名を各国政府の代表にし、政府の参画を強化するものだったが、抵抗勢力の反発で政府関係者の直接の参加は実現しなかった。しかし、リン前理事長の、人員も予算も足りないという意見に対しては、その後改善が図られつつある。

こうして一応改革も実現し、3回の期間延長で残業務も少なくなったので、当初の予定から3年遅れたが、20039月には移管が完了するものと思われていた。ところが20039月になって、移行期間を20069月まで3年間延長すると発表された。3)

米国商務省は今後3年間に実施すべきこととして、@長期戦略の策定、A危機管理計画の樹立、Bルート・サーバの安全性確保、C透明性の改善などをあげている。4) これは、裏を返せば、現状はこれらの点がまだ不十分だということにほかならない。こうして、少なくとも20069月までは、全世界のインターネットは米国商務省の管理下にあることになった。

 

ICANNの限界

ICANNは全世界のインターネットの根幹となるしかけを、管理・運営する組織である。しかしその理事は、インターネットの世界での世界各地域の代表であって、各国を代表しているわけではない。人数は国連の安全保障理事会と同じ15人だが、その立場はまったく違う。これは、政府の関与を極力排し、独立した組織でインターネットの構築を進めてきた伝統に基づくもので、従来はそのメリットもあった。しかし、今後中国などのインターネット人口が急激に増加していく時代に、これで対応できるだろうか? 

電気通信の国際的な組織として、国連配下のITU (International Telecommunication Union: 国際電気通信連合)という組織があり、中国などはインターネットもITUが扱うべきだと主張している。しかし、ICANNは規格を制定するだけでなく、IPアドレスを割り当て、ドメイン名を登録し、ルート・サーバを運営しているのである。実務は民間企業に委託していても、これらの業務の最終的責任はICANNにある。したがって、国連配下の組織に移管すれば済むというものでもない。

そして、民間企業への委託に伴う問題も起きた。ICANNは「.com」、「.net」のドメイン名の登録と、DNS (Domain Name System)*1) の管理をベリサインに委託しているが、ベリサインは20039月に「Site Finder」というサービスを始めた。これはウェブを閲覧する人がURLの入力を間違えたとき、エラー・メッセージを返すかわりに、ベリサインのサイトに誘導して正しいと思われるサイトや関連情報を提示するものである。これはユーザにとって便利な面もあるが、ベリサインがその独占的な立場を利用して収入増を図ろうとしたものでもある。このサービスは、DNSのデータベースに手を加えることになるため反対意見が多く、サービス開始の約半月後にICANNはこれを止めさせた。

しかし、民間企業があらゆる収入源を捜すのは当たり前のことだ。問題は、むしろインターネットの根幹にかかわる業務を一民間企業に独占的に委託した方にある。

そして本件について、20042月にベリサインはICANNをカリフォルニアの連邦地方裁判所に訴えた。ICANNはカリフォルニア州の法律の下に設立された非営利団体なので、訴訟はこのようにカリフォルニアの裁判所で争われることが多い。全世界のインターネットを管理・運営する機関が、カリフォルニアの裁判所で裁かれることになる。どう考えてもおかしい。

このように、現在のICANNにはいろいろ問題が多いが、今すぐICANNに取ってかわれる組織もない。将来はやはり、各国政府の意見がきちんと反映される組織になるべきだと思われる。

ICANNが「I CAN!」と言い、それを全世界が認める日は来るのだろうか?

Computer & Network LAN20049月号

 

[後記] その後2005年に、国連の関連機関のITUで、インターネットの管理を国連の配下に移す案が提案されたが、米国政府の猛反対によってつぶされた。

米国政府からICANNへの移行期間は20069月に終了したが、両者の間で新しい契約が結ばれ、20099月まで米国政府の関与が継続することになった。この新契約では、従来ICANNに移管されることになっていたルート・サーバが、今後も米国政府の管理下に置かれると明記された。

20086月にICANNは、ルート・サーバの管理をICANNへ移管することを20099月以降の検討課題としてあげたが、米国政府によって拒絶された。こうして、インターネットの管理の首根っこを米国政府に押さえられた状態は今後も当分継続することになった。

 

*1) DNS (Domain Name System): インターネットで使われるドメイン名をIPアドレスに変換する仕組み

 

参考文献

1) “Memorandum of Understanding between the U.S. Department of Commerce and Internet Corporation for Assigned Names and Numbers”, ICANN, 25 November 1998

(https://www.icann.org/resources/unthemed-pages/icann-mou-1998-11-25-en)

2) “President's Report: ICANN – The Case for Reform”, ICANN, 24 February 2002

(http://archive.icann.org/en/general/lynn-reform-proposal-24feb02.htm)

3) “ICANN and U.S. Department of Commerce Announce New Three-Year Agreement”, ICANN, 17 September 2003

(https://www.icann.org/news/announcement-2003-09-17-en)

4) “Department of Commerce Statement regarding Extension of Memorandum of  Understanding with the Internet Corporation for Assigned Names and Numbers”, NTIA, September 16, 2003

(http://www.ntia.doc.gov/page/2003/statement-regarding-extension-mou-icann-ammendment-6)

 

[関連記事]

(a) 酒井 寿紀、「管理・運営体制が問われる これからの「インターネット」」、OHM、2006年2月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2006/ar0602ohm/ar0602ohm.htm)

(b) 酒井 寿紀、「手綱を手放さない米国政府  インターネット管理の民間移管」、OHM、2009年1月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0901ohm.htm)

(c) 酒井 寿紀、「手綱を緩めた米国政府・・・インターネットの管理」、OHM、2009年12月号、オーム社

        (http://www.toskyworld.com/archive/2009/ar0912ohm.htm)

   


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