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title.gif (1997 バイト)

No.4                             酒 井 寿 紀                      2000/3/19


バブルは必ず再発する!

 

現在の株高がバブルかどうかということが、日本でもアメリカでも議論されている。しかし、これをバブルと呼んでも呼ばなくても、投資家にとってはどうでもいいことだ。問題は壊滅的な株価の暴落が今後来るか来ないかだ。

壊滅的暴落が来れば後世の人はこれをバブルと呼ぶだろう。アメリカのグリーンスパンFRB議長が、現在の株高がバブルかどうかは100年後の歴史家が判断するだろう、と言ったのはそういう意味だと思う。

では、後世の人にバブルと呼ばれるような株価の暴落は今後来るだろうか?

バブルは地震と同じようなものだ。地殻にストレスが溜まりすぎると、それを解消するために地震が起きるように、株価が経済の実態を遊離して値上がりしすぎると、何かのきっかけでそれを一気に解消しようとして暴落する。これがバブル崩壊だ。

地震の防止策はまだ実用になってないが、ストレスが溜まりすぎて激震が起きる前に、人工的に小地震を何回か起こしてストレスを発散させてやることができれば、大地震による被害は防止できる。

同じようにバブルも、行き過ぎないうちに、何回も株価の調整を繰り返させれば、一挙に暴落し社会が大混乱するのを防げる。

グリーンスパンさんは、4年前から何回も「バブル警報」を出し、昨年の6月から今年の2月にかけて4回の利上げを実施した。これは、人工的に小地震を起こすことにより、ストレスが溜まりすぎるのを防止しようとしたのだと思う。昨年の12月に、もう1回利上げをする機会があったのだが、グリーンスパンさんはこれを見送った。これはY2K問題と重なり、人工的小地震のつもりが大地震の誘発になってしまうのを恐れたためではなかろうか? グリーンスパンさんは最近小地震による株価のブレーキの効きが悪いのでいらいらしているのではないだろうか?

日本では80年代後半の超大型バブルの時にも、こういうストレス発散のための人工的小地震を起こそうとした人はいなかった。

バブルの醸成期の86年8月から88年12月まで大蔵大臣を務めた、宮沢喜一さんの回顧談が今年の2月22日の日本経済新聞に載っていた。

「87年のブラックマンデーのころが、日本にとっては比較的快適な時だったろう。...後になってどこかで政策転換ができなかったのかと何度も聞かれるが....企業城下町で有効求人倍率が極端に低くなるなど、とても政策変更を言い出せる状況ではなかった」

「88年には『今日は法人税が1兆円入りました』と報告が上がるほど税収がよかった。政府にとって都合は悪くない。みんな悪い気がしていない。あれで万事終わりなら、めでたしめでたしみたいな話だった」

「当時は相当なコストになるとは考えていなかった。税収が増え、海外旅行は安くなり、企業は東南アジアへ低コストで進出できた。不動産も株もそこそこに上がると、個人資産も増えた。裏の面が出て、初めてだんだんコストが高くつくことが分かってきた」

当時の経済状態について、失業問題は心配しても、異常な株価、地価の上昇には全く心配していなかったようだ。心配して心を痛めながらも景気対策を優先したというのならまだいいが、全く心配してなければ、バブル防止策の必要性を感じようもない。

宮沢さんは日本の政治家の中では最も経済に明るい方だと思うが、その宮沢さんにして当時の状況認識はこうだったのだ。もっとも、宮沢さんは10年あまりたった現在再び現職の大蔵大臣なのだ。従って、現時点で過去の政策を全面的に否定するような発言を望んでも無理だろう。完全に引退された時どう言われるのか、本心をもう一度お聞きしたいと思う。

いずれにしても、日本では、当時の状況判断のどこに問題があり、いつ何をすべきだったのか、公にきちんとまとめられたという話は聞かない。

同じような人たちが、何の反省もなく、政権を担当しているということは、再び同じようなバブル醸成の局面を迎えた時に、同じように何もしないだろう。今の与党の政治家は、たとえ見かけだけでも景気がいい方が、政権の維持に都合がよく、次の選挙も戦いやすい、ということしか頭にないように思える。経済の実情が全く違うが、グリーンスパンさんのような人は日本にはいないようだ。

従って、日本では、今後も必ずバブルが醸成され崩壊するだろう。

われわれは、われわれ自身で、その被害を最小限に食い止める手を考えなければならない。


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