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No.317                            酒 井 寿 紀                      2003/11/11


トロンとマイクロソフトの歴史的誤解(1/2)

 

今年の925日にマイクロソフトとトロン(TRON)が連携を発表した。内容は、マイクロソフトの組み込み用のOSであるWindows CEにトロンのOSの核であるカーネルを組み込んだ新しいOSを、両者が協力して開発するというものである。

このニュースは各メディアが大きく取り上げたが、その中には不適切な表現や誤解を招く記述が多い。いくつかの例を挙げよう。

(1) まず、「パソコン用ではマイクロソフトのOS『ウィンドウズ』に敗れたトロンだが、日本が強い情報家電でトロン陣営が主導権を奪い返している」1) 、「1980年代末に・・・日本政府やパソコンメーカーはトロンから手を引いた。90年代になると・・・『組み込みOS』として静かに復活」2) 、などの記述について。

トロンというのはプロジェクトの名前で、このプロジェクトは当初、ITRONCTRONBTRONという三種類のOSの仕様、MTRONというネットワークの仕様、TRONチップというマイクロプロセッサの仕様を決めようとしたものだった。たくさんあるので、頭文字をとって「ICBM(大陸間弾道弾)」と覚えていた。

このうちパソコン用のOSを狙ったもので、80年代にマイクロソフトやアップルのOSに太刀打ちできず一般化しなかったのはBTRONである。そして90年代に入って普及したのは組み込み用のITRONである。両者は別の市場を狙ったもので、一方は普及せず、もう一方は普及したということだけなので、「奪い返した」、「復活した」などの表現は適切ではない。

(2) 次に、「情報家電でトロン陣営が主導権を奪い返している」1) 、「トロンは、携帯電話・・・などのOSとして急成長し、非パソコン分野では業界標準の座を獲得した」3) などについて。

「情報家電」を、家庭で高度な情報を扱う、パソコン以外の製品とすれば、まずPDA、ビデオゲーム、携帯電話がある。しかし、世界中のほとんどのPDAOSはマイクロソフトかパームのものである。シャープは独自OSを使っていたが、最近Linuxを使い始めた。

ビデオゲームについては、ソニーのPlayStation、任天堂のGameCube、マイクロソフトのXbox、それぞれ独自のOSを使っている。

携帯電話については、日本では確かにITRON系のOSを使っているものが多い。しかし、Gartner Dataquestによれば、全世界で販売されている携帯電話のOS80%以上はシンビアン(Symbian)のものだという。ITUの統計によると、2002年末の日本の携帯電話の利用者数は全世界の7%にすぎないので、たとえ日本でのシェアが圧倒的に高くても、全世界から見れば高が知れているわけである。

OSやデータベースなどの基幹ソフト、マイクロプロセッサやグラフィックスなどの基幹ハードのシェアは全世界につい見る必要がある。これらはすべて世界中で共通に使えるものなので、世界でのシェアが高い製品が圧倒的に有利な戦いを展開できるからである。1カ国だけでのシェアの意味は、ほかの製品に比べればきわめて小さい。

そして日本でも、NTTドコモがこの926日にシンビアンと契約を結び、今後両者は関係を深めることになった。すでに富士通はNTTドコモ向けの第3世代の携帯電話にシンビアンのOSを使っている。今後日本でもシンビアンOSのシェアが増える可能性がある。

シンビアンはもともと携帯端末用のOSを開発していた企業である。また最近はマイクロソフトも携帯電話用のOSに力を入れている。これらの企業のOSはネットワークやアプリケーションとの連携が充実している。一方、携帯電話の情報処理はますます高度化し、PDAやパソコンに近づきつつある。携帯電話とPDAの機能を融合したような製品もどんどん現れている。従って、これらのOSの方がITRON系のOSより次第に有利になりつつある。

このような状況なので、情報家電の世界でITRON系のOSが圧倒的に優勢だとは言いがたい。ITRON系が優勢なのは自動車、白物家電、計測器など、どちらかというと情報とは縁が薄い分野についてである。

(3) 次に、マイクロソフトとトロンの「歴史的和解」3)4)、5)、6) という表現について。 

「和解」というのは、戦争でも裁判でも、戦っていた当事者同士が戦うのをやめて握手することである。ではマイクロソフトとトロン陣営は戦っていたことがあるのだろうか。「戦場」ごとに見てみよう。パソコン用のOSの世界ではBTRONが本格的に市場に出たことはなかった。CTRONは、データベース管理など、もとはメインフレームが使われていた分野を狙ったOSなので、80年代のマイクロソフトにとっては関係のない世界だった。そして、CTRONがこういう分野で使われたことはなく、その後電話交換機などに一時使われただけである。

マイクロソフトとトロン陣営が広い意味での同一市場でぶつかったのは、組み込みOSの世界だけである。しかしそこでも、PDAITRONが使われたことはなく、マイクロソフトの最大の競争相手はパームだった。また携帯電話の世界ではシンビアンOSITRONがおもに競合し、マイクロソフトがSmartphone 2002でこの分野に参入したのは2002年である。そして、このOSを使った携帯電話を生産しているのは、20032月現在、台湾の3社だけである。従って、携帯電話でマイクロソフトとトロンが競合するとしても、それは今後の話である。

そして、ITRONOSが強い自動車、白物家電、計測器などの分野はマイクロソフトの組み込み用OSであるWindows CEOSの市場ではない。

このように、両者はどの市場をとっても今までに本格的な競合関係にあったことはない。従って和解のしようがないのである。「歴史的和解」というのは「歴史的誤解」である。

(以下次号)

 

1) 朝日新聞 925日夕刊   2) 日本経済新聞 926日   3) 日経ビジネス 106日号

4) 毎日新聞 925日夕刊   5) 日本経済新聞 928日   6) 日本経済新聞 107日  


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