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No.315 酒 井 寿 紀 2003/09/12
新生銀行八城社長の講演を聴いて
目下の日本経済の大問題の一つは銀行の不良債権問題である。銀行が不良債権を抱えているということは、借り手側の企業が不良債務を抱えているということなので、この問題の根本的解決は銀行だけでは難しく、容易ではない。しかし、日本の銀行自身が体質的に大きい問題を抱えていて、ドラスティックな体質改善を迫られていることも事実である。
日本長期信用銀行は1998年に経営が破綻し、一時国有化されたあと、米国のリップルウッドを中心とする出資グループによって買取られ、2000年3月に新銀行としてスタートし、同年6月新生銀行と改名した。新銀行の社長に就任した八城政基氏は、1958年から89年まで、エッソ石油の社長を含めて、米国の現エクソンモービル系の石油会社で仕事をされ、その後89年にシティバンクに入行され、シティコープ・ジャパンの会長を歴任された方である。
こういう方が日本の銀行をどう見ているのか、大変興味を持っていたところ、たまたま同氏の講演を聴く機会があった。(注1) 以下にその一部をご紹介する。(なお、以下の同氏の発言からの引用は筆者の記憶によるため、細部の違いの一切の責任は筆者にある)
先ず、トップの名称を「頭取」から「社長」に変えようとしたところ、早速抵抗勢力に反対されたという。八城氏がこれを断行されたのは、これからは、前例と他行横並びを尊重する風潮を廃し、護送船団として旧大蔵省に守られてきた特殊な企業グループから脱して、普通の一民間企業になるのだという決意を示したかったのだと思う。名前などどうでもいいようなものだが、これも一つの象徴である。
そして、行員の人事のデータを持って来させたら、出身校と専攻は詳しく記載されていたが、入社後の情報はろくになかったという。八城社長が、「こんなものは役に立たない」と言われたところ、人事の担当者は、「これは人事として非常に重要な情報です」と反論したという。八城社長は、「たかが4年間の大学で何をやってきたかより、その後の40年近くの会社生活で何をするかの方がはるかに重要だ」と言われていた。
最近は採用の方針を変え、バラエティに富んだ経歴の持ち主や女性を積極的に採用していると言われていた。そのため、保育施設まで準備されたということで、単なる掛け声だけではないことが伺えた。
そして、入社後の人材の育成はどうだったか。
「驚いたことに、従来はほぼ2年に1回ローテーションで仕事が変わっていた。そのため、社長候補ばかり何百人もできて、肝心の現在の仕事がちゃんと分かっていない。例えば、ITについて、その責任者を呼んで聞いても何も分らない。次の下の人を呼んでもダメ。しかし、それも無理もない。責任者はつい最近まで地方の支店長だったのだから」
八城社長は、自らマイクロソフトのOSやリナックスを含めて勉強されているようで、ITの重要性に対する認識は一通りではないと感じたが、幹部がこういうことではトップダウンでのITの方向付けは大変だろうと思われた。
また、ある時、「先月の業績の状況を知りたい」と報告を求めたところ、「当行の決算は年に2回なので分りません」と言われ、唖然としたという。「MIS (Management Information System)というようなものがまったくなかった」と言われていた。
今となっては、八城社長にとって、これらの話はいわば「身内の恥さらし」であるが、かなりザックバランにお話頂けたので、実態の一端をうかがい知ることができた。これらの事例のかげには、同類の話が山のようにあったのであろう。
銀行内部の問題のほか、政府の施策に対する考えもお聞きしたかったのだが、時間の制約もあってあまり伺えなかった。ただ、「公的資金(筆者注:旧日本長期信用銀行時代のもの)を早く返済させてほしいのだが、政府がなかなか返済させてくれない」と不満を述べられた。
資金は、頭を下げて供給を頼む人に貸して、はじめて意味があるので、要らないという人に無理やり貸したら、税金の無駄遣い以外の何ものでもない。護送船団時代には、強い銀行も弱い銀行もいっしょくたにして隊伍を組んで進む必要があったので、公的資金の一律注入にもそれなりの意味があったのだが、もはやそういう時代は終わったのだ。政府は公的資金が不要になった銀行からの返済を速やかに認めるべきだ。
八城社長は最後に言われた。「銀行の再建は、国でなく企業の仕事である」
そして、受講者の一人の、「現在の日本の経済の低迷の最大の原因は何だと思われますか?」との質問に対し、「経営者がダメだからです」とズバリと言われた。
これは銀行だけの話ではない。今までの経営者を多少弁護すれば、高度成長時代には、能力主義よりも年功序列が、自社独自路線よりも他社横並び路線が、そして旧大蔵省や旧通産省などに逆らうよりも従順に従い連携を密にすることが、それなりの意味があった。しかし今やそういう時代は終わったのだ。従って、経営者も変わる必要がある。
八城社長は、「銀行の不良債権問題はあと2年で解決するでしょう」と言われた。しかし高度成長時代に染み付いた体質からの脱却にはもっともっと時間がかかるだろう。しかし、これは避けて通れない道である。
八城社長は、「来年1月から3月の間に上場を予定している」と言われていた。新生銀行は、一時は、「はげたかファンド」にさらわれたとか、買取った債権に瑕疵担保条項などというとんでもない条件を付けられたとか、見当違いの騒ぎ方をされた。しかし、今後は、八城社長という広い視野を持った経営者に導かれて、日本の金融界に一つの模範を示してもらうことを期待したい。
(注1) 国立情報学研究所 「軽井沢土曜懇話会」
2003年9月6日 国際高等セミナーハウス(軽井沢)にて
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