home > Tosky's MONEY >

title.gif (1997 バイト)

No.313                            酒 井 寿 紀                      2003/08/13


これでいいのか? 日本の「無線タグ」対応

 

無線タグについてはこの23月に本誌でも取り上げた。1) その後も、無線タグの実証実験、標準仕様などの記事が新聞・雑誌を賑わしている。しかしその中には、「これでいいのだろうか?」と疑問に思うものも少なくない。ここでは二つの問題を取り上げよう。

今、最も必要なのは新市場開拓の牽引車

無線タグは、安くなれば爆発的に普及するだろうと前から言われていた。そこへエイリアン・テクノロジなどが、量産すれば極めて安く生産できる方法を発表した。

安くなれば使いたいというユーザーはいくらでもいる。しかし、安くするためには、充分に安くなる前に大量に無線タグを購入し、進んで新市場開拓の牽引車になろうとするユーザーが現れる必要があった。これは、「鶏が先か、卵が先か」の問題の一つで、数の力で突破口を切り開こうとするユーザーが出現しなければ永久に解決しない問題だった。

そこへ、この6月、世界最大の小売業であるウォルマートが、20051月までに、上位100社の納入業者の商品に無線タグを付けさせると発表した。商品と言っても、当面はそのパレットやケースに付けるのだが、それでも年間10億個の無線タグが必要だという。

ウォルマートの計画が予定通り進めば、これが世界最大の無線タグのプロジェクトになる。そのため、多くの無線タグの関連企業がこのプロジェクトに注目し、ウォルマートへの納入業者に無線タグやその支援システムを売り込もうとしている。

一方日本ではどうか? 農林水産省が食品のトレーサビリティの実証試験を募集している。これに呼応して、ユビキタスIDセンターほかは、よこすか葉山農協、(株)京急ストアなどと共同で、食品トレーサビリティの実証実験を始めようとしている。また、日本農業IT化協会も山形県の生産者団体などと組んで、同様な計画を進めている。

食品のトレーサビリティは無線タグの重要な応用分野の一つで、これらのプロジェクトはそれぞれ意義があるものである。しかし、これらのプロジェクトで使われる無線タグの数はたかが知れたもので、安価な無線タグの新市場を開拓する牽引車になれるものではない。

日本で市場開拓の牽引車になれるものがあるとすれば、セブンイレブン、イトーヨーカ堂、イオンなどの大手の小売業がウォルマートように本腰を入れて試験を開始することである。しかし、売上高が最大のセブンイレブンでも、2002年の売上高は2.2兆円で、ウォルマート(この4月までの1年間の売上高は2,480億ドル、約30兆円)に比べれば10分の1以下で、納入業者からの購入高もそれだけ小さい。

従って、日本の小売業が無線タグを付けるとしてもその規模には限界があり、大規模な牽引車役はウォルマートに頼らざるを得ないのが現実である。この牽引車をうまく活用することができるかどうかが日本の無線タグのメーカーにとっても市場参入のキーであろう。

デファクト・スタンダードだけが標準仕様に

上記のウォルマートは、オートIDセンターという、商品用の無線タグの仕様を決めようとしている組織のスポンサーの一社で、このセンターが決めた仕様の無線タグを使おうとしている。

このオートIDセンターの仕様の無線タグはエイリアン・テクノロジというベンチャ企業が開発していて、STマイクロがそのセカンド・ソースになる契約を交わした。またフィリップス・セミコンダクタもこの仕様に準拠した無線タグを発表している。

そして、無線タグの仕様の制定・管理の仕事は、オートIDセンターという大学内の組織を離れ、今年の11月から、全世界の商品向けバーコードの管理団体であるEAN/UCCによって設立されるAutoID Inc.という組織に移ることになった。また6月にはマイクロソフトも、この組織に参加して、今後関連するソリューションの提供に力を入れると発表した。

従って、現在のところ、このオートIDセンターの仕様が一般の商品の世界での無線タグの事実上の標準(デファクト・スタンダード)になる可能性が最も高い。

それに対抗して日本の組織はいろいろな標準を提案しようとしている。経済産業省は、この23月に開催した「商品トレーサビリティの向上に関する研究会」で、識別子を使ってデータのフィールドを識別する、可変長のコードを提案し、これのISO化を図ろうとしている。このコードはオートIDセンターのものに比べ汎用性が高いが、識別子を使うため、どうしてもビット長が長くなる。ところが現在の最大の課題は、少しでもビット長を短くし、半導体のチップ面積を小さくして無線タグの価格を下げることなのである。従って、遠い将来には一般の商品にもこういうコードが使われるようになるかも知れないが、近い将来、使われることはないだろう。

また、ユビキタスIDセンターも128ビットのコードや無線タグの標準を提案し、セキュリティなどの面でオートIDセンターのものより優れていると主張している。

しかし、標準仕様の世界で机上の理想論が通用したことはない。市場での競争に勝ち残ったデファクト・スタンダードだけが標準仕様になってきた。将来に備えいろいろな標準の案を考えておくのは悪いことではないが、それが現在の最重要課題ではない。こういうことにばかり力を入れていると、気がついたら世界のシェアの大半は欧米のメーカーによって占められていたということになりかねない。

日本の無線タグのメーカーにとっては、「日本発」の標準仕様に力を入れるよりも、ウォルマートへの納入業者など、目先の大市場への販売を通じて量産体制を立ち上げる方がはるかに重要である。そしてそれが日本経済の活性化に貢献する道でもある。

 

1) 「究極のユビキタス!?」 Tosky’s MONEY (No.304) 2003.2.27

( http://www.toskyworld.com/money/2003/money304.htm )

「バーコードの教訓を生かせ!」 Tosky’s MONEY (No.305) 2003.3.7

( http://www.toskyworld.com/money/2003/money305.htm )


 E-Mail : ご意見・ご感想をお寄せ下さい。

発行通知サービス : 新しく発行された際メールでご連絡します。


Copyright (C) 2003, Toshinori Sakai, All rights reserved