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No.311                            酒 井 寿 紀                      2003/07/13


ディレクトリ・サービスの問題

利便性、プライバシ、いずれを重視?

 

2年前にアメリカ旅行を計画したとき、十数年前にオクラホマ州のタルサで会った人に連絡を取って聞いてみたいことがあった。その人にもらった名刺はあるのだが、年齢からしてもうすでに退職していると思われ、勤務先に連絡をとっても連絡先が分りそうもなかった。

そこで、スイッチボード(Switchboard)というディレクトリ・サービスで、その人の名前と町の名前を入力してみると、ちょっと珍しい名前だったこともあって、すぐにその人のメール・アドレスが分り、その人と連絡を取ることができた。

案の定、その人はもうだいぶ前に退職したとのことだったので、もしこういうディレクトリ・サービスがなかったら、この人の連絡先は分らなかっただろう。

実は、この時のアメリカ旅行は、36年前にフロリダのある工場に滞在していた8人で、その工場があった所を再訪しようというものだった。その工場でわれわれといっしょに仕事をしていたアメリカ人に会いたいと思ったのだが、すでにその工場はなく、探す手がかりがなかった。タルサで会った人がその工場にいたことが分っていたので、この人に聞けば何か手がかりがつかめるかもしれないと思ったのである。

しかし、連絡は取れたものの、残念ながらタルサの人もわれわれが会いたいと思っていた人達の消息は知らないとのことだった。

そこでまたスイッチボードを使って、何人かの名前を指定したが、今度は平凡な名前だったこともあり、同姓同名の人が何十人もいて簡単には見つからなかった。われわれが探していた一人と同姓同名の人のうち、メール・アドレスが登録されていて、フロリダ州に住んでいる数人にメールで連絡を取ってみたが、残念ながら探していた人には届かなかった。

この時は不幸にして目的を達することができなかったが、こういう試みができるのもディレクトリ・サービスのおかげである。

このようにして、ディレクトリ・サービスを使えば、久し振りに同窓会を開こうとするときや、旧知の人を探す時に非常に便利である。ディレクトリ・サービスの中には、旧姓でも探せるものや、概略年齢で絞込みができるものもある。

こういうディレクトリ・サービスの一つの問題は、メール・アドレスを登録している人が限られていることである。電話番号と住所は電話帳から取り込むので、電話帳に載っている人のものはすべて記載されている。しかしメール・アドレスは、スパム対策上、たとえ分っていてもディレクトリ・サービスの提供者は勝手には登録せず、本人から登録の要求があったものだけを記載するようにしているのである。

インターネットの時代にこれでは大変不便だ。そこでスイッチボードでは「ノック・ノック(Knock-Knock)」という巧妙な手段を使っている。これは、スイッチボードで探し当てた人に直接メールを出すことはできないが、スイッチボードに頼むと、スイッチボードがメールを仲介してくれ、そのメールの受信者がその送信者からのメールの受信を希望すれば、はじめてメールでの連絡ができるようになるというものである。

こうして、スパムの発信者がディレクトリ・サービスからメール・アドレスを入手することを防止している。これはスイッチボード社の特許になっている。

このようにして、アメリカではディレクトリ・サービスが尋ね人探しの強力な手段になっている。住所、電話などの基本情報の検索は一般に無料である。有料情報には、前の住所、家族構成、結婚暦、犯罪暦などが分るものもある。従って、ここでは利便性を取るか、プライバシの尊重を取るかの二者択一の問題が生じる。現在のアメリカの状況は、ある程度プライバシを犠牲にして、利便性を重視しているように思われる。どっちをより重視するかは、最終的にはそれぞれの国の国民が判断することになる。

日本には、現在こういうディレクトリ・サービスは存在しない。では、今後はどうなるだろうか? 

ディレクトリ・サービスの利便性の大きさは日本もアメリカと変わらない。

そして、全国の電話帳から電話番号と住所を取り込むのは、NTTさえ了解すれば、法律的には問題ない。NTTは電話帳の著作権を主張しているが、電話帳は著作物とは認められないという意見もあり、それが通れば著作権は存在せず、NTTの了解も必要なくなる。全国の電話帳を一度に検索できるだけでも、例えば、卒業後年月がたってはじめて同窓会を開くときなどには大変便利なはずだ。

そして、希望者のメール・アドレスを掲載するのも法的には問題ない。掲載すれば、スパムの対象にされる恐れがあるが、すでに大量のスパムのターゲットにされてしまっている人にとっては、大勢に影響ないので、プライバシ保護より利便性の方を取る人もいるだろう。

従って、日本でも今後ディレクトリ・サービスがはじまり、普及すると思われる。有料・無料を問わず、どこまで個人の情報をこういう形で公開することを法的に認めるかは、日本国民が利便性とプライバシを天秤にかけて判断すればいい。

文明が生み出した便利なものは、だいたい弊害を伴うものだ。車は交通事故や大気汚染を生み出した。犯罪に使われることも多い。しかしそれらにまさるメリットがあるからこうして大量に生産され使われるようになったのである。デメリットを減らす努力は並行して進められてきた。

日本人はほかの国の人たちに比べ、ややもすると新技術の導入に慎重になりすぎるように思われる。日本では、アメリカや中国に比べて、スパムが圧倒的に少ない。行儀がよく、遵法精神が行き渡っているのは大変結構なことだ。しかし、誤解を恐れずに言えば、新技術を使いこなすことによってわれわれの生活を変えていくためには、新技術に多少の欠陥があっても、またそれを受け入れる社会の制度に多少の不備があっても、乱暴にその技術を使って新ビジネスを開拓していこうとするエネルギーが必要である。


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