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No.308                            酒 井 寿 紀                      2003/04/11


フセイン退場でテロは減る? 増える?

 

ブッシュ大統領は、「イラク攻撃は、先手を打つことによって911日のようなテロの再発を未然に防ぐもの だ」と言う。一方、エジプトのムバラク大統領は、「この戦争は恐ろしい結果をもたらす。一人のオサマ・ビン・ラディンのかわりに100人のオサマ・ビン・ラディンが現れる」と言っている。1) いったいこの戦争の結果、テロは減るのだろうか? それとも増えるのだろうか?

まず、中東のテロの特質を見てみよう。

1の特質は、テロ活動がイスラム教の「宗教活動の一環」だということである。この点が日本の過激派のテロとはまったく違う。例えばアルカイダや、パレスティナのテロ組織であるハマスはイスラム教のスンナ派の組織だし、レバノンを中心に活動しているヒズバラはイスラム教のシーア派の組織である。

そして、イスラム教の過激派にとっては、イスラム教に危害を加えてきたキリスト教徒やユダヤ教徒などの異教徒と戦うことは聖戦(ジハード)、つまり正義の戦いなのだ。イスラム圏の国へ行くと、イスラム教徒にとっては、宗教の重みがわれわれとはまったく違うことを感じる。熱心な信者になればなるほど、聖戦で神のもとに行くのは何でもなくなるのだろう。

そして、キリスト教徒との聖戦は11世紀の十字軍以来続いてきた伝統ある戦いなのだ。最近は多少減ったのかも知れないが、聖職者自身がテロを扇動してきたのだから始末が悪い。

2の特質は「政府公認」の組織が多いということである。政府が直接は支援してないが、民間団体によるテロ組織の支援を政府が容認しているケースも多い。

米国国務省の資料によると、ヒズバラはイランから資金、兵器、要員訓練などの支援を受けており、シリアとレバノンからも政治、外交上の支援を受けているという。またハマスはイランから年間約300万ドルの支援を受けており、サウジ・アラビアなどのアラブ諸国の民間団体からも資金援助を受けているという。また60年代から活動している、テロ組織の老舗であるPFLPはシリアの支援を受けているという。2)  

米国のサウジ・アラビア駐在大使を勤めたリチャード・マーフィー氏はCNNのインタビューで言っている。「サウジ・アラビアはハマスをテロ組織とは見ていない。彼らはそれをレジスタンスの組織と見ている。これがアメリカやイスラエルと根本的に見解が違うところだ」3)

テロ組織は国家によって認められた合法的組織なのだ。「アウトロー」ではないのだ。

3の特質は、必ずしもテロ専業でなく、社会福祉事業などとの「兼業」であることである。

例えば、ハマスは西岸の商工会議所の選挙に候補者を出し、2) ヒズバラもレバノンで重要な社会活動をしているという。彼らにとってテロは、いろいろな事業の中の一つなのである。

中東のテロ組織はこういう特質を兼ね備えているので、犯罪組織を撲滅するように単純にはいかない。

911日の同時多発テロ以来、アメリカの要請を受けて、サウジ・アラビア、ヨルダン、アラブ首長国連邦、カタールなどはテロ対策に力を入れだした。4) ということは今までテロ組織に対し寛容だったということにほかならない。対策の中心はテロ組織に関係がある資金の凍結である。フィリピンのテロ組織であるアブ・サヤフのように、誘拐ビジネスで資金を自己調達しているところもあるが、中東のテロ組織のおもな資金源はテロ活動を支援している政府や民間団体から流れてくるオイル・マネーだと思われる。従って、この「兵糧攻め」でテロ組織はかなり弱りつつあったのではないかと思う。

ところが、ここへきて、アメリカがイラクを攻略した。しかし、イラクははたして最近のテロにどれだけ関係があったのだろうか? 国務省の資料では、全世界の33のテロ組織中、イラクが支援していたのは4組織だという。もとはイランにあったイラン政府に対するテロ組織、トルコに対するクルド人の組織、ほか二つである。しかし、これらの組織はどれも、90年代以降、欧米やイスラエルに対するテロ活動はしていないという。2)

従って、例えイラクの支援がなくなって、これらの組織が弱ったとしても、それによって欧米やイスラエルに対するテロが減る可能性はまったくない。

フセイン政権が生物兵器や化学兵器をまだ持っていた可能性はあるだろう。米軍が得体の知れないドラム缶を見つけたと大騒ぎをしていたが、こんなものに大量破壊兵器を入れておくほどフセインも馬鹿じゃないだろう。炭疽(たんそ)菌には1グラムが1,000万人の致死量になるものもあるという。こういうものならどこにでも隠せる。従って、フセイン政権を排除したことは、大量破壊兵器を使ったとんでもないテロの可能性を排除したという意味はあるだろう。しかしフセインは、政権崩壊に備えて、報復テロのために、大量破壊兵器を海外のテロ組織に渡しているかも知れない。

上述したように、フセイン政権が倒れたことによってテロが減る可能性はない。そして、フセイン政権打倒の代償として、多くの民間人の命が奪われた。その恨みは、従来からの反米感情をエスカレートさせ、 せっかく兵糧攻めで弱りつつあったテロ組織を元気づかせて、テロが増える可能性が大きい。

 

1) “Arab voices: News and views of Arab world” CNN.com, April 1, 2003

( http://www.cnn.com/2003/WORLD/meast/03/31/sprj.irq.arab.voices/index.html )

2) “Terrorist Group Profiles” Naval Postgraduate School

( http://library.nps.navy.mil/home/tgp/tgpmain.htm )

3) “Are the Saudis supporting terrorism?” CNN.com/ INSIDE POLITICS, February 21, 2003

( http://www.cnn.com/2003/ALLPOLITICS/02/21/cf.opinion.saudi/index.html )

4) “Patterns of Global Terrorism 2001” United States Department of State, May 2002

( http://www.state.gov/s/ct/rls/pgtrpt/2001/pdf/ )


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