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No.307 酒 井 寿 紀 2003/04/07
イラク攻撃は再選戦略!?
昨年7月、本誌に、「支持率の低迷に苦しんでいたブッシュ政権は、同時多発テロのおかげで一挙に高支持率を獲得することに成功した。しかしその後、経済政策もアフガニスタン攻撃もうまくいかず、支持率が下がりつつある。そのため、テロ直後の成功体験を思い出して、『夢よ再び』と、テロ支援国家撲滅の名の下に自ら戦争をはじめる恐れがある」と書いた。1)
この恐れが現実のものになった。なぜブッシュ大統領は、フランスやドイツの反対を押し切り、国連の決議も得ずにイラク攻撃に踏み切ったのだろうか?
最近のアメリカの状況を見てみよう。
株価は2000年以降3年連続して下がり続け、昨年10月9日にはダウ平均が7,286ドル、NASDAQが1,114と、テロ直後の安値を大幅に下回ってしまった。また、昨年4月と11月には失業率が6%まで上がった。これは1994年8月以来の高さである。
2002年の貿易収支は、4,352億ドルという過去最大の赤字になった。また米国政府は、2003会計年度(2002年10月より1年)は3,040億ドルという1992年以来最大の財政赤字になると言っている。しかもこの数字にはイラク戦争の費用は充分には織り込まれていない。
貿易と財政の「双子の赤字」を抱え、ドルの信頼もゆらぎつつある。
ブッシュ政権は景気対策として、今後10年間に渡る総額7,260億ドルの減税を提案したが、その効果は疑問と、上院に半分以下の3,500億ドルに削られてしまった。
そして昨年12月には、減税の効果を疑問視したオニール財務長官と、戦費が2,000億ドルになると財政面からイラク戦争の問題を指摘したリンゼー経済担当大統領補佐官を更迭した。日本で言えば、塩川財務相と竹中経済財政担当相をクビにしたようなものだ。
また、アフガニスタンの攻撃を始めて1年半になるが、いまだに最大の攻撃目標であるオサマ・ビン・ラディンのいどころさえつかめないでいる。そして、ニュー・ハンプシャー大学のマーク・ヘロルド教授の調査よれば、攻撃開始の2001年10月7日から2002年7月31日までの間に3,125人から3,620人の民間人が直接爆撃などで命を落としたという。2) その数はすでに9月11日の犠牲者の数を上回っている可能性がある。
そしてギャラップの調査によれば、ブッシュ政権の支持率は、テロ直後に一時90%まで上がったが、今年の2月には再び57〜61%まで落ちてしまった。
今年1月のCNNの調査では、2004年の大統領選挙で、ブッシュに投票する人、しない人、未定の人はそれぞれ3分の1だったという。何とかしないと来年の再選は危ない。このままでは、親父さん同様、1期で終わりになるかも知れない。
従って、現在のブッシュ政権の最大の課題は来年の再選なのである。現政権の維持、支持の拡大を図るのは政治家として当たり前のことだ。従って、再選のために有効なことは何でもし、その妨げになるようなことは是が非でも避けるのは当然のことである。経済政策も行き詰まった今、テロ直後の大成功を思い出して、柳の下のどじょうを狙うのもごく自然である。
では次のターゲットは何にするか? ここに、前からイラクを叩くべきだと言っていた、ネオ・コンサーバティズム、日本で最近「ネオコン」と呼ばれている人たちがいた。ブッシュ政権の中では、チェイニー副大統領、ラムズフェルド国防長官、ウォルフォウィッツ国防副長官などがこのグループに属し、彼らの目標実現のチャンスを狙っていた。彼らはチャンス到来とブッシュ大統領に働きかけた。そしてブッシュ大統領はイラクを次のターゲットにすることにした。
ネオコンとブッシュの利害が一致し、お互いに相手を利用することにした。たしかにネオコンはブッシュ政権の中枢を占めていて、その影響力は絶大である。しかし、彼らの政策の採用が来年の大統領選挙にマイナスだと思うなら、ブッシュがそんなものを採用するわけがない。従って、最終的にイラク攻撃の政策を決定させたのは大統領選挙である。
そしてイラク攻撃を二匹目のどじょうとして使うためにはサダム・フセインを無理やりでも「9月11日」に結びつける必要があった。「9月11日」は化学兵器も生物兵器も関係ないのに、これらの大量破壊兵器を持っている可能性があるということは、これがテロリストの手に渡る可能性があるので、それを未然に防ぐために先手を打つのだという論理を組み立てた。
それでも、3月17日の最後通告の演説では、論理の弱さを感じてか、「9月11日」に直接言及するのは控えた。しかし4月3日のノース・カロライナの海兵隊の基地での演説では、この戦争は「9月11日」の再発防止のためだとあからさまに言って大喝采を浴びた。13人以上の仲間を失った海兵隊員には、理性より感情に訴えた方がはるかに有効だった。
ブッシュは悪漢サダム・フセインに立ち向かう勇敢な保安官の役を演じようとしたのだ。
正義の味方としての印象を強めるためには悪漢は悪ければ悪いほどいい。幸いにしてフセインを世紀の悪漢にしたてあげる材料にはこと欠かなかった。
そして勇敢さをより印象づけるためには、仲間は少なければ少ないほどいい。仲間の助太刀もなく、単身敵地へ乗り込んで、一撃のもとに悪漢をやっつけることができれば、一夜にして英雄になれること間違いない。イラク人を含めて全世界の人たちから感謝され、来年の再選も確実になる。これが、ブッシュが狙った筋書きだった。
フランスやドイツがイラク攻撃に賛同しなかったのは、このブッシュの本心が分かっていたからだ。そして、フランスやドイツではイラク攻撃が票に結びつかないことが分かっていたからだ。国際法から見て疑問だとか、人道上好ましくないとかいうのは表向きの理由に過ぎない。
1) 「続・9月11日の一面・・・作られた聖戦」 Tosky’s MONEY, No.212 (2002/07/21)
( http://www.toskyworld.com/money/2002/money212.htm )
2) Marc Herold “Counting the Dead” The Guardian, August 8, 2002
( http://www.guardian.co.uk/afghanistan/comment/story/0,11447,770999,00.html )
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