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No.303 酒 井 寿 紀 2003/02/09
「仕事のなかの曖昧な不安」を読んで
玄田有史氏の「仕事のなかの曖昧な不安」(中央公論新社)という本を読んだ。変な題だが、現在の日本の雇用に関する問題を取り上げた本である。「衝撃的な事実」がつぎつぎと現れるが、豊富なデータで裏打ちされているので説得力がある。実情に詳しい人には何ということはないのかも知れないが、私のようにこの方面にうとい者には、ハッとさせられることが多い。
実例を挙げよう。以下、「 」内は同書からの引用、( )内は筆者による追記。
「中高年ホワイトカラーの失業に関心が集まるなか、45−54歳大学卒の完全失業者は、実のところ(301万人中の)5万人にすぎない。・・・一方、失業状態にある中学卒もしくは高校卒の25歳未満の失業者は38万人(いる)。・・・若年失業が増加する背景には、今後大きな社会的問題になる要因が存在している。それは、若年が仕事を通じて能力を開発・育成する機会が減退しつつあるという点である。」
「(15歳以上の)就業人口比率は、・・・長期的に減少を続けてきた。」掲載されているグラフによると、1950年代末には70%に近かった就業人口比率が2000年には60%を切っている。「現在のペースのままでいくと、単純な予測では、2050年を過ぎると、日本は15歳以上人口の2人に1人未満しか働いていない国になっていく。」
「1991年から98年にかけて労働力人口全体での常時雇用比率は、わずかではあるものの上昇している。だが、年齢別にみると、30歳未満での比率は減少している。10代では労働力人口の2人に1人弱しか常時雇用の職についておらず、20代前半でも7パーセント近く常時雇用比率は下がっている。・・・中高年の過剰感や飽和感は、中高年自身の大幅な雇用削減を生むというより、新卒採用を中心とした若年雇用を大幅に抑制している。」
「多くの(年齢)階層内部で(賃金)格差の拡大傾向はみられず、むしろ『賃金の画一化現象』とでも呼ぶべき格差の縮小傾向が生じている。とくに若年の場合、性別や学歴を問わず、格差は縮小して(いる)。・・・ほとんどの階層では、実際のところ、成果主義やそれにともなう報酬格差の拡大は観察されていない。」
「25歳−34歳の転職希望者のうち、事業を起こしたい人々が、1970年代末には30%以上はいた。ところが80年代後半には、それも25%となり、90年代後半にはついに20%を切っている。・・・テレビや雑誌では、新興ベンチャー企業の経営者が時代のヒーローのように持ち上げられる。・・・しかし、そのような人々は、日本の多くの若者の実態と大きくかけ離れている。」
「チャレンジ精神低下の一つの兆候は、1980年代以降、30代や40代の自営業が大きく減少しているという事実に、あらわれている。・・・40−44歳については、1991年に112万人だった自営業者が2000年には半分以下の50万人まで減少している。・・・職業的に不安感の大きい自営業を回避しようとする傾向が強まっている。」
より詳しくは、本書を読んで頂くとして、なぜこれらの事実が衝撃的なのだろうか?
日本の経済は、高度成長時代を終え、低成長時代に入った。これは、古今東西どの国も、永久に高度成長を続けることができない以上、やむを得ないことである。現在の日本経済の混乱の根本原因は、社会のしくみや人々の考え方が、まだ高度成長時代の名残から抜けきれず、低成長時代にふさわしいものに切り替わってないことにある。そして、切り替わる必要がある大きい問題のひとつが雇用の問題である。
高度成長時代には、企業にとって量の拡大が最重要課題だった。1950年代から60年代にかけては、工場の作業員を地方の農村地帯からかき集めた。1970年代から80年代にかけては、情報産業が若者を大量に吸収した。これらの時代は質より量の時代だった。そして高度成長で毎年ほどほどに賃金が上昇した。こういう時代には、終身雇用で、年功序列の画一的賃金が企業にとっても従業員にとっても一番無難な選択だった。
しかし、今やこういう時代は終わった。企業にとっては量の拡大より質の向上が重要になった。いや、当面は、高度成長時代に拡張しすぎた低収益部門からの撤退、つまり量の縮小が多くの企業にとっての緊急課題である。従って、従業員を減らさなければならない。しかし、競争力を長期的に維持するためには若い人の絶え間ない補充が不可欠である。一方で、長寿命化にともなう定年延長の要請もある。これらの問題を同時に解決するのは容易ではない。
企業が事業を縮小したり、従業員の新陳代謝を進めたりすれば、失業が発生する。しかし、一方では新しい労働力を必要とする分野も生じるはずだ。従って、雇用の維持は、一企業の責任にするのでなく、社会全体で解決した方が、雇用する方にもされる方にもいいはずだ。そのためには、政府は雇用の流動性の促進策にもっと力を入れるべきだが、雇用される方も頭を切り替える必要がある。
例えば、就職後研修を受けたり、キャリアパスを積んだりするのは、日本人はほとんど会社任せだが、アメリカ人は自分自身の仕事だと思っている。これからは、一人一人に社外でも通用するコア・コンピテンスが求められ、それをどうして身に着けるかは本人の責任になるだろう。そして、社外の人との交流を積極的に進め、常に転職や起業の可能性も頭に置く必要である。こうして、会社と従業員の間に常に緊張関係があることは、両者にとって望ましいことである。
また、高度成長時代の負の遺産の一つに、国際的に見て高すぎる賃金がある。国際競争力を維持するためには賃金の抑制が不可欠である。2月8日の新聞は、今年の春闘で定期昇給額を圧縮する動きが出ていると報じていた。その動きに対し、連合の笹森会長は定昇を死守する意向を強調したという。しかし、定期昇給という制度は、能力や成果ではなく、年齢で賃金格差をつけるものである。同じ賃金格差をつけるなら、年齢ではなく、能力や成果による格差にしないと、日本の国際競争力は維持できない。労働組合も頭を切り替える必要がある。
こういう、今後の雇用問題を考えるとき、本書は問題の多い現在の日本の姿をわれわれに突きつける。われわれはこれを踏まえて、今後どうするべきかをよく考える必要がある。
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