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No.229 酒 井 寿 紀 2002/12/19
前号に、百科事典は今後電子出版になり、印刷物の百科事典はなくなるだろうと書いた。では、それはCD-ROMやDVD-ROMなどの記憶媒体になるのだろうか? それともウェブになるのだろうか?
ウェブ版の第1のメリットは、何と言っても、常に新しい情報が反映されていることだ。
例えば、Encyclopedia Britannicaのウェブ版では、2002年12月現在、すでに前年9月の自爆テロが、「World Trade Center」、「Osama bin Laden」などの項目に反映されている。記憶媒体だと、記載内容を変更するのに手間がかかり、特に情報を追加する場合は、ちょっとした追加でも変更が広範囲に及んでしまうことがある。
また、最新情報を反映できるということは、製作者にとって、誤字・脱字、内容の誤りなどの訂正も容易だということだ。記憶媒体だと、改版するまでは正誤表を添付することになるが、こんなものをいちいち見る利用者は少ないだろう。
そしてウェブ版のもうひとつの大きい特徴は、必要に応じてウェブサイトを参照することができることだ。
例えば、Encyclopedia Britannicaのウェブ版で、「アインシュタイン」、「チャップリン」、「モーツァルト」などを引くと、こういう人達の生涯や業績を紹介するウェブサイトへのリンクが設けられている。また「ザルツブルク」を引くとザルツブルクの観光案内のサイトに行くことができる。
また、Britannicaでは必要に応じ最近の雑誌記事を読むことができるようになっている。
例えば、「北朝鮮」、「アフガニスタン」などを引くと、約半年前までの何件かの関連記事が紹介されている。これには百科事典の本文よりさらに新しい情報が反映されている。
ウェブ版のもうひとつのメリットは、ブラウザで見ることができるので、特殊な閲覧ソフトが要らないことである。
記憶媒体を使った現在の百科事典は各社専用の閲覧ソフトで見るようになっている。そして、百科事典と同時に図鑑や辞書を使うこともあるが、閲覧ソフトがみな違うため、いくつものプログラムを開かなければならず、不便極まりない。
たとえウェブを使わない場合でも、閲覧ソフトがブラウザに統一されていれば、ブラウザだけ開いておけばどれでも見ることができるのできわめて便利だ。
また、製作者側から見たメリットとして、ウェブ版だと、項目ごとの閲覧者数を容易に把握できる。これを利用して、改版時に、閲覧者の少ない項目を削除したり、閲覧者の多い項目を充実させたりすることができる。そうなれば、これも結局は利用者のメリットにつながる。
そして、前号にも書いたように、ウェブ版は記憶媒体を使うものよりさらにコストが安い。
一方、ウェブ版の記憶媒体を使うものに対するデメリットとして、従来は、回線速度の制約によるスピードの遅さと、回線をつなぎっぱなしにするための回線費用があった。しかし最近は、ADSLなどの高速回線により、画像情報のダウンロードなども速くなり、常時接続が普通になったため、回線の費用も問題にならなくなった。
従って今後は、記憶媒体を使うものでなく、ウェブ版が主流になるだろう。
さて、上記のように、ウェブ版の百科事典に参照先のウェブサイトが記載されているということは、見方を変えれば、百科事典がひとつのポータルサイトになるということである。
ポータルサイトにはYahoo!などの検索サイトがあるが、一般の検索サイトの検索結果は玉石混交で使いにくいことが多い。百科事典からウェブサイトをリンクすることにより、基本的情報は百科事典の本文で得られ、さらに詳しい情報はウェブサイトで入手できるようになる。
また、すでに著作権の切れた数多くの文学作品や学術論文がウェブで読める。ギリシャ、ローマの古典、シェークスピアやバーナード・ショーの戯曲、ディッケンズやブロンテの小説などみんなウェブで読める。ウェブは無料の大図書館でもある。これらの本がすべて百科事典からリンクされれば、ウェブ版の百科事典は図書館の蔵書目録の役目も果たすことになる。
現在すでに膨大な量の情報がウェブの世界に蓄積されている。そしてこれは日に日に増大している。これをいかに有効に使いこなすかが、今後の人類の大きな課題である。ウェブ版の百科事典には、このウェブのジャングルの道案内人としての役目が期待される。
このようにして、将来の百科事典はウェブ版が主流になりそうだ。ではそれを商売にする企業はどうやってビジネスを成り立たせたらいいのだろうか?
Encyclopedia Britannicaは、1994年にウェブ版をはじめたときは有料だった。しかし、思うように利用者が伸びなかったのか、何回か値下げしたあと、1999年10月にとうとう個人向けは無料にしてしまった。広告料収入での道を選択したのである。
無料にしたとたんに利用者が殺到して、しばらくはほとんど使えない状態が続いた。しかしビジネスとしては、その後のIT不況のせいもあって、広告料が思うように伸びず、2001年3月には再び有料に戻した。
それ以来、個人向けには1ヶ月5ドルの有料サービスが続いている。ただし、各項目のはじめのところだけは無料で読めるようになっている。ストリップ劇場の、街を歩いている人にチラチラと中を見せて客を呼び込もうという戦略と同じだ。Britannicaはまだビジネス・モデルを模索中のようである。
最終的には、利用者が選ぶことになるわけだが、月5ドル程度なら、どぎつい原色の広告がチカチカしてウェブの画面が見にくいよりいいように思う。
ろくでもない携帯電話のゲームを2種類契約して1ヶ月600円も払うなら、月5ドルで200年以上の歴史がある百科事典をいつでも使えるようにする方が、はるかにメリットが大きいと思うがどうだろうか? 使わない人には何の値打ちもないことは確かだが。
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