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No.227                            酒 井 寿 紀                      2002/12/02


拉致問題の対応はこれでいいのか?

 

1015日に北朝鮮から帰国した拉致被害者5人を再び北朝鮮に戻すかどうかで、日本と北朝鮮の政府が対立している。日本政府は、戻さないと頑張っているが、北朝鮮は約束違反だと反発している。どうしてこういうことになったのだろうか?

経緯を振り返って見よう。 (以下「asahi.com」より引用。 [ ]内は筆者による加筆)

政府は[10月]9日、・・・関係閣僚会議で・・・拉致事件の被害者のうち、生存が確認された5人を北朝鮮が15日に一時帰国させる方針を伝えてきたことについて協議し、・・・受け入れを決めた。・・・滞在期間については当初、「1週間」との[北朝鮮の]提案だったが、日本側が延長を求めたのに対し「2週間程度」まで譲歩した。(朝日新聞 1010日)

安倍氏[官房副長官]は「(北朝鮮側と)2週間(の一時帰国)ということで話がついた。・・・」と述べ、・・・そのまま永住する可能性は低いとの見方を示した。 (朝日 1013日)

政府は[10月]16日、・・・拉致被害者5人の滞在期間を27日までの13日間とし、希望があれば1日程度延長できるとする日程を被害者家族に提案した。・・・27日か28日に5人全員がチャーター機で出国する――という予定だった。 (朝日 1016日)

これらの記事を読む限り、日本政府は、「一時帰国」の提案を受け入れ、2週間以内に北朝鮮に戻すことに合意していたと言われてもしかたないだろう。それにもかかわらず、日本政府は国内に向けて、これとは矛盾する話を始めた。

安倍官房副長官は[10月]13日、・・・「日本は自由な国。『あなたたちは(北朝鮮に)帰りなさい』ということは当然、我が国の政府としてはいえない」と述べ、あくまで本人の意思を尊重する考えを示した。 (朝日 1013日)

中山恭子内閣官房参与も記者団に「いつ帰るかはご家族が考える問題だ」と語り、家族の意向を尊重する考えを示した。 (朝日 1016日)

こういう政府の意向を踏まえて、当初の政府の考えとは違う意見が表面化した。

「北朝鮮に拉致された日本人を早期の救出するために行動する議員連盟」の平沢勝栄事務局長が16日夕、・・・「5人にはこのまま日本にいてもらい、北朝鮮に残してきた家族に一日も早く日本に来てもらうことが今、日本がとるべき道だ。北朝鮮に送り返す必要は全くない」と語った。 (朝日 1016日)

拉致被害者の家族連絡会は23日午前、・・・安倍官房副長官や中山恭子内閣官房参与らと面会し、一時帰国中の被害者5人を北朝鮮に戻さず、このまま日本に永住させるともに、平壌にいる家族全員の帰国を求める要望書を手渡した。 (朝日 1023日)

そして政府は、北朝鮮との合意事項より家族の要望を優先することになった。

政府が24日、(拉致被害者の日本)永住を決めた一番の理由は、北朝鮮への抜きがたい不信感だ。いったん北朝鮮に戻してしまえば、最帰国のめどが立たない・・・という懸念がぬぐえない。・・・小泉首相は「邦人保護」という名分で政治的に決断した。 (朝日 1024日)

北朝鮮は当然反発し、日本政府はその後つじつまあわせに苦労している。

朝鮮赤十字会は30日、・・・「日本側が約束違反したため、我々が相応の協力をするのに重大な支障が生じている。日本が信義に背く場合、悪い結果について我々は責任を負えなくなる」と警告する論評を出した。 (朝日 1030日)

福田官房長官は[11月]27日の記者会見で、・・・「10日以内に戻す」と約束したかどうかについて「はっきり約束したことはない」と述べた。北朝鮮は日本が約束を破ったと主張しているが、・・・北朝鮮側の一方的な受け止めであるとの認識を示した。 (朝日 1127日)

拉致被害者のご家族の心中は察するに余りあるが、日本政府の対応はこれでいいのだろうか?

交渉ごとでは自分の「強み」を最大限に活かし、相手の「弱み」を徹底的に突くのが常道である。これは国家間の交渉でも企業間の交渉でも同じである。従って、交渉に勝つためには、常日頃少しでも多くの「強み」を蓄え、「弱み」を減らしておかなければならない。

相手から、「約束違反」と追及されるようなことは最大の「弱み」である。従って、たとえそれが本当の約束違反でなくても、そういう言いがかりの材料を相手に与えてはならない。相手が無法国家ならなおさらのことである。今後の交渉のあらゆる局面で、常に交渉材料として利用される恐れがある。そして、国際世論を自国に有利に導くためにも利用されることになるだろう。

そうでなくても日本は、韓国、北朝鮮との交渉では、「弱み」だらけだ。1895年の日本軍による王妃殺害、関東大震災時の朝鮮人虐殺、第2次大戦中の強制労働など枚挙にいとまがない。従って、これ以上「弱み」を増やすことは何としてでも避けるべきだ。

安倍官房副長官は1123日の講演で、北朝鮮は食糧と重油の不足に困り、だんだん寒くなるので、「お互いにやっぱりテーブルについて合理的な判断をしていきたい。北朝鮮もそういう判断をするべきだ」と語り、「(金正日総書記は)合理的な判断、論理的な議論の展開がうまい方だ」と述べたという。(朝日 1123日)

しかし、「合理的な判断、論理的な議論の展開がうまい」とは、相手の主張の矛盾点を徹底的に突いて交渉を有利に持っていくということである。せっぱつまった窮状を抱えているからこそ、ちょっとした相手の「弱み」も徹底的に活用しようとするだろう。

従って、当初合意していた通り、一時帰国者はいったん北朝鮮に戻し、金正日に、家族全員を帰国させるとの約束を守らせる戦術を取るべきだった。

今後北朝鮮が約束を守らないことがあっても、もはや日本は北朝鮮を責めることが困難になった。小泉内閣の拉致問題に対する対応は、拉致被害者のご家族のご意向と世論を尊重しすぎて、結果的には国益に反し、ご家族のためにもならないと思われる。

本件についての世論の形成については、日本のメディアの責任も大きい。


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