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No.226 酒 井 寿 紀 2002/11/21
もはや「日本発」にこだわる時代ではない
日本のコンピュータ産業、ITビジネスは、30年以上に渡って、何とかして日本独自の技術を育てようと頑張ってきた。最近目にした例をあげると、新聞の全面を使った慶応大学藤沢キャンパスの広告に、「ユビキタス社会、けん引するのは日本だ」、「産官学民の連携で日本発のモデルを」、という見出しが躍っていた。1)
その中身は、慶応大学の村井純教授とNTTコミュニケーションズの鈴木正誠社長の対談で、「これからのユビキタス社会の実現に必要な要素技術の蓄積では日本が世界をリードしているので、日本が新しいインターネットの世界の開拓に貢献できる可能性が高い。そのため、産官学民の連携で日本発の技術を世界に向けて発信していく必要がある」、という話で意気投合している。
これは一例で、この種の話はしばしば目にしてきた。しかし、このように「日本発」を錦の御旗に担ぐのは今後いいのだろうか? 過去を振り返ってみよう。
日本では、通産省が中心になって、1982年から94年までの13年間に総計569億円の国家予算を投じて、日本独自の次世代のコンピュータの技術体系を生み出そうと、第5世代コンピュータの研究開発プロジェクトを進めてきた。それは、当事者の報告では、「当初の目標を達成し、・・・成功のうちに終了致しました」ということになっている。2)
しかし、このプロジェクトの成果は、今日に至るまで、実際のビジネスにほとんどまったく結びついていない。日本人が表向き言いにくいことを海外の人が代弁してくれている。
100人に近い関係者に面談して、「Divided Sun」という本を書いたScott Callonは言う。
「日本の企業の人は通産省に協力を要請され、しぶしぶ応じたが、それはあとで強烈な怒りと憎しみを残した。それは、優秀な才能とカネの、大変な無駄遣いだった」3)
また、ミシガン大学のGary Saxonhouse教授は言う。
「第5世代コンピュータ・プロジェクトは従来のフォン・ノイマン型アーキテクチャを変えようとしたため、日本のコンピュータ・メーカーはこのプロジェクトに否定的だった。彼らは、通産省がカネを出すのなら、パソコンなどの新規に出現しつつある市場に対応する技術開発の支援を望んでいた。彼らは、ものになるかどうか分からない学術研究に貴重な人材を割くことに気が進まなかった。・・・世界のコンピュータ産業が技術革新で大幅に変わったのに、通産省は当初の考えを変えようとしなかった。・・・実験機を作るに当って、メーカーはそれぞれ独立に互換性のないハード、ソフトを作ったので、大変な重複投資が行われた」4)
そして、同じく80年代に、通産省やメディアを巻き込んで「日本発」の大キャンペーンを繰り広げたTRONがうまくいかなかったことは前に記した。5)
では日本発が全滅かというと、結果的に日本発に成功したものもある。現在「Nintendo」を知らない先進国の子供はいないだろう。ビデオ・ゲームは任天堂に始まり、ソニー、Microsoftなどが追従して、今やITビジネスの一大ジャンルになっている。
また、日本のACCESSが開発した、携帯電話やPDA用のブラウザであるNetFrontは海外でも数多く使われている。携帯電話用OSの最大手であるSymbian、PDAの最大手のPalm、組み込み機器向けOSであるVxWorksの開発元のWind Riverなどの企業がACCESSからNetFrontの製品や技術の供給を受けている。
またACCESSが開発し、NTTドコモのiモードで使われている、Compact HTMLというウェブ記述言語の仕様は、W3C (World Wide Web Consortium)で公開され、Microsoftもモバイル用のブラウザでサポートしている。
これらは、何もはじめから「日本発」を標榜したわけではない。ITの分野でのビジネス・チャンスを必死に捜しただけだ。
海外ではどうか? この10年間にITの世界を大きく変えた技術を二つ挙げるとすれば、ウェブとLinuxだろう。ウェブを最初に考えたのはスイスのCERNで仕事をしていたイギリス人のTim Berners-Leeで、Linuxを開発したのはフィンランド人のLinus Torvaldsである。
しかし、彼らには、イギリス発とかフィンランド発という意識は毛頭なかっただろう。あったのは、自分も含めてコンピュータを使う人に便利なものを作りたい、という欲求だけだったと思う。
「日本発」を振りかざすとなぜだめなのだろうか? 第1は、純粋な「日本発」にするために、日本の基礎技術を使うことにこだわるからである。いい技術ならどの国のものでも使うべきだ。自国の基礎技術を使うことにこだわっていたら、グローバルな競争に勝てるわけがない。
第2に、「日本発」にこだわると世界の大勢が見えなくなってしまうからである。競争相手の国の動向に関係なく、ほかの国と違うことをやること自体が目的になってしまう。うまくいかなかった今までの「日本発」のプロジェクトはみんなそうだ。
そして、従来「日本発」が必要以上にもてはやされたのには、「日本発」を謳わないと予算をつけず、「日本発」の筋書き作りを強要した旧通産省と旧大蔵省の責任が大きい。
「日本発」などという了見の狭い考えを捨てないと、日本からはTim Berners-LeeもLinus Torvaldsも出ないだろう。
1) 日本経済新聞 2002年10月26日
2) 「第五世代コンピュータ・プロジェクト 最終評価報告書」 ( http://www.icot.or.jp/ARCHIVE/ )
3) “A Talk with Scott Callon” ( http://www.computingjapan.com/magazine/issues/1996/oct96/callon.html )
4) CATO Regulation “What’s All This about Japanese Technology Policy?” ( http://www.cato.org/pubs/regulation/reg16n4c.html )
5) 「はじめにde facto standardありき」 ( http://www.toskyworld.com/money/2001/money117.htm )
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