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No.225                            酒 井 寿 紀                      2002/11/09


政府に期待していいこと悪いこと

 

116日の朝日新聞に加藤紘一氏のインタビューが載っていた。そのなかの次の発言は私が前から思っていたことだった。

「今度の総合デフレ対策では産業再生まで役所がやるというが、大丈夫か。国は安全網作りにとどめ、不良債権の処理や企業再生は民間に任せるべきだ。政治家も国民も、政府は何でもやれるという期待から脱することだ

なぜそうなのか? 一部前に書いたことと重複するが振り返ってみよう。

単なる景気サイクルによる不況なら、従来のような財政政策や金融政策が有効なことが多い。しかし、現在日本の経済が直面している問題は、単なる景気サイクルではなく、もっと根の深い日本経済全体の構造に関わるものなので、政府のできることには限界があるからである。

現在の日本経済の根本的問題のひとつは、第2次大戦後、半世紀に渡って続いた高度成長時代が終わったことである。1) 高度成長時代には、何にでも手を出し、事業規模を拡大することが増収増益につながった。しかし、今やこういう時代は終わり、今後は企業間の生き残り競争が厳しくなるので、競争力の低い部門はむしろない方がいい。

もうひとつの問題は、米国、中国等の諸外国との関係が変わったことである。

米国が1985年のプラザ合意でドル安政策をとったため、日本の一人当たりのGNPや人件費が実力以上に突出してしまった。また中国等が日本の貿易相手国、生産拠点に加わった。中国の人件費はまだ日本の20分の1程度のようなので、そのデフレ効果は大きい。

こういう長期的な環境変化に適応するために、日本の企業に何が要求されているか?

日本の大半の企業は、まだ高度成長時代に手を広げた低収益部門を抱えたままである。事業の選択と集中の必要性が叫ばれるようになって久しいが、まだあるべき姿から程遠いのが実態である。

そして、変わらなければならないのは事業形態だけでなく、経営者の頭だ。海外の経営者と比べると、日本の経営者は、村民のことを第一に考える、温情あふれる村長さんのようなものだ。前にインドネシアに行った時に聞いた、サリム財閥の総帥の話を思い出す。

「現在何を持っているか、何の事業を行っているかは問題ではない。人がいなければやとえばいい。設備や技術が必要なら買えばいい。問題は、今後どの事業にビジネス・チャンスがあるかだけだ」

部下に担がれて偉くなった、社員思いの温情豊かな日本の社長さんはもう通用しない。

そして、高度成長時代に培われた借金体質からの脱却が必要だ。高度成長時代には借りられるだけカネを借りて事業を拡大した者が勝ちだった。しかし、今や成長が止まり、莫大な借金だけが残った。これが現在の不良債権問題の本質である。

過剰債務解消の妨げになっているデフレの抑止に、政府はもっと力を入れるべきだと言う人が多い。しかし、政府が何をしたって、人口の減少、工場の海外移転などによる地価下落は止まらないし、2) 内外価格差による、安い輸入品の増加や人件費の抑制も続くだろう。3) 従って企業経営者は、政府にデフレ対策を期待するのでなく、デフレ環境を与えられた条件として受け入れ、そのもとで収益力を向上し、過剰債務の解消を図らなければならない。

要するに過去のインフレ・マインドからの決別が要求されているのだ。こうして個々の企業が活力を取り戻すことが現在の不況から脱出する唯一の道である。

日本のような市場経済の国で、これらの解決をすべて政府に期待するのは間違いだ。従って、今回の政府主導の企業再生策にも過剰な期待を持つべきではない。政府が個々の企業の再生に手を付け出したらきりがない。それは社会主義国家への道で、それがダメなことは80年代末にソ連や東欧が証明した。一方で特殊法人や政府系金融機関の統廃合を進めようとしているとき、これはまったく矛盾した政策であり、時代逆行である。

では政府がやるべきこと、政府に期待するべきことは何か?

先ず第1は、経済再生の主役は民間で、政府はそれを側面から支援する立場であることをもっとはっきり言うべきである。国民の期待が大きすぎるため、政権から離れた加藤紘一氏はともかく、現政権の担当者は言いにくいだろうが、当事者能力がないことをあるように言うのは欺瞞である。メディアや国民も政府の力の限界をもっと認識するべきだ。

そして第2は、加藤紘一氏も言うように、失業対策とか預金者保護とかのセーフティーネットの整備である。自由競争のもとで企業の淘汰が進めば、当然つぶれる企業や銀行が多数出る。それらから国民の生活の守るのは政府の仕事である。

そして第3に、あるべき姿を具体的に明確にすることと、それを実現する法整備や税制改革を進めることである。これは当たり前のことのようだが、これが現内閣ではできてない。

例えば、昨年9月に小泉内閣が発表した構造改革計画には「証券市場の構造改革」が含まれていて、「間接金融から直接金融へのシフト」、「個人投資家にとって魅力ある証券市場の整備、税制改革」がうたわれている。しかし、現在米国に比べて極めて少ない個人株主の比率をいつまでにどの程度増やすかの目標がない。そして、今回の株式譲渡益の課税方法の変更のような、あきらかに個人投資家の株離れを促進するような制度改定を実施する。

政府が直接民間の経済活動に参画するのは、市場経済のもとでは制約があるし、好ましいことでもない。政府は、民間主導の改革を促進するためのインフラ作りにもっと真面目に取り組むべきだ。

 

1) 「発展途上国の優等生は、今・・・」  ( http://www.toskyworld.com/money/2002/money202.htm )

2) 「地価は再上昇するか?」  ( http://www.toskyworld.com/money/money24.htm )

3) 「デフレはおさまるか?(1)」  ( http://www.toskyworld.com/money/2001/money119.htm )


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