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title.gif (1997 バイト)

No.223                            酒 井 寿 紀                      2002/10/10


ITのもうひとつの原動力・・・通信回線

 

IT、つまり「情報技術」は、情報を「処理する技術」、「蓄える技術」、「伝える技術」の三つからなる。「処理する技術」と「蓄える技術」を支えてきた半導体と磁気ディスクの進歩については前に書いた。1) 今回は「伝える技術」の代表として通信回線の進歩を取り上げる。

1960年代には一般の専用回線の速度は1,200ビット/秒以下だった。コンピュータの端末に簡単な文字情報を送るだけならそれで充分だった。それ以上速くても人間が読み取れなかったからである。

より線の電話回線を使ったデータ通信の速度は次第に上がり、現在ダイアルアップ回線では56キロビット/秒(kb/s)が一般に使われている。またADSL回線では12メガビット/秒(Mb/s)まで使えるようになった。30年あまりの間に1万倍になったわけである。また光ファイバ回線を使えば一般家庭でも100 Mb/sのデータ転送ができるようになった。

基幹回線については、電電公社が1965年に電話24回線をまとめた1.5 Mb/sの回線の商用試験に入った。1975年には1,440回線をまとめた100 Mb/sの回線が実用になり、また1977年には5,760回線をまとめた400 Mb/sの回線が使われだした。

その後、1980年から光ファイバが公衆通信網に使われるようになり、1985年には400 Mb/sの光ファイバが日本列島を縦貫して旭川から鹿児島まで敷設された。

初期の高速ディジタル回線はもっぱら電話用に使われていた。1986年に米国のNSF (National Science Foundation)が開設したインターネットのバックボーンの速度はまだ56 kb/sだった。今では家庭の1ユーザーでさえ満足できない値である。

その後、基幹通信網の主役は電話からインターネットのバックボーンに変わった。そして現在、日本のNTTコミュニケーションズ、米国のQwestなどのインターネット・サービス・プロバイダのバックボーンには最高10ギガビット/秒(Gb/s)の光ファイバ回線が使われている。基幹回線の速度はこの30年あまりの間に約1万倍になったわけだ。

米国のTeraGrid計画はGrid Computingの実験システムで、大学・研究所間を高速回線で接続し、コンピュータの処理能力を共用しようとするものである。このシステムにはQwest40 Gb/sの光ファイバ回線が使われている。

では、今後通信回線の速度はどうなるだろうか?

近い将来、一般のバックボーンにも40 Gb/sの回線が使われるようになるだろう。しかし、それより速いものには現在まだ技術的問題があるようだ。それより上は当分、WDM (Wavelength Division Multiplexing)によって1本の光ファイバ内で多重化することと光ファイバ・ケーブルの敷設本数を増やすことによって対応することになると思われる。

また、アクセス回線の方は光ファイバの使用により、近い将来、10 Gb/sクラスまで使えるようになるだろう。最近「ブロードバンド」という言葉がやたらとはやっているが、現在の10100 Mb/sは通過点に過ぎず、いずれ、「たった100 Mb/sぐらいをブロードバンドと呼んでいた時もあった」と言われる日が来るだろう。

では、このような通信回線の高速化は何をもたらすだろうか?

現在、ディジタル・カメラの写真がメールに添付されて世界中を駆けずり回っている。スナップ写真を大量に送っても、見るのは一瞬だけのものも多いだろう。しかし、そのおかげで通信会社とネットワーク機器メーカーは潤ってきた。技術の進歩とはそうしたものだろう。

アクセス回線の速度が現在の10 Mb/sクラスから10 Gb/sクラスに、1,000倍くらいになると何が起きるだろうか? たぶん、現在静止画の写真をメールに貼り付けるのと同じような気安さでビデオ・カメラで撮った動画をメールに貼り付けるようになるだろう。普通のテレビ並みの4 Mb/sの動画のファイルを10 Gb/sの回線で送れば、録画時間の2,500分の1の時間で送れるので、2時間の動画も約3秒で送れるようになるからである。

またそうなると、見たい映画やテレビ番組をインターネットでオン・ディマンドでダウンロードして見るのが一般的になるだろう。そのためテレビは、現在のように放送局が一方的に番組を押し付けるpush型のメディアから、見たいときに見たい番組を放送局のサイトからダウンロードして見るpull型のメディアに変わるだろう。もちろん、テレビをつけっぱなしにして家事をする「ながら族」のために、現在のようなテレビ放送もなくならないだろうが。

また、ビデオ・カメラで撮った動画を個人のウェブ・サイトに掲載するのも一般化するだろう。いわば個人によるテレビ局がそこらじゅうにできるわけだ。

Grid Computingの提唱者の一人であるIan Foster氏は次のように主張している。2)

「インターネットのバックボーンはこの15年あまりで56 kb/sから40 Gb/sへと約100万倍になった。15年で100万倍ということは10年で1万倍ということで、プロセッサの進歩の10年で100倍や、磁気ディスクの進歩の10年で1,000倍よりはるかに大きい。そのため通信のコストは相対的に安くなり、プロセッサやディスクは相対的に高くなるので、遠隔地のプロセッサやディスクを回線でつないで共用するGrid Computingの時代が来る」(要約)

しかし、バックボーンの速度がこの15年で100万倍になったと言うが、前に記したように1985年には400 Mb/sの回線が実用になっていたので、ディジタル通信技術としては15年あまりで100倍である。通信技術の進歩がプロセッサや磁気ディスクの進歩よりことさらに速かったわけではない。従って、今後さらに通信回線の高速化が進むとは言っても、処理の分散化がどの程度進むかは注意深く見守る必要がある。

 

1) 何故ITか?       ( http://www.toskyworld.com/money/2001/money106.htm )  2001/03/08 
 
   続・何故ITか?   ( http://www.toskyworld.com/money/2001/money107.htm )  2001/03/11
 
2) Ian Foster: “The Grid: A New Infrastructure for 21st Century Science” Physics Today, Vol.55 #2   

                                    ( http://www.gridcomputingplanet.com/opinions/article/0,,3331_1008821,00.html )


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