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title.gif (1997 バイト)

No.221                            酒 井 寿 紀                      2002/09/25


おもちゃがITの世界を変える

 

19837月に任天堂がファミリー・コンピュータ(ファミコン)を発売し、87年までに国内だけで1,000万台以上売った。これはただごとではないと、当時私も買っていろいろいじくってみた。そして、これは将来大変なインパクトをコンピュータの世界に与えるだろうと思うようになった。

ちょうどその頃、私は日立のHITACユーザ研究会の機関誌の巻頭言の執筆を頼まれ、この予想されるインパクトについて書いた。それは7項目からなっていた。その後の状況も含めて以下に記してみよう。

先ず第1は、コンピュータの端末の画面が変わるだろうということだった。当時コンピュータの一般の端末は白黒の画面に文字しか出なかった。ところが14,800円のファミコンの画面にはきれいなカラーの絵が表示され、人形が動き回った。ファミコンで遊んだ子供たちが大きくなってコンピュータを使うようになったら、当時のコンピュータの画面で満足するわけがないと思われた。

やがてパソコンの画面はカラーになり、ビットマップ・ディスプレイの採用で画像が表示されるようになった。そしてコンピュータの一般の端末はすべてパソコンで置き換わった。

当時、画像表示用のグラフィック・ディスプレイ装置は1台数百万円から数千万円と非常に高かった。例えば、ずっと後になるが、1996年にSilicon Graphicsが発表したOnyxという装置は、世界最高クラスの1,000万ポリゴン/秒の描画性能で、3,000万円以上した。

ゲーム機の性能がこれを追いかけた。グラフィックスの性能比較は難しいが、現在、ソニーのPlayStation 26,600万ポリゴン/秒、MicrosoftXbox3億ポリゴン/秒と言われている。パソコン用のグラフィックスのLSIにも1億ポリゴン/秒を越えるものが現れている。

ゲーム機に追いかけられて、パソコンのグラフィックスの性能がどんどん上がり、それに食われて、高価なエンジニアリング・ワークステーションの市場は今やなくなりつつある。

2のインパクトはレスポンス・タイムの速さだった。当時のコンピュータは回線で接続されたCPUでデータの処理をしていたため、レスポンスに時間がかかった。しかし、ファミコンは碁とか将棋の複雑な判断をほとんど瞬間的にしてしまう。これが今後のコンピュータに影響を与えないはずはないと思われた。

その後パソコンがコンピュータの端末として使われるようになり、単純な処理はパソコンで行われるようになったので、レスポンス・タイムは大幅に改善された。

3はソフトウェアのパッケージ化の進展である。当時はまだ企業ごとに専用のソフトウェアを開発して使っているところが多かったが、ファミコンはゲーム・ソフトのパッケージを買ってこないと遊べなかった。ファミコンで育った子供たちが大きくなったら、ソフトは汗を流して自分で作るものではなく、金を払って買ってくるものだという考えが一般化すると思われた。

その後、事実上の標準仕様のパソコンやサーバーが普及し、市場がオープン化したためもあって、ソフトウェアのパッケージ化は大幅に進んだ。

4は、上記の影響で、ソフトウェアの有償化への抵抗が減るだろうということだった。当時はソフトウェアの有償化がなかなか進まず、コンピュータ・メーカーはみんな苦労していた。

5はマニュアルレス化の進展である。ファミコンを買った子供たちは「遊び方」なんか読まないでいきなり遊びだしていた。やがてこれはコンピュータの世界でも一般化すると思われた。読みもしない膨大なマニュアルの削減は環境問題上も望ましいことだった。

以前はパソコンのソフトを買うと分厚いマニュアルが何冊も添付されていたが、最近はほとんどなくなってしまった。使い方のガイダンスがソフトウェアに組み込まれたこともあるが、使う方が、ビデオ・ゲームと同じように、「とにかくいろいろやってみる」、「やってみてできればいい」というように変わってきたことが大きいと思う。

6は、上記に伴う、プログラムのバグに対する考え方の変化である。ファミコンのソフトには時々変な動作をするものがあったが、それが、メーカーが意図的に設けた「隠し機能」なのか、それとも単なるバグなのか分からないことがしばしばあった。こういう機能を捜しだしたり、それを「裏わざ」として使いこなしたりすることもさかんに行われた。

バグとはプログラムの動作がマニュアルと違うことなので、マニュアルがなければバグは存在しないはずである。とは言っても、やりたいことができなければやはり困るのだが、以前に比べれば最近は、ユーザーはバグに対してものすごく寛容になり、メーカーはバグに対して鈍感になったように思う。

現在私が使っているブラウザの最新版はバグだらけで、よくこんものを製品として出したものだと感心するが、以前のバージョンより便利な点もあるので我慢して使っている。世の中にはこういうケースが多いと思う。

そして最後の第7は、AIが身近になるだろうということだった。従来碁や将棋は大型計算機でも難しかったが、ファミコンは結構人の相手ができ、オセロに至っては普通の人は到底ファミコンに勝てなかった。その後パソコンの碁や将棋の実力はどんどん上がっていった。

私の10数年前の予想はだいたい実現したようである。ビデオ・ゲームがなくても実現したかも知れないが、ゲームの世界からの圧力がそれを加速したことは否めないだろう。

ゲームの世界の製品は、数がまとまれば半導体は大変な能力を発揮することを身をもって示し、コンピュータの世界に圧力をかけ続けた。そしてビデオ・ゲームで育った世代は、人間のコンピュータに対するスタンスを変えてしまった。

PlayStation 220025月までに全世界で3,000万台以上出荷され、ソニーの2001年度のゲーム部門の売上は1兆円を超えた。そして現在ソニーはIBM、東芝と組んで次期製品を開発中である。今後もビデオ・ゲームはITの世界に大きい影響を与え続けるだろう。


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