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No.219                            酒 井 寿 紀                      2002/09/07


グリッド・コンピューティングはどうなる?

 

グリッド・コンピューティング(以下グリッド)とは、もともとは莫大な処理能力を要する科学技術計算を、普通のパソコンやサーバーを大量にネットワークでつないで処理するものだった。

例えば昨年8月にアメリカのNational Center for Supercomputer Applications (NCSA)等の4機関が始めたTeraGridというプロジェクトは、合計13.6 teraflopsのコンピュータを40 Gbpsの回線で接続して高速演算のニーズに応えようとするものである。

一方、コンピュータ・メーカーはそれぞれ独自な世界でグリッドを実現している。例えばSun MicrosystemsGrid Engineというソフトウェアを無料で提供しており、SolarisLinuxのサーバーでグリッドを構成できる。またPlatform ComputingLoad Sharing Facility (LSF)というソフトは、各種のUNIXLinuxWindows NT等のOS上で使用できるグリッドのソフトで、旧CompaqHPSGIDell等のメーカーに提供されている。

しかし、Argonne National LaboratoryIan Fosterは、これらのソフトはシステムを集中管理するものなので、グリッドと呼ぶべきではないと言っている。彼によれば、グリッドは、例えばウェブのように、誰の集中管理も受けずに、統一仕様のもとで全世界のものが自由に使えるものでなければならない。1)

また昨年来上記のIan Foster等は、グリッドは、ハードウェアやOSを資源として提供するだけでなくアプリケーション・ソフトも提供するようになるので、結局ウェブ・サービスと同じものになると言っている。2), 3)

そのため、彼等は今年2月のGlobal Grid Forumで、Open Grid Services Architecture (OGSA)という、ウェブ・サービスのWSDL等の仕様に準拠したグリッドのプロトコルを提案し、ウェブ・サービスとの整合性を図ろうとしている。3)

このようにグリッドは、その定義も人によって違い、またその内容も変わりつつある。これはこれからどうなっていくのだろうか? 

先ずグリッドの基本的な特徴のひとつは、市販のプロセッサを同時に多数使って高速に演算を実行することである。

従来は超高性能が必要な偏微分方程式の演算等にはベクトル計算機が使われていた。一方、多数の市販のマイクロプロセッサを使う方式も検討され、Massively Parallel Processor (MPP、超並列)と呼ばれていた。これは当初は性能が不充分だったが、マイクロプロセッサの進歩とともに性能が上がり、1990年代に入るとベクトル計算機を追い越し、高性能プロセッサの主流になった。IBMSP2等である。

しかし、専用のMMPを開発するには費用と時間がかかるため、市販のサーバーとクラスタ管理ソフトを使うものが現れ、これが現在の主流である。例えば、アメリカのLos Alamos National Labs6,144プロセッサからなるSGIのサーバーのクラスタを使っているという。

当分の間、こういう市販のサーバーのクラスタの時代が続きそうである。そして、グリッドもその一種と言える。

グリッドのもうひとつの大きい特徴は「ユーティリティ」であることだ。製品を販売するのではなく、電力や水道と同じように、サービスを提供するのである。

ユーティリティの信奉者は、ユーティリティの利点として、単独では難しい高い処理能力の入手、資源をプールすることによる使用効率の向上、投資の回避、設備管理からの開放等を挙げている。しかし、これらはみんな、1960年代にタイム・シェリングがはやったときに、ユーティリティの利点として言われていたことである。歴史は繰り返すのだ。

しかしタイム・シェアリングは、ミニコンの出現による高性能コンピュータの低価格化に太刀打ちできなかった。タイム・シェアリングが長く続かなかったのは、この他に、電力や水道と違い、ユーザーが要求するコンピュータの環境がユーザーごとにみんな違う点が大きい。最近ではASP (Application Service Provider)も一種のユーティリティだが、これが伸び悩んでいるのも同じ事情からだ。タイム・シェアリングの時代から30年以上の間、いろいろなユーティリティの試みが続き、回線の高速化やインターネットの普及でその利点は増大したのだが、ユーティリティがコンピュータの使い方の主流になることはなかった。

従って、生命科学の研究機関等では、絶対的な処理能力不足の解決のためグリッドが補完的に使われるようになるだろうが、一般の企業で、企業内の資源の有効活用を越えて、社外の資源の活用にグリッドが使われるようになるかどうかは疑問である。

グリッドの第3の特徴はプロトコルの標準化である。グリッドが、大学や研究所間で資源の相互活用に使われるとき、プロトコルが標準化されているのは望ましいことである。現状では、それがウェブ・サービスの仕様に準拠したものになるのは自然であろう。

そして、グリッドは結局ウェブ・サービスといっしょになると主張する人達がいる。しかし、もともとグリッドは計算資源の提供であり、アプリケーションを提供するウェブ・サービスとは基本的に違うものだったのだ。ウェブ上でアプリケーションを提供するものにはウェブ・サービスという名前が定着しているのに、グリッドという名前でこの分野まで取り込もうとするのは混乱を招くだけだろう。一番避けないといけないのは似て非なる規格ができてしまうことである。

このような状況なので、グリッドの将来は予断を許さないが、その社会に対するインパクトは、ウェブ等に比べれば、ある程度限定されたものになるだろう。

 

1)  “WHAT IS THE GRID? A THREE POINT CHECKLIST”      http://www.gridtoday.com/02/0722/100136.html

2)  “The Anatomy of the Grid”   http://www.globus.org/research/papers/anatomy.pdf

3)  “The Physiology of the Grid”   http://www.globus.org/research/papers/ogsa.pdf


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