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No.212                            酒 井 寿 紀                      2002/07/21


続・9月11日の一面・・・作られた聖戦

 

前号に、911日のテロの根本原因は、アメリカ政府のユダヤ人に対する肩入れだと書いた。しかし、テロそのものの実態は殺人事件に過ぎない。殺人事件であれば、いかにその規模が大きかろうと、政府がやるべきことは犯人の探索と拘束、そして処罰のはずである。

しかし、政府がこういうスタンスで臨んだのでは国民の理解と協力を得るのは難しい。それどころか、国防省まで被害を受けたということは、国防問題や危機管理の責任を追及され、政府が窮地に陥ってもおかしくなかったはずだ。

ブッシュ大統領やそのブレインは、この政権の危機を回避し、災いを転じて福となし、現政権に対する全面的な支持を取り付けて、自分たちの政治目標の実現に資する方法がないか必死に考えたのだろう。それは有能な政治家なら誰でも行う当然のことである。

そうするためには、この事件を単なる殺人事件でなく、もっとレベルの高い国家の一大危機に仕立て上げる必要があった。テロの犠牲者の方にはまことにお気の毒なことだが、ブッシュ大統領にとってまことに幸運だったのは、今回のテロがほぼ完璧に成功し、民間人の被害があまりに大きかったことである。国家の一大危機を演出する条件は充分満たされていた。

犯人がアラブ系であろうとなかろうとそんなことはどうでもよかった。被害が単に刑事事件として処理すべき規模を越えていることが重要だった。

ブッシュ大統領は、テロから3日後のワシントンの教会での式典で、われわれは卑劣な手段で戦争を仕掛けられたのだと言い、これは自由の盟主であるアメリカに対する挑戦だと言い、われわれは邪悪を撲滅するために戦うのだと言っている。 

そして、107日にアフガニスタンに対する軍事行動を開始した際には、これは自由のための戦いであり、作戦の名前も「Enduring Freedom(永続する自由)」にするのだと、「自由」という言葉を何回も繰り返した。テロ撲滅を自由に関連付けるためか、「raise their children free from fear (子供を恐怖なく育てられるように)」と言っている。しかし、この「free」は「free from error(間違いのない)」の「free」と同じで「自由」とはまったく関係ない。

要するに、何故自由が問題になるのかの説明はまったくなく、もっぱら理性ではなく感情に訴えているのである。

そしてテレビは連日いやというほどテロ現場と星条旗の映像を繰り返し、非公式な国歌である「God Bless America」を流し続けた。テレビにとっては視聴率が最も重要なので、一般大衆が望むものを放映したわけで、それがますます一般大衆の愛国心を煽っていった。

その結果何が起きたか? フロリダの大統領選挙の開票方法によってはゴアが大統領になっていたかも知れないと言われ、ブッシュ大統領は、昨年7月のABCの調査では、59%という就任後半年の大統領としては戦後3番目に低い支持率に苦しんでいた。それがテロ後の109日には何と92%という支持率を獲得した。事件から半年後の今年3月でもその支持率は82%で、これは1938年以来の最高、最長記録だそうである。1), 2)

同じ3月の世論調査によると、「アメリカ人であることに誇りの感じる」人が、20011月の55%から74%に増え、「毎日国旗を掲げる」人が、25%から65%に増えたということである。2)

結果的に、このテロ事件で一番得をしたのがブッシュ大統領であることは間違いない。テロを計画し実行した連中は、一番困らせてやろうと思った人に、またとない最高の贈り物をしてしまったのだ。

こうしてブッシュ政権は殺人事件の後始末を正義の聖戦に摩り替えるのに大成功を収めた。ほとんどすべての戦争がそうであるように、この戦争も国内向けに演出されたものである。

この「作られた聖戦」の本質がわかっていたからこそ、多くの国が、テロの犯人の検挙には協力を表明しても、軍事行動を共にするのには二の足を踏んだのだろう。

そして日本の小泉首相は、この事件を、自衛隊を普通の国の普通の軍隊にさらに一歩近づけるチャンスとして活用し、積極的に軍艦をインド洋に派遣した。そのよしあしは別にして、「正義の聖戦」の本質を理解せずに、何でもアメリカに追従するのははなはだ危険で、他の国からも馬鹿にされるだけである。

そして今回の事件で、アメリカ人が、「正義」、「自由」、「世界の盟主」というような言葉にいかに弱いか、そして、あれだけ個人がバラバラなように見えても、心の奥底では星条旗と「God Bless America」の歌のもとで連帯感を共有することをいかに望んでいるかがよく分かった。

これは、大衆心理としては、第2次大戦中、日の丸と君が代に酔って「鬼畜米英」、「一億玉砕」を叫んだ日本人や、ハーケンクロイツの旗のもとでヒットラーを讃えたドイツ人に通じるものである。その危険性は歴史が示す通りである。

そしてブッシュ政権は現在、株価もドルも値下がりし、海外からのドルの流入が減り、企業収益は回復せず、金利の引き下げも限界に近づき、アフガニスタン攻撃も先が見えず、支持率も今年に入って次第に下がり、中間選挙を控えて非常に厳しい政治環境に直面している。

一番恐ろしいのは、テロの後の成功体験を思い出して、「夢よ再び」、つまり、「テロよ再び」という誘惑に駆られることである。そしてアラブが再びテロ事件を起こしてくれないときは、テロ支援国家撲滅の名の下に自ら戦争をはじめる恐れがある。

岸 信介首相がアイゼンハワー大統領といっしょにゴルフをしてシャワーを浴びて以来、日本の総理大臣は、とにかくアメリカの大統領と仲良くなることに熱心だが、その前に、アメリカの政策が何を狙ったもので、その背景には何があるのかをよく見極める必要がある。

 

1)    http://more.abcnews.go.com/sections/politics/dailynews/poll010801.html

2)    http://abcnews.go.com/sections/us/DailyNews/poll_sixmonths020311.html 


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