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title.gif (1997 バイト)

No.202                            酒 井 寿 紀                      2002/02/04


発展途上国の優等生は、今…

 

スイスのIMD (International Institute for Management Development) というところが、企業の競争力を支える上での各国の環境の優劣を調査し、1989年以来毎年そのランキングを発表している。2001年の調査結果の概略はIMDのウェブサイト1) で見ることができ、そのポイントは1月11日の日本経済新聞にも掲載されていた。

この調査によると2001年の日本のランキングは49カ国中26位で、台湾、ノルウェイ、ニュージーランド、エストニア、スペイン、チリ等より下である。「大学教育」、「新規事業志向」、「開業のしやすさ」という項目にいたっては最下位の49位である。

1993年までは日本が総合で1位だったそうだから、ずいぶん落ちたものだ。しかし、この10年足らずの間に大学教育の内容とか、新ビジネス開業の環境がそんなに急に悪化したのだろうか? そんなことは考えられないだろう。では何が起きたのだろうか?

年度

GDP

(兆円)

1950

4

1960

16

1970

75

1980

249

1990

451

2000

513

1950年から2000年までのGDP(60年までは正確にはGNP)の推移を右の表に示す。この表から分かるように、名目のGDPは、大雑把に言うと、50年代の10年間には4倍、60年代には5倍、70年代には3倍、80年代には2倍になった。この40年間にGDPは100倍強になったのである。この間に円のドルに対するレートは約3倍になったので、ドルベースでのGDPは300倍以上になったということである。そして日本の1人当たりのGDPはルクセンブルクに次いで世界第2位になった。

ところが90年代には約1.1倍しか伸びず、「失われた90年代」と言われている。そして今後はどうだろうか? 1月18日に政府が発表した中期経済財政展望によると、2004年度以降安定成長路線に戻ったとしても、名目成長率は年率2.5%程度だという。年率2.5%ということは10年間に約1.3倍ということである。つまり今の不況から脱出することに成功しても80年代までの成長率には戻らないということだ。これは何もここ当面だけの話ではなく、今後二度と再び戻ることはないだろう。何故そうなのだろうか?

従来の日本は先進国に追いつくことが目標だった。明治維新の時も、太平洋戦争の後もそうだった。追いつくためには真似をすればよかった。先行している国々の研究成果や、技術開発の試行錯誤の結果を要領よく頂戴して企業化すればよかった。そして日本はこの目標達成に成功した。

しかし、もうこういう手は使えなくなってしまった。トップに躍り出た日本には、もはや追いつくべき競争相手がいないのだ。目標を自分自身で作り出さなければならない。

また高度成長期には、車や電気製品等の急激な普及率の向上が大マーケットを創造した。しかし、いまやこれらの普及も一巡し、買い替え需要中心のマーケットに移行した。

これらの要因のため、今後の成長率は下がらざるを得ない。

現在の不況の原因はいろいろあるが、景気のサイクルや80年代のバブルのつけの他に、日本がこういう歴史的転換点に直面していることがあることを忘れてはならない。

日本は明治維新も戦後の復興も乗り切ったのだから、現在の不況もいずれ乗り切れるだろうと言っている人がいる。しかし、真似するお手本がないという点で、過去2回とはまったく状況が異なるため、そう簡単にはいかないだろう。では今後はどうするべきなのだろうか?

高度成長時代には、企業は、人をどんどん採用し、子会社をどんどん作り、とにかく売上げを増やせば、利益は売上げについてきた。しかし、今後は量に頼った経営は成り立たず、真に競争力のある製品やサービスへの経営資源の集中が重要になる。

今後は、一般的には売上げの急増が見込めないため、従来のような借金に頼った経営は成り立たない。売上げ規模がどんどん増える時は、借りられるだけ金を借りて事業を拡大しても、借金の負担は実質上どんどん減ったが、売上げの伸びが止まったらそうはいかない。

そして、海外の研究開発の成果を使って企業化を図る余地が減るので、企業は従来以上に基礎技術の開発に力を入れる必要がある。そのため、リスクの高い事業の育成が必要になり、リスクを覚悟する資金が必要になる。従って、不動産を担保に金を貸してきた日本の銀行の役割は減り、ベンチャーキャピタル等の直接金融の必要性が高まる。

産業としては、車や電気製品等、ハードウェアの需要は一巡し、またアジア諸国からの輸入品の割合がますます増えるので、今後はソフトウェアの比率が高まるだろう。この不況下で売上げを伸ばし、店の数が増えているのは高級ブランド品や足裏マッサージである。これらは、夢ややすらぎというソフトウェアを売っているのである。

学校教育も変革が要求される。今迄はお手本通りに上手に真似することが社会から要求されてきた。しかし、今後は創造力の育成がより重要になるだろう。

IMDのランクが1位から26位まで急落したのは、日本の事業環境が急に劣悪になったためではない。日本の環境は、先進国を見習って急成長中の発展途上国としてはトップだったのだ。しかし、トップクラスの先進国には大幅に違う事業環境が要求され、現在の日本の状況はその要求から程遠いということだろう。

過去50年に渡って築き上げてきた日本の社会基盤を変革する話だから、今後何十年もかかるだろうが、この変革なしには日本の将来はないだろう。

 

1) http://www.imd.ch/


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