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No.122 酒 井 寿 紀 2001/12/31
小泉首相は「構造改革なくして景気回復なし」と言い、反対論者は「景気回復なくして構造改革なし」と言う。しかし、これらの議論に使われている「構造改革」、「景気回復」という言葉は、はたして議論をしている人達に同じ意味で使われているのだろうか? もしそうでなければ、議論が噛み合うはずがない。
「構造改革」にもいろいろある!
目下政府が最も力を入れている構造改革は銀行の不良債権対策と特殊法人の廃止や民営化を中心とする行政改革である。政府が直接できる構造改革はこれらだから、政府がこれらに力を入れるのは、それはそれでいい。しかしこれらが景気を回復するための最大の課題とは思えない。
本誌で前に触れたように、10年間続いた経済の停滞から脱却して、再び活力を取り戻すために本当に必要なのは、個々の民間企業の構造改革と日本の産業構造の改革である。1)
民間企業が、長期間続いた高度成長時代に培った、総花的な事業拡大路線から脱却して、選択と集中を徹底し、収益を確保できるようにならなければ、継続的な好景気は望めないだろう。
そして、日本の製造業は、中国等の安い人件費による国内の空洞化に対して、今後長期間に渡って構造改革を迫られる。
先日倒産した青木建設の元社長は、倒産発表の記者会見で、「70点から80点もらってもいいと思う。苦しいこともあったが、楽しく社員と和気あいあいとやってきた」と言ったという。2)
片言隻語を捉えてとやかく言うのは本意ではないが、一番構造改革が必要なのは日本の経営者の頭の中かも知れない。
部下思いで、社員に担がれて偉くなった、太平の世の名経営者はもはや通用しない。従来は、もっぱら進め、進めと社員にハッパをかけ、不況が来たら一時ブレーキを踏んでいればよかったのだが、これからは、アクセルとブレーキの使い分け以前に、どのレーンを選んで走るかが大問題なのだ。とんでもない障害物が転がっているレーンが多いのだ。
「景気回復」で目指す日本の姿は?
80年代までの好景気の時のような、実質GDP成長率が5〜10%で、株の時価総額もそれに見合って上昇を続け、失業率も2〜3%と低かった時代の再来を目指すのか?
または、実質GDP成長率は1〜2%程度と低いがマイナスにはならず、株の時価総額もそれに見合った値で、失業率は5%前後あるが、企業の収益はそれなりにあり、倒産する企業はそれほど多くはないという姿を目指すのか?
あるいはその中間程度を目指すのか?
「景気回復と構造改革といずれが先か?」を論じる時は、先ずどの程度の姿を目指すかをはっきりさせる方が先だ。
「景気回復」という言葉は「景気が元に戻る」という意味だが、60〜80年代の高度成長時代の好景気の時のような状態に戻すことはもはや不可能である。かつて日本は追う立場だったが、今や追われる立場になったからだ。
従って、本当は、「景気回復」という言葉はあまりよくない。「新しい安定経済への移行」というような表現の方が実情にあっている。
どういう政策提言をするかは、どういう姿の日本を目指すかで当然変わる。目標が到達不可能なら、そこを目指すのは望ましくなく、従って、そこを目指した政策提言は取り上げるべきではない。
例えば、野村総研の植草一秀氏は積極的な財政政策の主張者で、小泉内閣は30点だと言っている人だが、同氏は昨年(2000年)、「2006年に日経平均株価が5万円に上昇することも必ずしも非現実的とは言えない」と言った人である。3)
いろいろな政策提言をしている人がいるが、その人がどういう姿の日本を実現しようとしているのかをよく見極める必要がある。
景気が回復したら構造改革はできるか?
景気回復とのあとさきは別にして、現在の日本の企業体質、産業構造の改革が必要なことは誰も否定しないだろう。そして、先ず景気回復を優先すべきだという人が多いのだが、これらの改革は景気が回復したらはたしてできるだろうか?
景気が回復し、企業の収益が上がり、毎期増収増益を繰り返すようになったら、誰も真剣に構造改革に取り組まなくなるのは目に見えている。そういう状態になったら、競争に勝つためには、改革より、とにかく、進め、進め、だ。しかし、それは長続きしない。そうだとすれば、構造改革は景気が回復する前の苦しい時に実施するしかない。
民間企業だけでなく、政府の行政改革も同じである。税収がたっぷりある時に行政機構の抜本的簡素化などできるわけがない。現在のような超赤字財政は行政改革にとって千載一遇のまたとないチャンスなのだ。こういう時に思い切ったことをやっておかないと後々禍根を残すことになる。
1) Tosky's MONEY (No.118) 「小泉構造改革で景気はよくなるか?」
2) 「トップの名言・迷言」 日経ビジネス2001.12.24-31号
3) 植草一秀「株価5万円も夢ではない」 文芸春秋2000年5月号
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