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No.111 酒 井 寿 紀 2001/04/17
コンピュータ産業、最近の言葉で言えば、ITビジネスの将来を予想するのは非常に難しい。しかし、ITビジネスに固有のいくつかの傾向はあるはずだ。
「専用製品か? 汎用製品か?」という面から歴史を振り返ってみよう。
コンピュータが一般に使われ出した1960年頃、コンピュータは事務用と技術計算用に分かれていた。事務用は10進演算ができ、浮動小数点演算はできなかった。技術計算用はその逆だった。使用目的別にまってく別の製品になっていた。
1964年4月にIBMが360シリーズを発表して以来、これが一本化された。いわゆる汎用コンピュータの始まりである。360とは「360度の顧客要求を満足する」という意味だった。
また、1960年頃には、国鉄の座席予約用のコンピュータ、銀行の為替交換用のコンピュータ等、それぞれの顧客専用のものが作られていた。アメリカでも、防空システムのSAGEには専用のコンピュータが使われ、アメリカン航空の座席予約システムSABREでは専用のOSが使われていた。
しかし、汎用コンピュータが進歩すると、これらは次第に汎用コンピュータや汎用のOSによって置き換えられていった。
なかには、大型機から小型機まで、すべて独自のコンピュータを作らせたところもあった。しかもCPUから磁気ディスク装置、磁気テープ装置、通信制御装置まで、そしてOS、言語、データベースのソフトまで、すべて専用のものを複数メーカーに作らせたのだからすごい。それは、1970年代から80年代の約20年間に渡って使われた、現在のNTTのDIPSである。
これは全世界のコンピュータの歴史上、まさに空前絶後のことだった。しかしこれも、入出力装置等から徐々に汎用製品に置き換えられ、90年代に入ってなくなった。
化学プラント等でプロセス制御に使われるコンピュータは、厳しい環境で24時間運転が要求されるため、特別に信頼性を高めたものが作られた。これは「制御用コンピュータ」とか「プロセス・コンピュータ」と呼ばれた。しかし、これも現在では標準のUNIXのサーバー等になってしまった。
また、いろいろのデータ処理に適した専用のコンピュータも作られた。
1980年代には一時「データベース・マシン」というものが流行した。これは特にリレーショナル・データベースの検索処理の高速化を狙ったものだった。特殊なデータ処理なので、専用機の方が適すると考えられたが、汎用のサーバーが安く高速になると、存在価値が薄れて使われなくなった。
機械設計やデザインに使われるグラフィック処理の専用機もあったが、これもほとんどが標準のワークステーションに取って代わられた。
また、80年代には一時「Fault Tolerant Computer」というものがはやった。これは株の取引等の、高信頼性が要求されるオンラインシステム等で使われた。
その一社のTandemはその後Compaqに買収された。当初のTandemの製品は専用のCPUとOSを使っていたが、その流れを汲むCompaqのHimalayaシリーズは、現在、UNIXのサーバーの一つになっている。
もう一社のStratusも前には専用のOSを使っていたが、現在は標準のUNIXやWindowsを使っている。
端末も以前は、銀行用、証券会社用、航空会社用、旅行代理店用とそれぞれ異なり、しかも各ユーザー毎に少しずつ違っていた。各ユーザーはキーの配列などに工夫を凝らし、それぞれ専用のものをメーカーに作らせていた。
INTELのCPUを使った汎用の端末が使われるようになってからも、はじめのうちは、それはパソコンとは別物だった。パソコンは信頼性が低くてオンライン・システムには使えなかった。しかし、パソコンの信頼性が上がると、端末の世界もパソコンで置き換えられていった。
小売店用のPOS端末も、前にはデパートや量販店ごとに特徴のあるものを使っていた。これは現金やバーコードを扱うため、現在でも特殊な製品だが、CPU部分はほとんど標準のパソコンと同じものになった。
UNIXのワークステーションも前には事務用のものと技術用のエンジニアリング・ワークステーションに分かれていた。しかしこの区別も現在はなくなってしまった。
前にはワープロ専用機があったが、パソコンが安くなると、パソコンのワープロ機能に太刀打ちできなくなり、今や完全に姿を消した。
このように、コンピュータの歴史は、専用製品から汎用製品への変遷の歴史である。
いくつかの小さな流れは、合流して大きな本流となり、その後何回も支流が枝分かれしたが、結局本流に飲み込まれていった。そして本流は、技術の進歩とともに、汎用コンピュータからUNIXのサーバーと標準のパソコンへと変わってきた。
何故、業種や業務に特化した支流がだめだったのだろうか? それはコンピュータのコストの大半が開発費だからである。ソフトウェアとかLSIの開発費は、製品の種類が減れば、それに比例して1台当たりの負担も減る。汎用化のために余計な機能がついて、多少高くなっても、また使いにくくなっても、開発費の負担の大幅な低減には勝てなかったのだ。
今後情報機器の分野は、コンピュータから、PDA、テレビゲーム、カーナビ、携帯電話と広がっていくが、どれもソフトウェアとLSIの開発コストが大きい。従って、汎用製品を目指す傾向は変わらないだろう。今後の個人用の製品は、いろいろな色やデザインのものが作られるだろうが、一皮むけば中身はみな同じになるだろう。
少数民族向けの製品は生き残れず、現在のパソコンと同じように、すべての民族が不満を抱きながらも何とか我慢して使うような、汎用製品に吸収されてしまうだろう。
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