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title.gif (1997 バイト)

No.109                            酒 井 寿 紀                      2001/04/05


グリーンスパンの功罪

 

最近よく、「グリーンスパン神話の陰り」という言葉を目にする。昨年来の米国株の値下がりのため、グリーンスパンFRB議長の神業のような「微妙な手綱さばき」に対する信頼が薄らいできたというのである。

FRBは99年6月から2000年5月にかけて、6回の利上げをしたが、景気の抑制のため、昨年6月以降もう1〜2回利上げをしておくべきだったと言う人もいる。

また、今年に入って1月3日に異例の利下げを発表したのは、昨年末に打つべき手が遅れたためで、遅きに失したと言う人もいる。

なかには、これ以上晩節を汚す前にさっさと辞任するべきだと言っている人もいる。

しかし、金融政策の細かい技術的な問題はあるのかも知れないが、昨年来の株価の値下がりに、そんなにグリーンスパン議長の責任があるのだろうか?

前号に記したように、少なくとも昨年始めの米国株は、実体経済の実力をはるかに遊離して大変な高値になっていた。現在は多少下がったが、まだまだ歴史的に見れば割高である。これは、遅かれ早かれ実力相応なところまで戻らざるを得ない。

政策上何かできるとすれば、戻る時期と、戻るスピードのコントロールで、戻ること自身を回避することは不可能だろう。

株価は上にも下にもオーバーシュートしがちなので、一番困るのは戻るスピードが速すぎて、下方ににとんでもないオーバーシュートをしてしまうことだ。これだけは何としてでも止めてもらわないと困る。

一番いいのは、株価が同一水準にとどまり、実体経済が、株価にふさわしい水準迄成長することだ。しかし、ある程度以上株価と実体経済の乖離が大きくなると、これは実際上不可能である。

従って、昨年来の株の値下がりに、グリーンスパン議長の責任がそんなにあるとは思えない。

では、グリーンスパン議長にはこの株価暴落の責任はまったくないと言えるだろうか?

高騰しすぎた株価は必然的に暴落するものだとすれば、根本問題は暴落の防止ではなくて高騰しすぎの防止である。

高騰しすぎの防止のため、議長は96年以来、有名になった「口先介入」を繰り返し、市場に警告を発し続けて来た。

1996年12月にこの人が言った、有名な「irrational exuberance」を、日本では普通「根拠なき熱狂」と訳しているようだが、「irrational」には「根拠なき」とか「理由なき」という意味の他に、「正気でない」、言い換えれば「気狂いじみた」という意味もある。むしろこっちの方がグリーンスパン議長の気持ちをよく伝えたのではないかと思う。

また99年6月からは金利を上げ始め、2000年3月までに5回、0.25%の利上げを実施し、2000年6月には0.5%利上げした。

このように議長は、景気の過熱、株価の高騰を極めて心配して手を打ったのだと思うが、対応策が適切で充分だったかは疑問である。0.25%の利上げが発表されるたびに、これで過熱も収まり安定成長が期待できるのではないかと、市場は議長の期待とは逆に株高で反応した。そして一番問題のハイテク産業は、一般に銀行からの負債が少ないため、利上げによる抑制があまり効かなかったようだ。

議長に責任があるとすれば、それは2000年になってからの対応ではなく、1999年までの、一般には「絶妙な手綱さばき」と評価されていた時代の対応である。これが結果的には株価の行き過ぎた高騰を招いたのだ。

ではどうすればよかったのか? もっと強くブレーキを踏むことしかなかったのだろう。

しかし、90年代のアメリカの繁栄は、ITの活用による生産性向上に支えられたもので、ただのバブルとは違い、まだまだ持続するという意見も多かった。そういうなかで、目先の経済活動の停滞を覚悟してブレーキをかけるのは、政府も、企業も、国民も、誰も望まない。

ハイウェーを快適に飛ばしている最中にブレーキを踏めば、後続車に迷惑をかけ、馬鹿か気狂いだと思われるだけだろう。場合によっては、それが必要な時もあるのだが、それを政府や中央銀行に期待するのは難しい。

言い換えれば、政治、経済の動きは常にバブルを招く危険性を孕んでいるということである。これは、人間の本性に関わるものなので、日本も米国も含めて、古今東西同じである。

後世の歴史家はグリーンスパン議長をどう評価するだろうか?

1990年代に10年に渡る米国の繁栄をもたらした、金融の神様としてだろうか?

それとも、中途半端な景気抑制策の結果、かえって景気を過熱させてしまった元凶としてだろうか?

しかし、少なくとも、景気の過熱の主犯はグリーンスパン議長ではない。それは市場であり投資家である。この人は本当はもっとブレーキをかけたかったのではないかと思う。しかし、クリントン政権始め、まわりがそれを許さなかったのではないかと思う。

今や、高騰した株価自身が問題なので、誰がFRBの議長になっても株価の「大調整」は避け難い。

しかし、米国経済がこのまま駄目になるかというと、そうではない。経済の成長は技術の進歩があるところに訪れる。そしてここ当面のところ、大きな技術の進歩が期待できるのは、IT関連とゲノムの分野であり、これらの分野での米国の優位はまだまだ圧倒的である。

従って、長期的には米国経済の繁栄はまだ続く。今回の「大暴落」は、繁栄の途中で避けて通れない「大調整」であると受け止めるべきだ。


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