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マイナンバーカードの普及は最終目的ではない!
マイナンバーカード義務化の問題点
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2022/11/10
今までマイナンバーカードを持ってなかった
私は、前には所得税の確定申告書を手書きで書いていたが、2003年分以降は国税庁のソフトで作成し、それを税務署に郵送している。
その後、マイナンバーカードを取得し、カード読取機を購入すれば、納税自身もインターネットでできるようになり、確定申告書の郵送は必ずしも必要なくなった。しかし、確定申告書にはいくつかの書類を添付する必要がある。前には旧勤務先からの年金の源泉徴収票や証券会社からの取引報告書の添付が必要だった。電子納税推進のため、これらは次第に削減されていったが、今でも一部の生命保険や介護医療保険の証明書は添付が必要だ。添付書類が皆無にならなければ、マイナンバーカードを取得しても郵送書類はなくならない。そのため、私はマイナンバーカードやその読取機はいまだに持っていない。
知人の中には、マイナンバーカードを持っていれば、印鑑証明や住民票の取得が役所まで行かなくてもコンビニでできるようになったので、大変便利になったと言っている人もいる。しかし、私はもう10年以上転居や不動産取引をしていないので、こういう恩恵もまったく関係がない。
政府は躍起になってマイナンバーカードの普及率を上げようとしているが、まだ普及率は51%だという(1)。しかし、先日ある10人位のプライベートな会合で出席者に聞いたら、マイナンバーカードをまだ持ってないのは私だけだった。どうも私が一番の「へそ曲がり」のようだ。
政府はここに来て、何が何でもこの普及率を上げようと、強硬手段を取ることにした。健康保険証とマイナンバーカードを2024年秋に一本化すると、2022年10月13日に河野太郎デジタル相が発表した(2)。
今までは、必要を感じなかったので持ってなかったのだが、今後はそうも行かなくなるようだ。そこで、私もこのカードを申請しておいた。
しかし、マイナンバーカードの義務化にはいろいろ問題があるようだ。政府による「第2次取りまとめ ~デジタル社会の新たな基盤の構築に向けて~」を見てみよう(3)。
全国民のデータベースの構築が本質
今後は、健康保険証がマイナンバーカードと一体化され、それによって病歴や薬剤使用歴が分かるようになるという。救急車での応急処置等に役立つだろう。
そのためには、マイナンバーカードで最新の情報が分かる必要がある。そして、マイナンバーカードを盗まれたり、災害で失くしたりした時は再交付されるという。
ということは、全国民の最新の情報のデータベースが、マイナンバーカードとは別に構築されていて、マイナンバーカードに書かれている情報は、このデータベースにアクセスするキーだけだということだ。
つまり、現在普及率を上げようと政府が躍起になっているマイナンバーカードは、全国民のデータべースの構築が本質なのであって、マイナンバーカードは、それにアクセスする手段の一つにすぎないのである。
もちろん、政府が所有する個人の全情報が、マイナンバーカードでアクセスできるわけではない。例えば犯罪歴などは、今後もごく限られた人しかアクセスできないのだろう。
一生に1回だけマイナンバーカードが必要?
今後はマイナンバーカードの情報はスマートフォンにも搭載できるようになり、マイナンバーカードが必要な時は、スマートフォンを読取機にかざせばいいという。
従って、こういうスマートフォンを持っていれば、マイナンバーカード自身は不要で、引き出しの奥にしまっておけばいいらしい。
スマートフォンを新機種に変更した時の処理も、カードを使わなくても、旧機種の失効化、新機種の有効化ができるという(3)。転居などでマイナンバーカードの情報の更新が必要な時も、当然スマートフォンからこの処理ができるのだろう。
どうしてもマイナンバーカードが必要になるのは、スマートフォンを紛失したり、破損したりして、マイナンバーカード以外に本人であることの証明ができないときぐらいになるのだろう。こういうことがなければ、マイナンバーカードは、その情報をスマートフォンに搭載する時に一生に1回使うだけで、他に使うことはないようだ。何とも馬鹿げた仕組みだと思う。
パソコン、タブレットも使えるようにすべき
現在、マイナンバーカードの情報を搭載できる端末として検討されているのはスマートフォンだけのようだ。これだけでいいのだろうか?
スマートフォンは画面が小さく、文字入力の操作も難しいので、自宅にいる時はデスクトップ・パソコンの画面やキーボードを使いたいと思う人も多いだろう。私も、天気予報を見たりする時はスマートフォンを使っているが、買い物や株の売買など、金額などの入力が必要な作業には一切使わないことにしている。同様な高齢者も世の中には多いだろう。
スマートフォンの方が安全なのは、ログインに指紋、顔などの生体認証が使えることである。このスマートフォンの特徴を生かして、デスクトップ・パソコンでの本人認証の補助手段としてスマートフォンを使ったらどうかと思う。現在、銀行などでパソコンでの認証の強化策として「ワンタイム・パスワード」をスマートフォンに送信する方法が使われている。従って、認証の強化にスマートフォンを併用することに対し、違和感をおぼえる人は少ないのではないかと思う。
現在使われている端末には、スマートフォン、タブレット、パソコンなどがある。今後は新しい端末も出現するだろう。どの端末が使いやすいかは人によって違い、一人で多種類の端末を使い分けるのもごく普通である。利用者へのサービスの提供には、世の中で使われている全端末を対象として考える必要があると思う。
何故コンビニに行く必要があるの?
住民票など役所が発行する書類が必要な時は、マイナンバーカードがあれば、わざわざ役所まで行かなくても、近所のコンビニでも書類を印刷して入手できる。今後はマイナンバーカードを持っていなくても、スマートフォンを持っていれば同様のことができるようになるという。
しかし、役所から送信された書類を印刷するだけなのに、なぜ自宅のプリンタではだめで、コンビニまで行かなければならないのだろうか? 韓国では同様のことが自宅のプリンタでできるという(4)。 この記事によると、韓国でも一時偽造や改ざんの問題があったが、現在は問題ないという。
信頼性を上げるだけなら、別の方法もあるだろう。こういう無駄な作業は極力減らすべきだ。
そもそも、紙の住民票とか戸籍抄本を要求する手続きをもっと減らすべきだ。これらはすべて電子データで保管されているのだから、どうしても必要なら、電子データを添付するか、電子データの保管場所を連絡すれば済むはずだ。その方が、省資源・省エネ上も好ましい。
NFCタイプBは国際標準になるか?
政府はマイナンバーカードの情報のスマートフォンへの搭載を開始するにあたり、それに使う規格が国際標準であることを重視したという(3)。これに使われる予定のNFCタイプBは、近距離無線通信の国際標準の一つで、クレジットカードや電子マネー、交通系カードなどで世界中で広く使われている。しかし、行政の世界でこういう近距離無線通信がどれだけ使われているのか私は知らない。
近距離無線通信には、現在、NFCのタイプAとタイプB、FeliCaの3通りがあり、スマートフォンでもサポートされつつあるが、どの規格が主流になるかは、各規格の普及状況、メーカーの方針、利用企業や行政機関の判断などにより、これから確立して行くものと思われる。
主流から外れた規格を使う利用者は、生産量が限られるため、高い製品を買わされることになる。
携帯電話の世界では、日本は今までに、第2世代のPDC、PHS、テレビのワンセグ放送機能付き携帯電話、FeliCaを使ったおサイフケータイと、国際標準からはずれた規格を採用してきた。どれも独自の市場を開拓しようと始めたのだろうが、結果的には思うように普及せず、製品の競争力を落とし、利用者の負担増を招いた。
今回のNFCタイプBの採用に同様な心配はないのだろうか?
マイナンバーカードの普及は最終目的ではない!
政府は10年以上前から、マイナンバーカードの普及率の向上に必死になっているが、この普及率の向上が最終目的ではない。最終目的は、行政サービスの質の向上のはずである。
・ 今までは役所まで足を運ばねばならなかった各種の書類の取得や申請の手続きを、自宅でできるようにする。
・ 今までは規定の用紙を役所に取りに行く必要があったものを、ウェブで取得できるようにする。
・ 今までは手書きで書いていた申請書を、パソコンで入力すればよくする。
・ 今までは郵送していた書類をインターネットで送信すればよくする、等々である。
これらの実現が最終目的なのであって、「マイナンバー」や「マイナンバーカード」はこれらを実現するための手段に過ぎない。
従来この違いを明確に認識してなかったために、おかしなことが起きた。例えば、マイナンバーカードを使った電子納税の比率を向上させるために、納税者にマイナンバーカードを取得させて、それを使った電子納税の作業は税務署の職員が行い、見かけ上の電子納税の比率を向上させた税務署があることが報道された(5)。これでは税務署へ行く回数は減らない。
上記のような最終目的が実現されれば、行政サービスの質が向上すると同時に、行政の人件費の節減も図れる。しかし、前記の税務署のようなことを行えば、ますます人件費が増えるだけだ。
誤った目標設定は悲劇(喜劇?)の実現につながる。
[関連記事]
(1) 「マイナンバーカード交付状況について」、総務省、2022年10月末
(2) 「現行保険証、24年秋廃止 デジタル相表明 マイナに一体化」、日本経済新聞、Oct 13, 2022
(3) 「第2次とりまとめ ~デジタル社会の新たな基盤の構築に向けて~」、総務省、2022年4月15日
(4) 「住民票は自宅で印刷、税金もネットで」、日経XTECH、2006.07.07
(5) 「税務署、電子申告水増し」、朝日新聞、2008年7月10日
(完)