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コロナのおかげでドラッカーの夢が実現!?

    

酒井ITビジネス研究所   酒井 寿紀    2022/3/24

ドラッカーの指摘

経営学者のピーター・ドラッカーの次のような言葉を読んだことがある。いつ頃だったか、何に書いてあったのかは忘れたが・・・

"I wonder why a company pays to transport a 170-pound body 20 miles downtown when all it needs is the body's 3-pound brain." 

(日本語訳)「会社が必要とするのは体についている1.4kgの脳だけなのに、何故80kgの体を30kmも離れた街なかまで運ぶ費用を負担するのか不思議だ」

今回これを書くに当たって原典を調べようとしたが、図書館でもインターネットでも分からなかった。しかし、インターネットにはこの部分だけを抜き出した引用があり(1)、私も確かに読んだ記憶がある。前後の話は忘れたが、ここだけは「確かにそうだ!」と思ったのでよく覚えている。

テレワークの普及

確かにドラッカーの指摘はその通りなのだが、これはなかなか実現しなかった。

1990年代に入るとネットワーク技術が進歩し、多くの社員が仕事にパソコンを使うようになった。会社に出社しても、大半の時間をパソコンに向かって、資料を作成し、上司に報告し、部下に指示を出す人が増えた。これなら自宅にいても、出張先のホテルでも同じことができるはずだが、勤務時間中にオフィスにいないことは何となくはばかられた。

しかし、こういう状況がコロナ禍で一変した。「自宅でできることは自宅でやれ!」、「出社は極力控えろ!」と180度変わってしまった。

会議やインタビュー、テレビ出演等も電子会議システムを使ってリモートで行われるようになり、オンライン飲み会まで行われているようだ。

こうしてテレワークを実施する企業が急速に増えた。総務省の統計によると、日本の民間企業のテレワーク実施率は、コロナが急激にはやり出した2020年3月はじめには17.6%だったが同年5月末には56.4%に増えたという。大企業に限れば、この間に33.7%から83.0%に増えたということだ(2)

その後この実施率はコロナ対策の厳しさの変化に伴って増減を繰り返しているが、ほぼコロナ流行の初期の値の2倍程度に落ち着いているようだ(2)

そして、テレワークの普及に伴って、オフィスの需要に減少傾向が見られるという。東京23区のオフィスの空室面積は、20年2月には28万平方メートルだったが、6月には39万平方メートルに増えたという(3)。企業がオフィス面積を縮小する理由を聞いたところ「テレワークで必要面積が減る」が最も多く、73%だったそうである(3)

「もう元の職場には戻りたくない!」

こういう状況は米国などでも同じようだ。これに伴い、従業員のテレワークに対する考えもまるで変った。従来不可能と思われた勤務形態がコロナのお陰で実現できてしまったのだ。そしてこの新しい勤務形態を実際に体験してみると思わぬメッリトがあることが明らかになった。

私自身は会社の仕事を離れてもう20年になるので、実体験をしたわけではない。またこれについての最近の状況を記した日本の記事もあまり目にしない。従って以下は、一歩先を行っている欧米の記事の紹介である。

先ず、長時間かけて通勤する必要がなくなった。勤務時間も自由になった。嫌な上司に仕事の邪魔をされることもなくなった。仕事の合間に、短時間家事をすことも自由にできるようになった。つまり、「ワーク・ライフ・バランス」を自分の裁量で実現できるようになった。

こうして、初めはコロナ禍で強制されたものだったが、実際に体験してみるとデメリットよりもメリットの方が多いことが判明したという。ある調査では、99%の従業員が「もう元の職場には戻りたくない」という意見だったという(4)。別の調査では、「たとえ10%収入が減ってもテレワークの方がいい」との意見が37%だったそうだ(4)。また、マイクロソフトの調査では、「テレワークがまったく認められなければ転職を考える」という社員が半数いたという(5)

もちろんテレワークの実現にはいくつかの条件をクリアする必要がある。特に音声を使う時は騒音に邪魔されないスペースが必要だ。私事で恐縮だが隣に住んでいる娘一家では親と学生二人が同時にネット会議を利用する時は我が家の空き部屋も使っている。

そして、テレワークの利用者の75%が、会社によるインターネットの費用の負担が不充分だと不満を表明しているという(4)

上記は、従業員側から見たテレワークのメッリトと若干の問題点だが、テレワークは経営者にとっても大きなメリットがある。「テレワークの普及」で触れたように、人員減に伴いオフィス面積を縮小できる。そして、駐車場、食堂、休憩室、トイレ等も削減でき、これらに関連する人員も減らせる。

「元の職場に戻す方法は?」

もちろん、テレワークの適用が困難な職種もあるし、また新入社員の教育など、適用が難しい期間もある(5)。そして、従業員の生産性向上のためには、やはり従来のような出社形態が望ましいと考えている経営者も多いようだ。そのため、いったんはテレワークに切り替えた従業員を再び従来の出社に戻すノウハウを記載した記事が多数出回っている。このこと自身、元の職場に戻すことの難しさを物語っているようだ。

内容としては、「カネをかけて職場環境をできるだけ魅力あるものにしなさい」というような平凡なものが多いが、結論は、「もう二度と完全に元の姿に戻すことはできないだろう」というものが多いようだ。

新勤務形態の定着が課題

業種や職種によりテレワークに適したもの適さないものがあるのは事実だし、同一従業員でも必ずしも常に一方の勤務形態がいいとは限らない。従って、これは「"1"か"0"か」ではなく、「どう使い分けるか」の問題だと思う。

コロナ禍で有無を言わさずテレワークを強いられてからまだ2年である。試行錯誤を続けて、落ち着くべきところに落ち着くにはまだ5~10年要するのではなかろうか? しかし、もし今回のコロナ禍がなかったら、これはさらに何十年か先になっていたかも知れない。「コロナ禍を奇貨として2020年代にドラッカーの夢が実現した」と後世の歴史家は言うかも知れない。

 

[関連記事]

(1)  "Technically Speaking: The Office-Free Lifestyle", IEEE Spectrum

(2) 「情報通信白書>2021年版>テレワークの実施状況」、総務省、2021年7月

(3) 「オフィス需要の減退感強まる 面積『縮小』意向が急増」、2020/8/20、日本経済新聞(電子版)

(4)  "Communication Technology and Inclusion Will Shape the Future of Remote Work", Business News Daily, 2021/12/02

(5)  "A ban on hybrid working? Workers say they would rather quit instead", ZDNet,

 

(完)


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