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音楽ソフト狂想曲

    

酒井ITビジネス研究所   酒井 寿紀    2021/10/30

iTunesベースの平和な時代が続いていた

10年余り前に、手持ちのCDをすべてパソコンのディスクに入れた。そして、新規に買う楽曲はすべてAppleのiTunes Storeで買うことにし、買った曲はダウンロードして同じディスクに入れておくことにした。

以後、CDに手を触れることはまったくなくなった。今でも一応書棚の片隅に収まっているが。

自分用のプレイリストを作成

こうして作ったディスク内の楽曲データは、自分専用のプレイリストのフォルダーに入れてある。中にはCDやオンライン販売のアルバムに対応しているフォルダーもあるが、そうでないものも多い。

例えば、モーツァルトの緩徐楽章(第2楽章が多い)ばかりを集めたフォルダーもある。これは私の臨終のときにかけてくれと女房に頼んであるが、実行してくれるかどうかは保証の限りではない。

また、道楽で一時クラリネットを吹いていたので、クラリネットの曲を集めたフォルダーもある。

また、曲単位でオンラインストアで購入し、歌手ごとに一つのフォルダーにまとめたものもある。

自宅でも、旅行先でも聴いていた

こうした楽曲データを聴くには、パソコンで再生して、パソコンにつないであるBoseのスピーカで聴いたり、携帯端末にコピーしておいて、自宅のステレオにBluetoothで飛ばせて聴いたり、旅行先でイヤフォンで聴いたりしていた。なかには本格的ステレオ装置を用意しているペンションもあって、携帯端末の音声出力をそこのスピーカにつなげば、高品質の音楽を大音量で聴くことができた。

女房はiPodにコピーして、家事をしながら聴いていた。

こういう平和な時代が10年以上続いた。

しかし、2010年代に音楽の世界に激変が起きた。それに対応して私が動き出したのは、2年前の2019年だった。

音楽配信のクラウドが始まる

音楽配信ビジネスがスタート

楽曲を指定して買うのではなく、会員契約をしていれば、いくらでも聴くことができるサービスが始まった。スウェーデンでSpotifyが2006年に設立され、日本では2016年にサービスが始まった。あらかじめ自分の好みを伝えておけば、その好みに合った曲を「おまかせ」で次から次へと聴くことができた。

このサービスには有料なものと、広告付きの無料なものがあった。有料なものを聴くにはサブスクリプション契約が必要だった。

Spotifyに続いてAmazon Musicも2007年にこういうサービスを開始し、Google Musicも2011年、Apple Musicも2015年に始まった。

しかし、こういう配信サービスでは、曲の選択や演奏順序が配信者まかせで、特にクラシックの場合は楽章単位でバラバラにしてシャッフルされるため、作曲者の意図は全く無視された。

また、知らない曲を聴いて、いい曲なので、曲名や作曲者を知りたいと思っても、その手段がなかった。

これらの点から、私はこういう配信サービスを使う気にはなれなかった。何か仕事をしながらBGMとして聴くにはいいのかも知れないが。

音楽の貸しスペース業が始まる

これらの音楽配信業者の中には、音楽を配信するだけでなく、配信用サーバの空きスペースを貸すところが現れた。Apple Musicはこういう空きスペースのレンタル・ビジネスを2011年に始め、それはiTunes Matchと名付けられた。

手持ちの楽曲をすべてこのサーバに入れておけば、世界中のどこからでも、どの端末からでも聴けるので、端末ごとにコピーする手間も要らず、大変便利だと思われた。

他の配信業者もこういう空きスペースのレンタル業を始めたが、私の場合はすでにすべてiTunesで聴けるようにしてあったので、Appleのサーバを使うのが最も相性がいいと思われ、これを使ってみることにした。

AppleのiTunes Matchを使ってみる

今までパソコンのメモリに格納していた楽曲データをAppleのクラウドにコピーしておけば、全端末からストリーミングで聴いたり、全端末にダウンロードしたりできるという。また他のユーザーとそのファイルをシェアすることもできるという。

しかし、問題は費用だった。音楽配信を含めたサービスには毎月980円要したので、年間12,000円近くになる。音楽配信なしにサーバのスペースを借りるだけだと年間3,980円で済み、費用が約3分の1になるが、それでもGoogle等の無料のクラウド・サービスに比べれば負担が大きい。そしてこの負担は、私だけでなく、将来楽曲データをシェアするかも知れない子供や孫の世代にも及ぶ。

私は、初期負担を無料にして、麻薬の世界に引きずり込もうとするようなビジネスよりも、応分の負担を求めるビジネスの方を評価する。しかし現在は「ネットワーク上の記憶スペースの提供は無料」というのが常識になってしまっているので、いかんともし難い。

そこで、Appleのクラウドの使用は止め、Googleのクラウドを使ってみることにした。容量に限界はあるが、何でも無料でここに入れておけるという。

クラウド側の作業は、ユーザが作ってアップロードした楽曲データを記憶しておき、要求されたらその中の曲をそのままダウンロードするか、音楽配信のソフトを使ってストリーミングで流すだけなので、たいした問題はないだろうと思っていた。ところが実際はまったく違い、とんでもない苦労を背負い込むことになった。

Googleのクラウドを使ってみる

アップロードできないフォルダーがある!

まず、iTunesで使っていた楽曲データをプレイリストごとGoogleのサーバにアップロードしようとしたが、これがまったくうまくいかない。

アップロードできたフォルダーもあるが、アップロードできないフォルダーも多数ある。同じ歌手でもアップロードされたフォルダーもあれば、アップロードされないものもある。システムの詳しい説明がないので、その差が何によるのか分からない。

そのうち、アップロードされないフォルダーには購入したアルバムに対応してなく、自分で作ったフォルダーが多いようだと感じた。こういうフォルダーには、いったんアップロードされるが、翌日にはきれいさっぱりと消え、影も形もなくなっているものもあった。そしてフォルダー名が、私がつけた名前から、購入したアルバム名に書き換えられていることもあった。

どうもユーザが指定したフォルダーより、購入したアルバムを優先しているようだ。そこで、従来のフォルダーの使用を全部やめ、原則として購入したアルバムに対応したフォルダーにした。自分で作っった、モーツァルトの緩徐楽章を集めたフォルダーやシングル盤を買って歌手ごとにまとめたフォルダーはダメかと思ったが、何とかなった。何ができて、何がダメなのか分からないが、こういうものはダメもとでやってみるしかないようだ。

こうしてプレイリストはほぼできた。しかし、問題はこれだけではなかった。

余計なお節介は困りもの!

アルバムで買ったクラシックの中には、第1楽章と第2楽章以降で名前の付け方が違うものがある。例えば小生が持っているモーツァルトのクラリネット五重奏の第1楽章には「Quintet in A for Clarinet, 2 Violins, Viola & Cello, K.581 - I. Allegro」という長い曲名が付いているが、第2楽章以降には「Quintet in A for Clarinet, 2 Violins, Viola & Cello, K.581 - 」がなく、例えば第2楽章は「II. Larghetto」だけなのだ。困るのは、Androidの「音楽」アプリが、こういう曲名の付け方の違いを無視して曲名をアルファベット順に並べて演奏するので、演奏順がメチャクチャになってしまう。そのため、曲名に番号を付けて、演奏順を指定しようとすると、楽曲ファイルでは曲名が変わっていても、Androidの「音楽」アプリは元のアルバムの曲名に戻してしまうのだ。

これはクラウドを使う場合に限らず、Androidで楽曲ファイルを扱う時はすべてこうなるようだ。

Googleはファイルを他のユーザとシェアする時の便宜を考慮して、曲名の変更などでユーザの自由を制約しているのかも知れないが、よかれと思ってしているお節介がユーザにはとんでもない迷惑になることがあるようだ。

そもそも、曲名をアルファベット順に並べて演奏するというセンスにはあきれる。シューベルトの「冬の歌」等も、すべてアルファベット順に並べ替えて演奏するのだ。

連続再生ができない

クラシックの曲を聴くときは、普通第1楽章から順番に続けて聴きたい。また、仕事をしながらポピュラー音楽を聴くときは、何曲かをまとめて再生できないと、1曲ごとに人手介入を要したのではわずらわしい。

そのため、Androidの「音楽」アプリでメモリ内の音楽データを再生する時は「連続再生」の設定ができるようになっている。ところが、クラウドの音楽やそれをダウンロードしたものを再生する時にはこの機能が使えないことがある。

こうなっている理由は不明だが、有料の音楽プレーヤーのソフトの販売を助けるために、無料のプレーヤーの機能を絞っていると疑いたくなる。

結局クラウドを使うのは止める

こうして、クラウドを介して、楽曲データを小生のパソコン以外の端末で利用することも、家族、友人などとクラウド上の楽曲データをシェアすることも困難なことが分かった。再生するには、Androidの無料の「音楽」アプリのほか有料のアプリもあるが、どれも上記の問題を完全に解決することはできないようだ。

そのため、パソコンで作った私のプレイリストをタブレットやスマートフォンにコピーする従来の方法に戻した。子供や孫の世代と楽曲データをシェアするには支障があるが、もうあまり旅行に出かけることもなくなった私自身にはこういう方法で充分だ。こうしてこの1年近くの悪戦苦闘はほぼ徒労に帰した。

クラウド上にも一応プレイリストを置いておく

では、このプレイリストをそのままクラウド上に置き、Andoid端末などで聴くとどうなるだろうか? これができれば、ユーザ間で楽曲データのシェアが簡単にできるわけだ。

まず、1曲ごとに曲名を指定して再生することは問題なくできるようだ。

曲を連続して再生しよとすると、上記のようにいろいろ問題がある。しかし、音楽プレーヤーによってはダウンロードしたものを連続再生することもできる可能性がありそうだ。

そこで、このプレイリストをクラウド上にも置いておくことにした。現在はその使い方に制約があるが、こういう制約は近いうちになくなる可能性もあると思われるからだ。

これらの出来事が示唆するもの

「シングルベンダー」か、「マルチベンダー」か?

私は従来、音楽については、楽曲データを買うのも、それをパソコンで聴くのも、Apple製品に頼ってきた。Appleだけの「シングルベンダー」の世界の住人だった。

しかししばらくして、楽曲データをタブレット端末やスマートフォンに入れておき、ヘッドフォンで聴いたり、Bluetoothで居間のステレオに飛ばせて聴いたりするようになった。

そして、それらの端末のソフトはGoogleのAndroidの「音楽」だった。

やがて、クラウドが普及すると、楽曲データをクラウドのサーバにも置いた。利用したサーバには、Apple、Amazon、Googleのものがあった。

こうして、「シングルベンダー」から「マルチベンダー」へと変わっていった。ユーザにとっては、身も心も一つのベンダーにゆだねる「シングルベンダー」の方が楽だ。しかしこれには、将来そのベンダーが使えなくなったり、法外な費用を要求したりするようになった時のリスクがある。こういうリスクを回避しようとするユーザは「マルチベンダー」化を試みる。

しかし、マルチベンダーに移行すると、いろいろな問題に直面した。例えば、多数の曲を連続して聴く設定が製品によって違った。また、この機能が用意されてない製品もあった。

一般にベンダーは、自社の製品群でできるだけユーザの「囲い込み」を図ろうとする。一方ユーザは、そうはさせまいと抵抗する。それはまさにITの世界全体の縮図だった。 

「濃厚サービス」か、「淡泊なサービス」か?

顧客には、自分で好きなようにやりたいので、余計な「濃厚サービス」を望まない人もいれば、何のサービスもない「淡泊なサービス」では物足りない人もいる。一方ベンダーには、「濃厚サービス」を売り物にして顧客のつなぎ留めを図ろうとするところが多い。

しかし、前にも触れたように、自分が聴くときに便利なように変えた曲名を勝手に元に戻したり、演奏順を指定するために追加した番号を勝手に取り除いたりするのは困ったものだ。曲を他のユーザとシェアする時は、販売元が付けた曲名が変わってない方が便利なこともあるかも知れないが、プレイリストの作成者に不便になったのでは本末転倒だ。

「濃厚サービス」の店しかない飲み屋街では選択の余地がない。「オーダーメイド」で必要なサービスだけを注文したいのに、どの店でも「レディーメイド」の「濃厚サービス」を押し付けられるようなものだ。「淡泊なサービス」の方がいい顧客もいることに店が気付いてもらうのを待つしかない。 

「有料」か、「無料」か?

インターネットで提供されるサービスや製品には「有料」のものと「無料」のものがある。「無料」のものは広告料や寄付で事業を成立させている。

クラウドのストレージ提供サービスについては、AppleとAmazonが有料、Googleが無料である。

クラウドに預けた音楽を聴くプレーヤーについては、AppleのiTunesとAndrioidの「音楽」は無料だ。これらの他、有料のCloudPlayer等もあるし、無料のプレーヤも多数ある。

有料、無料のどちらを選ぶかはユーザの自由だが、有料の方が機能が高いとは限らないので、選ぶときは注意を要する。

無料でも必ずしも広告付きとは限らず、ビジネス全体で採算が成り立てばいいと考えているところもあるようだ。

「クラウド」か、「自前の設備」か?

世の中、「クラウド」ばやりである。自前でストレージを用意しなくても、Googleは15GBまで(期間無制限)、Amazonは5GBまで(期間1年間)、無料で預かってくれる。

例えばGoogleでは、Google Driveというクラウド・サービスに預けておけば、それをそのままストリーミングで聴いたり、手元の端末にダウンロードして聴いたりすることができる。しかし、これを聴くプレーヤーのソフトとの相性については、現在はまだいろいろ問題があるようだ。

これが便利になり過ぎると、定額の音楽配信サービスの妨げになる恐れがあるため、故意に問題があるようにしているのかも知れない。これは「ゲスの勘繰り」だろうか? しかし、こんな状態が長続きするとは思えないので、いずれ改善されるだろう。

世の中は変わる

Appleは今世紀に入って一時、楽曲の不正コピー防止のため、楽曲データに鍵をかけ、コピーができないようにしていた。ファイル名の拡張子が「m4p」のものだ。

しかしAppleはしばらくしてこれを止め、値上げをすると同時に、従来通り自由にコピーできるように戻した。そして拡張子を「m4a」に変えた。

その間、Appleの社内外でどういう議論があったのか、私は知らない。しかし、購入者が自分で聴くためのコピーもできなくなったことに対する非難に、Appleは耐えられなくなったのだと思う。そのため、コピー防止版の購入者に配慮して値上げすると同時に、コピーを自由化したのだと思う。

このように、今日できないことも明日はできるようになることもあるので、今後も希望を持ち続けよう。

(完)


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