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   (2004)

コロナの恩恵(3) ・・・映像配信

    

酒井ITビジネス研究所   酒井 寿紀    2020/6/13

Netflixの利用者が1,600万人増加!

米国の映像配信会社であるNetflixの全世界の利用者が今年の第1四半期に1,600万人増えたという。昨年末に1億6,700万人だった利用者が、今年3月末には1億8,300人になったということだ。比率にすれば9.4%の増加である。最近の増加状況を見てみると、2019年第2四半期は270万人、第3四半期は680万人、第4四半期は880万人の増加なので、本年第1四半期の急増が目立つ(1),(2)

これは、コロナウィルスの流行で外出の自粛が要請されて「巣ごもり生活」を強いられ、映画館も閉館になったので、自宅で映画を見て時間をつぶそうと考えた人が急増したためだろうと推測されている。

特徴は「定額」と「ストリーミング」

自宅で映画を見る方法には、テレビ放送、ケーブルテレビ、レンタルビデオ等、いろいろなものがある。ではこれらに対してNetflixにはどういう特徴があるのだろうか?

Netflixは月当たり1,000円程度の定額で、見たい時に見たい番組を見ることができる。テレビ放送のように時間に縛られることも、録画予約の手間も要らない。また、レンタルビデオ店に出向く必要もない。

また、定額なので、見始めてつまらなければ、いつでも止められる。つまり、試写会のハシゴを無制限にできる。有料なので、民間放送のようにコマーシャルに煩わされることもない。

「ストリーミング」という、映像データのダウンロード開始直後から視聴を始められる技術を使っているので、ビデオソフトの販売サイトから映像データを事前にダウンロードしておく手間も時間も不要だ。この点はYouTubeの映像と同じである。

こういうストリーミング技術を使った定額の映像配信サイトとしては、Netflix(3)の他に、「Hulu(フールー)」(4)やAmazonの「Prime Video」(5)がある。細かい違いを別にすれば、上記のような特徴はほぼ同じである。したがって、何がしかのコロナの恩恵を受けたことは、これらもNetflixと同様と思われるが、大きく報道されなかったので詳細は分からない。

Netflixがストリーミングによる映像の提供を始めたのは2007年で、2019年末の契約者数は1億6,700万人、Huluが一般に提供を始めたのは2008年で、2019年末の契約者数は3,000万人ということだ。Amazonがストリーミングで映像の提供を始めたのは2011年だが、プライム会員には本サービスを無料で提供しているため、実際に何人が利用しているかは不明である。

こういう状況なので、報道機関はNetflixを代表として取り上げたのであろう。

今後の課題は?

定額のストリーミング・サービスには上記のような利点があるため、ここ当分の間、映像提供手段の主流になるのではないかと思われる。

しかし一方、それを取り巻く技術や製品、ビジネス環境が充分成熟していないため、上記の利点を充分に生かし切れていないように思う。

ここでは、「テレビのモニターの共用」、「ライブラリの充実」、「コンテンツ制作の分離」の3点を取り上げよう。

テレビのモニターの共用

映画やビデオは書斎等で一人で見たいこともある。その時はパソコンの画面で見れば充分だ。また、その続きを電車の中や旅行先で見たいこともある。その時は、スマートフォンやタブレットで見ればいい。

しかし、居間で家族と一緒に大画面のモニターで見たいこともあるだろう。そういう人のために、40型や50型のパソコン用モニターも販売されている。しかし、居間にはすでに大画面のテレビがある人も多いだろう。そういう人にとっては、居間にテレビ用とインターネット用に2台のモニターを設置することになる。これは、費用の点からも、スペース上からも望ましくない。

そこで、インターネットの画面をテレビ用モニターで見ることができれば、この問題は解決する。ところがこれが現在簡単にはできない。

数年前には、私が使っていたタブレットにマイクロHDMI端子がつていて、これをテレビ用モニターのHDMI端子の一つにつなげば、インターネットの画面を大型のテレビ画面で見ることができた。こうして私は、YouTubeの米朝の落語等をテレビの大画面で見ていた。

本当は、HDMIのケーブルを引っ張りまわさなくても、無線でつながれば一番いいのだが、有線でも当面は仕方がないと思っていた。

有線か無線かに関係なく、モニターの画面を見ながら、プログラムの選択、一時停止、巻き戻し、早送り等の操作ができることは必須である。例えば、パソコンが書斎にあって、そこから無線で画面を居間に送ったのでは、こういうことはできない。

また、最近はインターネットに直接接続できる、いわばパソコン内蔵のテレビも販売されているが、こういうものを使うと家庭内に実質的なパソコンの台数が増え、セキュリティ上好ましくない。わが家ではセキュリティ会社と5端末まで使える契約をしているが、家族を含めてパソコン2台、スマートフォン2台、タブレット1台を対象にしているため、これ以上端末を増やすには契約を変更する必要がある。

タブレット、スマートフォン等の携帯端末をリモコン代わりに使えば、別にテレビのリモコン等に触る必要がなく、手元で画面の操作ができるので便利だ。

ところが、3年前の2017年にタブレットを買い替えたら、マイクロHDMI端子がついてなく、こういう使い方ができなくなった。これはこの機種だけの問題ではないようだ。その後に現れたUSBタイプCの端子を使えば似たようなことができるようだが、業界全体としての世代交代がうまくいってないようで、誠に困ったものだ。

家庭内での映像データ伝送の無線化については、Wi-Fiをベースのしたもの等いろいろ現れているが、まだ業界全体での「事実上の標準」となるものは確立していない。しかし、そのニーズは今後ますます高まると思われるため、近年中に実現するだろう。

ライブラリの充実

「好きな映画やドラマを好きな時に・・・」という謳い文句なので、数多くの古今東西の名画がいつでも見られるものと思っていたが、実際にはまるで違った。

例えば次のような作品は、現在NetflixやHuluでは見ることができない。英語の映画では、「モダン・タイムス」、「街の灯」、「駅馬車」、「風と共に去りぬ」、「カサブランカ」、「第三の男」、「ローマの休日」、等々・・・ また、フランス映画では、「望郷(Pépé le Moko)」、「巴里の屋根の下」、「禁じられた遊び」、等々・・・ 日本の映画についても、古い名画はほとんど見ることができない。

但し、Prime Videoではこれらの作品も視聴できる。これは経営方針の違いによるのだろう。

では、Netfix等でどういう作品が見られるかというと、「ゴッドファーザー」、「ベン・ハー」、「インディ・ジョーンズ」等の大作もあるが、最近のアクションもの、恋愛もの、コメディが圧倒的に多い。そして、韓国映画が多いことに驚く。最近の若年層の嗜好を反映しているのだろう。確かに、私のような化石人間に近い視聴者を相手にしていたのでは商売が成り立たないのかも知れない。しかし、文化遺産の継承という意味で、これで本当にいいのだろうか?

一方で、「モダン・タイムス」、「街の灯」、「駅馬車」、「望郷」等、最近はYouTubeで全編を見ることができる映画もある。日本では映画の著作権の期限が公表後70年で、今後著作権切れの映画の数は年々増える。従って、YouTubeで公開される名画もこれからどんどん増えるだろう。日本では「青空文庫」が著作権切れの文学作品をインターネットで無料で公開しているが、いわば「青空文庫」の映画版がYouTube上に出現するわけだ。

そうなれば、著作権切れの作品の市場競争にYouTubeが加わり、さらに競争が激化することになる。かたや、コマーシャルがない有料サービス(Netflix等)、かたや、コマーシャル付きの無料サービス(YouTube)である。

こうして、ストリーミングによる映画やビデオの提供が広く一般に普及し、それをテレビ用のモニターで簡単に見ることができるようになれば、ケーブルテレビや衛星放送の映画専門チャネルは消滅するかも知れない。これらは、見たい時に見るためには、録画予約が必要なためだ。

コンテンツ制作の分離

Netflixは、他社が制作した映像を提供するとともに、自らも映画の制作に力を入れている。同社は2013年に映像コンテンツの共同制作に乗り出し、近い将来にコンテンツの半分は自社製にしたいと言っている。そのために2018年には80億ドルかけるということだ(6)。自社製コンテンツに力を入れているのはHuluも同じである。

コンテンツの制作と配信を同一企業が行うのは、民間企業にとってまったく自由である。現に、テレビ局は番組の制作と配信を同時に行っている。また、米国のWalt Disneyのように、コンテンツ制作から始まってテレビ放送まで取り込み、ユーザーを囲い込もうとしている企業もある。

しかし、コンテンツの制作と配信はまったく性格が違う事業であることを忘れてはならない。

新事業の勃興期には、関連事業も手掛けないと市場が育たないことがよくある。電力の発送電と電気製品の関係等だ。電燈やラジオなどの便利な電気製品がなければ電力を契約する人はいないし、電力の供給網がなければ電気製品を買う人はいない。そういう意味で、トマス・エディソンが両分野を手掛けたことには大きな意味があったと思う。

しかし時代が進むと、発送電事業と電気製品の製造販売は分かれていった。分かれることによって、企業は有限な資源を一分野に集中してサービスや製品の品質を向上することができ、消費者は電力会社に関係なく最も要求にかなった電気製品を選ぶことができるからである。

映像の視聴者にとっては、一つの配信システムで、コンテンツ制作会社に関係なく、古典的作品から最新作まで何でも見ることができることが望ましい。

そして、配信システムの担当部門にとっては、自社製・他社製に関係なくコンテンツを提供することによってユーザーを増やすことが望まれるし、コンテンツ制作部門にとっては、多数の配信システムを介してできるだけ多くの人に見てもらいたいだろう。

配信システムとコンテンツを「くくりつけ」にすることによってユーザーを囲い込もうとするのは、成熟したコンテンツ配信の市場にはなじまないのではないだろうか?

 

[関連記事]

(1)  "Everyone You Know Just Signed Up for Netflix", April 21, 2020, The new York Times

(2) "Number of Netflix paying streaming subscribers worldwide from 3rd quarter 2011 to 1st quarter 2020",  

(3) "Netflix", Netflix(株)

(4) "Hulu", HJホールディングス(株)

(5) "Prime Video", Amazon

(6) "Netflix plans to spend $8 billion in 2018 to help make its library 50 percent original",


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