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フアウェイの正しい対処法は?
・・・ネグロポンティによる
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2019/8/8
わが家はフアウェイ製品が占拠
わが家のモバイル端末はすべて中国のフアウェイ社の製品だ。すべてと言っても、妻と私のスマートフォン、二人で共用しているタブレットの計3台だが。
これは、「大量に生産されている、極力安い製品を、生産地やメーカーに関係なく使ってみる」という私の方針による。そのため、20年以上前からパソコン(ノートPCを含む)は台湾製か中国製(米国企業の生産委託品を含む)になり、モバイル端末は全部フアウェイ製になってしまった。
なお、日本では一般に、「華為(Huawei)」を「ファーウェイ」と記しているが、これはあまり適切な表記ではないので、本稿では「フアウェイ」と記すことにする。中国語でも英語でも「fa」と「hua」は別の音なので、日本語でも区別した方がよい。
当初は、台湾や中国の製品の品質を心配していた。しかし今までのところ、多少の問題はあっても、実用上支障ない範囲だ。
注意しているのは、メーカーがプリインストールしているソフトには得体が知れないものが多いため、極力使わないようにしていることぐらいだ。
トランプの暴挙?
フアウェイには安全保障上の問題があると言って、米国政府が目を付けていたので、一抹の不安を感じていた。しかし、特に消費者用の端末については、全世界でトップグループのシェアを占めているので、たいしたことにはならないだろうと、タカをくくっていた。
ところが米国のトランプ政権は、昨年(2018年)12月から同社に圧力をかけ始め、今年5月、同社との自由な取引をいっさい禁止するという政策を打ち出した。
フアウェイはスマートフォンなどに、事実上世界標準のAndroidというOSを使っている。そのOSの提供元は米国のGoogleで、またそのアプリケーション・プログラムの販売(無料ソフトを含む)もGoogleが市場を管理している。そのため、フアウェイがGoogleと取引できなくなるということは、Androidを使えず、Androidのアプリの提供もできなくなるということで、事実上スマートフォン等の販売は不可能になるということだ。これはフアウェイの死命を制することになる。
フアウェイはこの他にも米国企業が供給している部品を多数使っている。
安全保障上の問題の具体的根拠を何ら示さずに、民間企業間の取引を一方的に禁じるのは、まさに暴挙以外の何物でもない。
安全保障上の問題というのは言いがかりであって、真の狙いは貿易収支の改善なので、本規制は遠からず撤回されるだろうと思っていた。しかし、貿易交渉は現在継続中でまだ先が見えない。
トランプ政権はヨーロッパ諸国にも同様の規制を求めているようだが、素直に同調している国は少ないようだ。
米国内で、もっと反論が沸き上がることを期待していたが、それほどでもないようだ。ところが、私が知らなかっただけなのだが、MITのニコラス・ネグロポンティ教授が、米国政府が本年5月15日に正式規制を発表する前の5月8日に、本規制を痛烈に批判する意見を公表していた。最近それを読んで「我が意を得た」という思いがしたので、以下にその概略を紹介したい。
ニコラス・ネグロポンティ
ニコラス・ネグロポンティとは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授で、1985年に同大学の研究所であるメディア・ラブを創設し、長年その所長を務めていた人だ。情報科学の進歩が社会に与える影響について深く洞察し、1995年に出版した「Being Digital」では、「今後、本、画像、音楽、映像等のあらゆる情報がデジタル化されるようになるだろう」と唱えた。その後の20年余りを今振り返ると、まさにこれを実現してきた歴史のように思われる。
この人は現在のトランプ政権の政策に何と言っているだろうか?
「フアウェイを禁じるな。代わりにこれをやれ。」
本年5月8日の「Fast Company」にネグロポンティの「フアウェイを禁じるな。代わりにこれをやれ。(Don't ban Huawei. Do this instead.)」という記事が掲載された(1)。以下にその概略を記そう。
前半では、フアウェイとの取引を禁じることの弊害を指摘する。
「現在米国政府は企業や大学に、フアウェイと商取引や共同研究をしないよう圧力を加えている。しかし、本政策が「次の段階」(訳者注)に入り正式に規制を始めても、米国の通信ネットワークがより安全なものになることはないだろう。それどころか、米国の企業と消費者は、安全になったと誤った幻想を抱くので、実際にはかえって危険が増すだろう」
(訳者注)この「次の段階」は、本記事掲載の1週間後の5月15日に、トランプ政権がフアウェイを正式に商取引禁止企業にすることを発表したので、もうすでに始まっている。
「具体的根拠を欠いたフアウェイに対する非難によって、米国内で安全に関する冷静で理論的な議論が妨げらる。そのため、事実関係の詳細な調査がないがしろにされ、米国の技術の進歩が妨げられる。フアウェイは通信分野で最も進んでいるパートナーなので、そことの共同研究を禁じられることはわれわれMITにとって大変な痛手だ」
「フアウェイは昨年、世界で第5位の技術開発投資をし、その金額はアップル、インテル、GEを上回る。フアウェイの活動を禁じれば、企業間競争が減り、原価が上昇し、 消費者の負担が増え、品質が低下する。米国では無線通信機器市場の90%以上をエリクソンとノキアが占めているので、市場競争の低下の弊害が特に顕著だ。このような市場の寡占により、小規模な通信事業者は、高価な通信機器の購入を余儀なくされ、長年不満を抱いている」
「市場競争の活性化の恩恵は価格面だけに限らない。フアウェイが排除されれば、小規模な通信事業者がネットワークを拡大し、今後5G等の新技術を提供することが困難になる」
「フアウェイ製品の使用が禁止されれば、小規模な通信事業者は既設の同社の製品を廃棄し、高価な製品に買い替える必要に迫られる。そのため、中には破産する企業がでる恐れもある」
「被害は小規模な通信事業者に限らず、その顧客である、家庭、学校、中小企業等に及ぶかも知れない。これらには大規模な通信事業者のサービスが及ばないことがあるからだ」
では、どうするべきか? 機密情報を収集したり、それを中国のサーバに送信したりする可能性があるのは、(ハードウェア自身ではなく)その上で動くソフトウェアだ。そこで、ネグロポンティは具体的解決策を示す。
「米国の通信ネットワークで使われる全ソフトウェアを詳細にわたって検査する体制を作るべきだ。ドイツ、イギリス等、一部の国では既に実施している」
「通信ネットワークのセキュリティを確保するには、特定の国の特定の企業の機器だけを排除すればいいというものではない。セキュリティの活動は『対象とする国や企業に無関係に行うべきだ』(country- and company-agnostic)」
これは特に重要な点なので補足すると、もし中国が米国政府の機密情報を収集して中国に送信しようとするなら、何も中国製品を使う必要はなく、どこ製であろうと米国内の通信機器のソフトウェアに目的のコードを埋め込めば済むからだ。もちろんこういう悪さをするマルウェアを検出し排除することにセキュリティを専門とする企業は全力を挙げているが、それでも不正ソフトは後を絶たない。これは、鍵屋と泥棒の競争で、その戦いは今後も永久に続くだろう。
そして、何も中国人に限らず、世界中の通信機器メーカーに、通信機器に細工を施す可能姓のある技術者はいくらでもいる。最近も、お膝元のCIAの職員が政府の機密情報を全世界にバラまいて大騒ぎになった。
したがって、フアウェイの製品や中国人だけを排除すれば済む話では、まったくない。そういう意味では、トランプ政権のこの政策は、暴挙というより愚挙である。
ネグロポンティは最後に言う。
「全世界の技術のリーダーとしてのポジションを望むなら、米国は他国の最先端の企業を排除するのではなく、それらと協力を進めるべきだ」
なぜ日本にはこういう人がいないのだろうか?
上記のようにこの政策は、安全保障上の意味があるとは思えないが、中国企業を困らせ、貿易収支を改善する上では、米国にとって一定の意味があるかも知れない。しかし、他の国の人達は、安くていいものが使えなくなり、被害をこうむるだけだ。そしてこれは、ネグロポンティも指摘するように、5Gの普及を遅らせ、ひいては通信技術の進歩の足を引っ張ることになる。
そのため、トランプの強力な要請にもかかわらず、ヨーロッパ諸国の政府も積極的には同調していない。しかし、複雑な国際関係が絡むため、表だって反論している国は少ないようだ。これも致し方ないことだろう。
日本政府も、フアウェイ製品の採用を控えるよう通信事業者に圧力をかけたと言われている。正式要請があったのか、単なる意向の伝達程度だったのか、あるいは、民間企業が言外の圧力を感じて政府の意向を忖度したのかは分からない。しかし、通信事業者は一時フアウェイ製スマートフォンの販売を中止した(2)。日本政府がトランプ政権に反対できる立場になく、また民間企業が将来の顧客のリスクを極力回避せざるを得ないことを思えば、これもやむを得ないことであろう。
しかし、報道機関、大学関係者等、こういう政治的配慮が本来不要な人達からも、トランプの政策に対する反論があまり聞けないことを非常に残念に思う。日本にはネグロポンティのような人はいないのだろうか?
[関連記事]
(1) Nicholas Negroponte, "Don't ban Huawei. Do this instead.", 2019/5/8, Fast Company
(2) 「ファーウェイ相次ぐ販売停止 アマゾンジャパンなど」、2019/5/24、日本経済新聞