無料クラウドサービスが大流行だが・・・
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2018/9/5
無料クラウドサービスが大流行!
従来、電子メールの送受信にはパソコンのソフトが使われてきた。
しかし最近は、GoogleのGmail等を使えば、パソコン側はブラウザだけでメールの送受信ができる。送信用のアドレス帳も、送受信したメールもサーバが保管してくれるので、世界中のどこからでも、パソコン、タブレット、スマートフォン等、どの端末からでもメールを送受信したり、過去の送受信メールを参照したりできる。端末側のメモリ容量も少なくて済み、極めて便利だ。
また、LINE等のチャット・システムを使えば、即時に短文メールの交換ができる。技術音痴のわが女房でさえ孫娘との連絡に毎日のように使っている。これもサービス提供会社が、いつ、誰と、どういうやり取りをしたかを全部記録しているから、どこからでも見ることができる。
そして、Facebook等のソーシャル・ネットワーキング・サービスを利用すれば、登録してある友達や全世界に対して、伝えたい情報を流すことができる。
また、Googleの「カレンダー」等のスケジュール管理システムを使えば、世界中のどこいても、どの端末からでも、自分のスケジュールを確認したり、追加・変更したりできる。
そして、文書、写真、動画など、何でも保管してくれ、世界中どこからでも取り出せる、無料の貸倉庫のようなサービスがある。これは、火災やパソコンの盗難に備えて、ファイルを別地保管するのに使えるほか、鍵を渡しておけば他の人も利用できるので、グループ内で写真を開示する時などに便利だ。
これらはすべて、データがサーバ側に格納されているので、こういうことができるのだ。
同様にサーバ側でユーザのデータを保管しているサービスに、amazon等の販売サイト、電子書籍の販売サイト、iTunes Store等の音楽や映画の配信サイト等がある。これらの企業も、ユーザの購入履歴や商品の発送先、費用の引落口座等をサーバに保管している。しかし、これらの企業は有料の商品の売上で事業を成り立たせているので、ユーザに何も売らないメールやスケジュールの無料サービスとは基本的に異なる。
また、販売サイト等のユーザは、事前に情報を登録しておくことにより、購入の度に発送先や引落口座を連絡する手間がなくなり、購入履歴に基づいて類似商品を紹介してくれるので、便利なことも多い。そして、こうした利便性の向上は直接売り上げの増大に結びつく。
それに対し、アドレス帳、メール、スケジュール表などのサービスの提供は、直接収益に貢献することはない。ではなぜ、これらのサービスの事業者は、こういうサービスに力を入れているのだろうか?
無料クラウドサービス事業者の本質は広告配信業者!
無料クラウドサービスの事業者は、ユーザのアカウント情報から、年齢、性別、居住地、学歴、職歴等の情報を得るとともに、交友関係、商品の購入履歴、旅行先等から、最近の行動状況や嗜好を把握する。これらの情報を活用して、そのユーザが閲覧するウェブページに、そのユーザにマッチした商品の広告を表示する。
こういう広告の配信手法は「行動ターゲティング広告」といわれる。例えば、ある土地の観光情報を閲覧したユーザには、その後閲覧するウェブページに、閲覧記事の内容とは関係なく、その土地の宿泊施設やレストラン、そこへの交通機関の広告などを掲載する。これは、テレビや新聞の広告と違い、そのユーザの関心が高いと思われる広告に絞り込んで配信するため、効率がいいといわれる。
こうした広告の効率をできるだけ高めるため、無料クラウドサービスの事業者は、そのサービスを通じてユーザのありとあらゆる情報を集めようと努める。例えば、「地図」や「ナビ」のサービスでユーザの位置情報がつかめる。また、別の無料クラウドサービスの事業を買収すれば、そこからユーザの別の面での行動が分かり、そのユーザの情報量を増やせる。 例えば、GoogleはYouTubeを買収することによって、ユーザの動画の閲覧履歴を把握できるようになった。
このように、無料クラウド事業者の最終目的は広告配信事業なのである。クラウドサービスは、配信する広告の的を絞るための手段なので、「無料」で提供しても構わないのだ。
Googleは、「当社の使命は、全世界の情報を集めて体系化し、広く提供することである」と言っている。これも嘘ではないかもしれないが、情報収集は広告配信業拡大のための手段に過ぎないというのが実態である。
クラウドサービスを使うしか手はないのか?
クラウドを使えば、端末側の負担が少なく便利な面もある。しかし、例えば、個人が使うアドレス帳やスケジュール表をインターネットの向こう側のサーバに置かなければならない必然性はない。これらは基本的に他の人には無関係なものだからだ。
クラウドを使わずに、これらのデータをどの端末からも使えるようにできないものだろうか? その可能性は実は充分にある。それには、「ファイルシェア」と「データの同期化」の二つの技術的問題を解決すればよい。
ファイルシェア
アドレス帳などを、パソコン、タブレット、スマートフォン等の複数の端末で共用するためには、まずこれらの端末を自宅のLANや無線LAN(Wi-Fi)で接続する必要がある。いわゆる「ホームネットワーク」の構築で、これは既に実現済の人も多いだろう。
そして、ネットワークでつながっているこれらの端末のOSに、ファイルをシェアする機能が必要である。
マイクロソフトのWindowsには、Workgroup、HomeGroup等と名前が変わってきたが、ファイルシェアの機能がある。これによって、一つのパソコンからLANでつながっている別のパソコンのファイルを見に行くことができ、必要に応じてファイルをコピーしたり、書き換えたりすることもできる。SMB (Server Message Block)によるLANベースのファイルシェアといわれるものだ。
小生はこの機能を使って、バックアップファイルを別のパソコンに保管したり、アドレス帳等を別のパソコンにコピーしたり、古いOSでしか動かないアプリケーションや機器を古いパソコンで動かして、その結果を新しいパソコンに取り込んだりしている。
同様のことが、パソコンとタブレットやスマートフォンとの間でもできることが望まれた(1)。これも最近はできるようになった。AndroidのX-plore等のアプリによって、タブレットやスマートフォン側からパソコンのファイルを見たり、コピーしたりできる(2)。
しかし、マイクロソフトは2018年4月に、Windows 10の従来のHomeGroupのサポートを止め、Nearby Sharingというものに切り替えた(3)。小生はWindows 10を使っていないので、その後Androidとのファイルシェアが従来同様にできるのかは分からない。この変更で、もし従来のLANベースでのファイルシェアの機能が低下し、Android等とのファイルシェアに支障をきたしているなら、ユーザを無視した時代逆行の施策と言わざるを得ないだろう。
地理的に分散しているグループの中でファイルをシェアしたい時は、単純なLANベースのシェアだけでは不可能だ。しかし、インターネットで接続されている、いくものLANを論理的にあたかも一つのLANのように見せかける技術も普及している。バーチャルLAN(VLAN)といわれるもので、多数の事業所を抱える企業などで広く使われている。この技術を使えば、全世界に散らばっている事業所間でLANベースでファイルシェアすることも可能だ。
データの同期化
アドレス帳等を複数の端末で共用するためには、ファイルをシェアするだけでは不充分で、一つの端末でのデータの更新が他の端末にも反映される必要がある。「データの同期化」といわれるものだ。
アドレス帳やスケジュール表をクラウドに預けておけば、クラウドのサーバと各端末間でこの同期化をやってくれるが、クラウドサービスを使わなくても同期化する方法はないものだろうか?
詳しいことは知らないが、Androidやアップル等のUnix系のOS、そしてWindowsには"rsync"というデータの同期化の機能が用意されているという。従って、これをユーザのファイル間で使えるようにすることは容易にできるのではないかと思われる。この機能をユーザに開放してないのは、開放するとクラウドサービスの利用者が減ってしまい、広告配信業に支障をきたすためというのは考えすぎだろうか? ここでも、広告配信事業者とOS提供者が同一なのが災いしているかもしれない。
クラウドはリスクを伴う
クラウドサービスを使うということは、インターネットにデータを流し、外部のサーバにデータを置いておくということだ。自宅のディスクに置いておくのに比べれば、外の世界に触れる機会がはるかに多く、それだけ、漏洩、盗難、紛失、消去等の危険が増える。
先日、日本経済新聞に、自分がクラウドに預けているデータを念のために調べてみたら、始末書の下書き、住宅ローンの書類、自宅の設計図等もあって愕然としたという記事が出ていた(4)。資産やパスワードの一覧表等をクラウドに置いている人もいるだろう。
火事や盗難に備えて、これらのファイルを別地にも置いておくことは重要である。しかし、暗号化もせず、他人にも読めるような形で置いておくことは避けなければならない。
もちろん、クラウドサービスの事業者はデータの扱いについてユーザと規約を定めており、またその事業者は従業員と、顧客データの扱いについて契約を結んでいるはずだ。しかし、コンピュータや通信回線には事故は付きもので、また雇用契約を破る従業員は後を絶たない。CIAの従業員でさえ雇用契約に反して情報を漏洩し、全世界を騒がせたのだ。
必要ないクラウドは通信回線の無駄遣い
クラウドを使うことのもう一つの問題は、通信回線の負荷が増えることだ。
クラウドを有効に使うのは結構なことだが、クラウドを使わなくてもいいことにクラウドを使うのは、地球上の有限な資源やエネルギーの浪費なので避けなければならない。
一時「シンクライアント(Thin Client)」という言葉が大流行した。クライアントのパソコンでやっていたデータ処理をすべてサーバに移して、クライアントの機器をできるだけ単純化するべきだという主張だった。小生はこの主張に異を唱えたことがある(5)。
当時 「シンクライアント」システムの実現に力を入れた企業もあったが、結局それは主流とならず、その後のスマートフォンの大流行は、ある意味で「シンクライアント」とは全く逆の方向に向かうものだった。最近は「シンクライアント」という言葉をほとんど目にしなくなったようだ。
「シンクライアント」も「クラウド」も、データ処理をサーバに集中するという意味では共通なところがある。サーバ側で行うべきか、クライアント側で行うべきかはそれほど単純な問題ではなく、永遠に続く問題だ。サーバ側で行うことをビジネスにしている事業者の話だけ聞いていたのでは判断を誤る。
無料クラウドサービスの利用は必要最小限に!
上に記したように、クラウドサービスには便利な点も多いが、デメリットもある。従って、クラウドサービスを利用する時は、他に方法がないかをよく検討して、必要最小限にするべきだ。
アドレス帳やスケジュール表のように、データの同期化が必要なものにいては、上記の通り、現在はクラウドサービスを使わないと問題がある。しかし、前出の貸倉庫のようなサービスには同期は要らない。従って、少なくとも、こういうもののためにやたらとクラウドサービスを利用するのはあまり薦められない。
そしてデータの同期化の問題ついても、近年中に解決されることを期待したい。
[関連記事]
(1) 酒井寿紀、「スマートフォンもホーム・ネットワークの一員に!」、OHM、2012年1月号、オーム社
(2) "How to connect to an SMB share from your Android device", TechRepublic
(3) "How to share files and printers without HomeGroup on Windows 10", 29 May 2018, Windows Central
(4) 「始末書もローン書類も あらゆる情報、グーグルに」、2018/7/20、日本経済新聞
(5) 酒井寿紀、「シンクライアントは最善策か?」、OHM、2007年11月号、オーム社