想像力が足りない!・・・「戸籍情報システム」に思う
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2018/3/21
「戸籍情報システム」がバラバラ!
「日経コンピュータ」2018年2月1日号に「戸籍へのマイナンバー導入に壁 データ不統一、連携は手作業」という記事が掲載されていた(1)。それによると、法務省が進め、各市区町村が構築・運用している「戸籍情報システム」は、「データ仕様がバラバラで、マイナンバーとひも付ける作業負荷が高く、正確性にも問題が残る」という。そのため、戸籍システムとマイナンバー・システムの連携が一部手作業になり、事務機械化の目標達成に支障を来しているそうだ。
その原因は、戸籍情報システムを、法務省が定めた標準仕様書に基づいてシステム・ベンダー8社が開発し、各市区町村がその中から自分に適したものを選んだので、細かいデータ形式などに相違があるためだという。例えば、外国人の婚姻届や、未記載項目の扱いなど、標準仕様が不完全な点について、自治体が独自ルールを設けているケースもあるそうだ。
中央集権か?地方分権か?
こういう、全国の地方自治体で使われるようなシステムの開発には、中央で仕様を決め、場合によってはソフトウェア自身も一括し開発する方法と、中央では必要最小限の共通仕様だけを決め、細部の仕様やソフトウェアの開発はできるだけ地方自治体に任せる方法がある。「中央集権」の道を行くか、「地方分権」の道を行くかである。
地方自治体が使っているコンピュータには、メインフレーム、オフィスコンピュータ、パソコン等、いろいろなものがある。そして、そのベンダー、使用OSも様々だ。そのため、戸籍情報システムも、個々のシステム環境に合った種々のものが要求され、それをすべて中央で一括して開発することは実際的ではない。 またシステム・ベンダーについても、何社かに競わせた方が安くていいものができる可能性があり、業界全体としての育成上も好ましい。
そして、今世紀初めの小泉内閣の時代以来、「地方でできることは地方で!」と、行政全体の「中央から地方へ」のシフトが強く叫ばれてきた。
しかし、全国の自治体で使われるようなシステの開発についてこれが行きすぎると、全国で似て非なるシステムを多数作ることになって、トータルでの開発費は増し、それはすべて国民が税金で負担することになる。そして何よりも、細部について仕様の異なるシステムが多数作られる恐れがあり、他のシステムとの連携などに支障を来す。
この問題を小生は、2004年に、「『中央から地方へ』の落とし穴」という記事で指摘した。「中央から地方へ」のいい面を取り入れる必要があるのはもちろんだが、特に全国で使われるようなシステムの開発に当たっては、落とし穴に落ちないよう注意が必要だとそこに記した(2)。
では、実際の「戸籍情報システム」はどのようにして開発されたのだろうか?
管理体制が疑問!
戸籍システムについては、1994年の戸籍法の改正で初めて磁気媒体の使用が認められ、それ以来、法務省民事局民亊第一課が中心になって、「戸籍情報システム」の開発が進めらてきた。実際には、民亊法務協会という、当時の法務省所管の財団法人に、「戸籍事務コンピュータ化調査研究会」という研究会が設けられ、ここが「戸籍情報システム」の「標準仕様書」を作成した(3)。
その後この研究会は、日本加除出版という法務関係などの書籍の出版社に移管され、「戸籍標準仕様研究会」という名前になった。そこに、法務省民事局民亊第一課、豊島区、新宿区などの官公庁、日立製作所、日本IBM、日本電気、富士通などのシステム・ベンダーなどから派遣された研究員が集められ、500ページを超える「戸籍情報システム標準仕様書」が発行された(3)。
この研究会の活動の実態はよく分からない。しかし、こういうシステムは、実際にシステムを構築する段階になると、システムごとに細かい相違点が生じる可能性がある。上記の「日経コンピュータ」の記事でも、外国人の扱い、記載漏れ項目の処理などで食い違いが生じたと指摘されている。また、当初は万全な仕様であっても、その後の法令の改正、外国人労働者の増加などの実態の変化に合わせて、仕様を追加・変更しなければならないことも多い。
また、情報機器、ネットワーク、関連ソフトウェアなどもどんどん進化し、クラウドなど新しい技術も出現する。これらを仕様に反映させる必要も生じるだろう。
従って、標準仕様は一度作れば済むというものではなく、常にこれら環境条件の変化に対応していかなければならない。はたして、官庁や企業から集められた派遣者の混成部隊で、こういう要請に対して適切な対応ができていたのだろうか? 作業は外部の団体に委託しても構わないが、仕様の根幹を維持管理する責任体制は明確になっていたのだろうか?
想像力が足りない!
ちょと想像力を働かせれば、こういう維持管理体制の必要性、重要性は容易に想像がつくはずだ。
政府が進めてきた政策には、他にも想像力が足りないと思われるものが多い。最近の二、三の例を挙げよう。
今年2月、コインチェックという仮想通貨の取引所から仮想通貨が大量に盗まれて大問題になった。政府は仮想通貨の取引の課税方法などについては熱心に検討していたようだが、一般利用者の資産を守るための取引所の規制については検討が遅れていたようだ。これは金庫に鍵がない銀行の営業を認めていたようなものだ。鍵がない銀行があれば何が起きるかは容易に想像がつくはずだ。政府の最優先の仕事が国民の安全を確保することだとすれば、どっちがより重要かは自ずから明らかだろう。
政府は10年以上前から所得税の電子申告に力を入れてきた。しかし、それを行うためにはマイナンバーカードとそのリーダーが必要だったので、その普及は難しいだろうと容易に予想できた(4)。しかし政府は、根本問題の解決はなおざりにして、利用率の定義を変えたり、税務署員に作業を代行させたりして、見かけ上の利用率の数値を上げることに努めてきた。だが、それにも限界があるため、ついに2019年度からマイナンバーカードを不要にすることにした(5),(6)。
また、マイナンバー制度自身は必要だと思うが、マイナンバーカードの必要性は疑問だ。現在マイナンバーカードの交付率は1割強だという。今後電子申告にこれが不要になれば、今まで以上にその普及にブレーキがかかるだろう。このカードを考えた人は、どういう世の中の出現を思い描いていたのだろうか?
官庁が新人を採用するに当たっては、学校の成績より、もう少し想像力を重視してもらいたいものだ。いや、特に想像力が豊かでなくても、普通の想像力があれば充分だと思うのだが・・・
[関連記事]
(1) 「戸籍へのマイナンバー導入に壁 データ不統一、連携は手作業」、日経コンピュータ、2018年2月1日号、日経BP社 (有料:108円)
(2) 酒井 寿紀、「『中央から地方へ』の落とし穴」、Computer & Network LAN、2004年5月号、オーム社
(3) 「戸籍情報システム標準仕様書」、日本加除出版株式会社
(4) 酒井 寿紀、「これでいいのか? 日本の電子政府」、OHM、2007年6月号、オーム社
(5) 酒井 寿紀、「17年目にやっとまともな姿に!?・・・電子納税」、Tosky's IT Review、2017年7月25日
(6) 酒井 寿紀、「『電子申告 54%』の怪」、Tosky's IT Review、2018年2月20日