「電子申告 54%」の怪
酒井ITビジネス研究所 酒井 寿紀 2018/2/20
マイナンバーカードの交付率が1割以下なのに・・・
2018年2月9日の日本経済新聞に、「電子申告 周回遅れ」という記事が出ていた。日本では所得税などの申告の電子化が、北欧に比べ20年以上遅れているという(1)。
その記事に、2016年度の日本の所得税の申告のうち、電子申告の利用率は54%だとある。しかし、電子申告にはマイナンバーカードの取得が必須なのに、マイナンバーカードの交付率は1割強にとどまるという。これはどういうことか??
この記事には、両者の数字の関連について何の説明もない。一体、どうしてこうなっているのだろうか?
税務署で電子申告?
2017年8月17日の日本経済新聞によると、電子申告の利用率には税務署のパソコンで行ったものも含まれるという(2)。そして、税務署のパソコンを使えば、マイナンバーカードは不要だという(1)。
さらに驚いたことに、2008年7月10日の朝日新聞によると、税務署員が納税者に代って電子申告の操作をし、それを電子申告の利用率に含めていたケースもあるという(3)。
マイナンバーカードの所有者よりも電子申告の利用者の方がはるかに多いのは、税務署で電子申告をしている人が多いからだ。そして、税務署に申告に来た人に代って、税務署の人が電子申告の手続きを手伝ってあげているケースが、まだあるのかもしれない。
電子申告は、本来納税者が自宅のパソコンで行うことによって、税務署に行く必要をなくすものなので、税務署での電子申告というのは明らかに本来の姿から逸脱している。税務署へ行くなら何も電子申告をする必要はない。では、どうしてこういうことが行われるようになったのだろうか?
見かけだけ取り繕っても・・・
小生は2007年に、電子申告にはマイナンバーカードの取得やカードリーダの購入が必要で、仕掛けそのものに大きな問題があり、利用率の目標達成は難しいだろうと指摘した。これは利用者の立場で考えれば当たり前の話だ(4)。
上記の朝日新聞の記事によると、こういう根本的な問題を放置しておいて、税務署に電子申告の利用率向上の高いノルマを課したのが、このような「水増し」が行われた原因だという(3)。見かけの数字だけ改善しても、実質的には何の意味もないことを認識すべきだ。意味のない数字の改善のために、余計な作業を増やすだけだ。
実際には2013年以降横這い!
こうして無理やり表向きの数値を増やしてきたにもかかわらず、2017年8月の国税庁の資料によると、所得税の電子申告の利用率は、2013年度に51.8%、2016年度に53.5%と、最近3年間に1.7ポイントしか増えていない(5)。
これでは本来の電子申告の目的を到底達成できないと、国税庁は2019年以降、電子申告制度を抜本的に改めるようにした(6)。
マイナンバーカードの適用は妥当だったか?
今後は、マイナンバーカードもカードリーダも不要になるということだが、これは2007年に小生が指摘したように、初めから分かっていたことだ(4)。
ATMで預金を引き出したり、駅の改札口を通ったり、自動販売機で買い物をする時にICカードが便利なのはよく分かる。しかし、自宅でパソコンを使うのにICカードが必要だというのはまったく理解できない。利用者の認証は重要だが、認証の方法は他にいくらでもある。
そして、非接触型のICカードを使うのも理解できない。非接触型カードは駅の改札口など、短時間に大量の人をさばかないといけないところでは威力を発揮する。しかし、パソコンの個人認証に非接触型カードを使う意味があるとは思えない。マイナンバーカードは非接触型なので、これを使えば自動的に非接触型になるが、現在および将来のマイナンバーカードのアプリケーションで非接触型が威力を発揮するものがはたしてあるのか、はなはだ疑問だ。
同様な理由で、運転免許証を非接触型のICカードにしたのも疑問に思う。非接触型にすれば、ICカードもカードリーダも高価になる。そして、財布の中の非接触型カードが増えれば、電波の相互干渉で問題が起きるおそれがある。従って、非接触型は真に必要なものに限って使うべきだ。
非接触型のメーカーは熱心に売り込むだろうが、うまい話に騙されてはいけない。最新技術に飛びつくのと、情報技術の真の先進国になるのとは違う。
野党や報道機関にも問題が?
政府が推進してきた案件にはいろいろ問題があるものが多い。これもその一つだ。民間企業の場合は、見当違いなことをやれば、競争に負けて市場から追い出されてしまう。しかし、政府には競争相手がいないのが大きな問題だ。
そのため、政府の監視役が非常に重要で、野党や報道機関にその中心になってもらいたいものだ。
野党には、テレビ映えする問題だけでなく、こういう地味な問題にももっと取り組んでもらいたいものだと思う。
そして報道機関には、政府の施策の単なる伝達者に終わることなく、政府機関がやっていることをもっと批判的な目で見てもらいたいものだと思う。「電子申告 54%」等というのは、ある定義の下ではウソではないかも知れないが、まったく実情を表してないことを国民に伝えるべきだ。
[関連記事]
(1) 「電子申告 周回遅れ」、日本経済新聞、2018年2月9日
(2) 「電子納税、利用率54%どまり マイナンバー普及遅れ影響」、日本経済新聞、2017年8月17日
(3) 「税務署、電子申告水増し」、朝日新聞、2008年7月10日
(4) 酒井 寿紀、「これでいいのか? 日本の電子政府」、OHM、2007年6月号、オーム社
(5) 「平成28年度におけるe-Taxの利用状況等について」、2017年8月、国税庁
(6) 酒井 寿紀、「17年目にやっとまともな姿に!?・・・電子納税」、Tosky's IT Review、2017年7月25日