home > Tosky's IT Review

スパコン詐欺事件を招いたものは?

酒井ITビジネス研究所   酒井 寿紀    2018/1/29 

PEZYが「TOP500」を席巻

PEZYコンピュータが「TOP500」の第4位に!

「TOP500」とは、全世界に設置されているスーパーコンピュータの上位500台のランク付けである。1993年以来、年に2回、6月と11月に発表される。

2017年11月のTOP500で、日本のPEZY Computingが開発した「暁光」が第4位になった。性能は19.1ペタFlops(浮動小数点演算を毎秒1.91京回実行)だという(1)。これは2011年6月と11月のTOP500で世界一になった理化学研究所の「京」(10.5ペタFlops)の性能の約2倍だ。

PEZYというのは、PEZY Computingが開発した演算専用のLSIの名称で、何種類かある。これを使ったスーパーコンピュータも「暁光」の他に何機種かあり、それぞれ名前が付けられているが、本稿ではこれらをまとめてPEZYコンピュータと呼ぶことにする。

PEZYが「GREEN500」の1~3位を独占!

近年、マイクロプロセッサを多数使ってスーパーコンピュータを実現する方式が流行している。そして、カネと消費電力に糸目を付けずに、LSIを大量に並べて、物量作戦でスーパーコンピュータの性能を上げようとする動きが見られる。しかし、これは本質的な技術の進歩とは別の道だ。 そのため、TOP500は、1993年から電力消費量当たりの性能のランク付けを「GREEN500」として発表している。このGREEN500で、PEZYコンピュータが2015年6月と2017年11月に上位3位を独占した(2),(3)

これらのスーパーコンピュータを開発したPEZY Computingの斉藤元章社長が、昨年12月、政府の助成金を不正に取得したとして逮捕された(4)。その容疑の詳細については分からないので、ここでは触れない。それは別にして、スーパーコンピュータ開発の現状に、こうした事件を招くような要因がなかったのか見てみよう。

PEZYコンピュータの強さの秘密は?

PEZY Computingは2010年に設立された新興のベンチャー企業で、従業員もわずかなようだ。こういう企業が開発したスーパーコンピュータが、世界中の国や企業が熾烈な戦いを繰り広げているスーパーコンピュータの世界に、彗星のように登場できたのはどうしてだろうか? その製品の強さの源はどこにあるのだろうか?

実質上は「専用LSI型」

近年、スーパーコンピュータの主流の一つは、汎用のCPUと、その演算性能を向上させるアクセラレータのLSIを組み合わせて使うものだ。汎用CPUとしては、一般のサーバー用に大量に生産されているインテルの「Xeon」等が多く使われ、アクセラレータには、グラフィックス処理に広く使われているNVIDIAのGPU (Graphics Processing Unit)である「Tesla」等が多く使われている。

2017年11月のTOP500の上位30台について見ると、中国の「天河-2」、Crayの製品の一部、東工大の「ツバメ」等がこの部類の「汎用CPU/アクセラレータ共用型」だ。

この他、スーパーコンピュータ全体を専用のLSIで構成するものもある。2017年11月のTOP500について見ると、中国の「太湖の光」、IBMの「BLueGene/Q」、理化学研究所の「京」等がこの類で、いわば「専用LSI型」である(9)

PEZYコンピュータは、汎用CPUとして「Xion」を使い、アクセラレータとして専用のLSIである「PEZY」を使っているので、そういう意味では上記の「汎用CPU/アクセラレータ共用型」だ。しかし、「暁光」については、アクセラレータのコア(回路の基本構成単位)数1,984万に対し、汎用CPUのコア数は20万に過ぎない。つまり演算回路約1,000回路に対し、その他の処理用の回路は1回路しかなく、演算性能は実質上アクセラレータとして使われているPEZYの能力で決まる。

つまり、PEZYコンピュータは、一見「汎用CPU/アクセラレータ共用型」のように見えるが、実質上は「専用LSI型」である。

最先端のメニーコア技術を採用

演算専用のLSIの性能を上げるためには、半導体回路の微細化により、動作周波週を上げると共に、回路の集積度を上げる必要がある。こうして、スーパーコンピュータ用のLSIのコア数はどんどん増えてきた。

2010年に現れた40nmのプロセス技術を使ったSPARC T3のLSIは16コアからなり、2011年に45nmのプロセスを使ったBlue Gene/QのLSIには18コアが納められていた。そして、2016年に現れた中国の「太湖の光」には、28nmのプロセス技術による260コアのLSIが使われた。最近のプロセッサ用LSIは、パソコン用も含めて、すべて複数のコアからできていて「マルチコア」と呼ばれているが、このようにコア数が一段と多いものは「メニーコア」と呼ばれる(7),(10)

「暁光」に使われているPEZY-SC2は、さらに進んだ16nmのプロセス技術を使って2,048コアを1個のLSIに納めている。半導体チップの面積は620mm2だという。メニーコア技術の最先端を行くものだ。このLSIを製造したのは台湾のTSMCというファウンドリーだという。

液浸冷却を使用

スーパーコンピュータでは、電気信号の伝播時間を短縮するために装置を極力小さくする必要があり、そのために集中する発熱をいかに効率よく冷却するかが大きな問題になる。PEZYコンピュータは、3M社製のフロリナート(fluorinert)というフッ化炭素の冷却材に直接電子回路を浸す方法でこれを解決している。しかし、フロリナートによる冷却は1985年に世に出たCray-2でも使っていたもので、それほど新しい技術ではない。

また、スーパーコンピュータでは、部品間の相互接続方法も大きな問題で、PEZYコンピュータ用に新技術を開発中という。しかし、これはまだ実用には至っておらず、現在はInfinibandという、多くのスーパーコンピュータで使われている技術を用いている。

こういう状況なので、やはりPEZYコンピュータの最大の特徴は、演算回路を極力単純化して、それを現在の半導体技術の限界まで高集積化したことだと思われる(5),(6)

望ましいスーパーコンピュータの姿は?

ユーザーにとって、望ましいスーパーコンピュータとはどいうものだろうか?

富士山型よりアルプス型!

ユーザーにとっては、世界一の性能ということにそれほど意味はない。スーパーコンピュータの性能は、ここ20年以上にわたり10年で約1,000倍になってきたので、一時期に世界一であっても、その性能はすぐ陳腐化してしまうからだ(7),(8)。世界一でなくても、世界のトップクラスの性能のスーパーコンピュータが多数あって、いつでも自由に使える方がはるかに重要だ。従って、スーパーコンピュータは一つの山だけ突出してそびえている富士山のような孤峰でなく、多数の高山が連なってアルプスのような山脈をなしていることが望ましい。

近年、汎用部品を多数使って実現したスーパーコンピュータが多いのは、たとえ性能的には世界一でなくても、同種のものを多数作れるのが理由の一つだ。

持続可能性(sustainability)が重要!

また、空間的だけでなく、時間軸上も孤立せずに連続したスーパーコンピュータ群をなしていることが重要である。言い換えれば、スーパーコンピュータの技術には持続可能性(sustainability)が求められるということだ。スーパーコンピュータの性能はすぐ陳腐化するので、たとえ一時期世界一になったとしてもその地位は長続きしないからだ。

このためにも、汎用部品を使ったスーパーコンピュータは有利だ。汎用部品はサーバー等の巨大市場を持っているため、半導体の新技術を取り込んだ新製品が次々と開発される。これをスーパーコンピュータに適用して行けば、労せずしてスーパーコンピュータの持続可能性が保てる。

安いことが必要!

同種の技術で何台ものスーパーコンピュータを作るためには、できるだけ安く作れる必要がある。たとえ世界一の性能のものでも、その製造に多額の費用を要すれば、多数のスーパーコンピュータを作ることができない。

この点でも、汎用部品を使ったスーパーコンピュータは有利だ。スーパーコンピュータは半導体のかたまりなので、その原価は数が多ければ多いほど安くなる。そのため、世界中のサーバーで使用されている部品を使ったものが圧倒的に有利だ。

また開発費も安い必要がある。開発費が高ければ、次々と後継製品を開発して持続可能性を保つことができない。

エコシステムの形成!

コンピュータの世界では、世界中で共通のプログラムやデータベースが使われ、これが何世代にもわたって引き継がれてゆく。これはスーパーコンピュータにつても同じである。これを実現するためには、ハードウェアが何種もあっても、ソフトウェアとのインタフェース(アーキテクチャ)が共通で、かつそれが長年月にわたって変わらないことが必要だ(8)

こうして、コンピュータを取り巻くハードウェア/ソフトウェアが一つのエコシステムを形成し、ハードウェアの進歩で製品の世代が変わっても、エコシステムとしては生き続けることが望まれる。 この点についても汎用部品の採用は有利だ。

スーパーコンピュータの現状の問題点は?

このような観点に立つと、スーパーコンピュータの現状にはどういう問題があるだろうか?

富士山型が多すぎる!

例えば、 日本の「京」は2011年にTOP500で世界一になったが、そこで開発された技術が広く使わることはなく、またその技術を受け継いだ後継製品も現れなかった。これには、突出して世界一になることを高く評価するが、技術の波及をあまり要求しない、日本政府の科学技術推進機関や財政当局の責任が重い。そして、世界一となると突然大騒ぎを始める報道機関にも責任の一半がある。

富士山型では、持続可能性も期待できず、またエコシステムの形成も困難だ。

TOP500の功罪?

TOP500は「LINPACK」という科学技術計算の性能を評価する一つのプログラムによる性能の順位付けなので、必ずしも実際の問題についての性能をを正しく反映していない。そのことがだんだん明らかになったため、最近は米国の政府や企業はTOP500の順位をあまり重視してないようだ。現在でもこれを重視しているのは、中国政府と日本の政府や一部の企業のように思われる。

TOP500には、世界中のスーパーコンピュータを一律の基準で評価してきたという大きな功績があるが、その評価基準は一つのベンチマークテストの結果だけだ。いわば、TOP500は自動車のF1レースのようなもので、総合的な力を評価するものではない。にもかかわらず、その第1位の獲得を究極の目標にするところが現れたことが問題なのだ。これは、TOP500自身が悪いのではなく、その利用の仕方に問題があるのだ。

PEZYの問題は?

こういう目で見るとPEZYにはどういう問題があるだろうか?

「TOPP500」上位獲得が自己目的化していないか?

PEZYは1 LSI当たりのコア数が2,048と、他機種に比べて非常に多い。命令語やデータ形式の情報がないため推測に過ぎないが、コア数を増やすためコアの論理構成をかなり無理をして単純化している可能性がある。その結果、TOP500の性能の割には実際の問題での性能が十分に出ない恐れがある。これは、TOP500の上位獲得そのものを最終目標にする時に起きる問題だ。

今後、PEZYコンピュータの実際の問題についての性能をよく評価する必要がある。

汎用部品を使用する方法との比較

現在は汎用のCPUと汎用のGPUを使ったスーパーコンピュータが非常に多い。これは、開発費があまりかからず、部品を安く入手できるからだ。また、そのため、同種のコンピュータの台数を増やすことが容易で、また半導体技術の進歩をタイムリーに取り込むこともたやすくできる。

しかし一方、汎用部品で実現できる性能には限界があり、開発費や製造コストを無視すれば、専用部品を使用した製品に勝てない。そのため、近年でも専用部品を使用したスーパーコンピュータが多数ある。IBMのBlue Geneファミリー、富士通の「京」、中国の「太湖の光」等だ。そして、富士通の「ポスト京」もARMをベースにした新CPUを開発中ということだ。

この問題には、経済問題が絡み、製造するスーパーコンピュータの台数や期間が大きく影響するため、どっちがいいと一概には言えない。しかし、少なくとも、1機種だけでなく、長期間にわたるスーパーコンピュータのファミリーとしてどっちの道を選ぶべきかをよく検討する必要がある。

カネがかかるほどいいプロジェクト?

日本政府は日本の科学技術レベルの向上に躍起になっている。世界一のスーパーコンピュータの開発はその恰好な目標だ。そのためにはTOP500の第1位を目指すのが一番だと、これを最終目標にしたがる。

そのため、 実用性や経済性はさておき、とにかくTOP500の世界一を目指せば、カネも人も集まり、報道機関も大きく取り上げてくれる。そしてそれに成功すれば勲章がもらえるかも知れない。

一方、汎用の部品を組合せて、実用上は充分な性能のものを安く作っても、政府にはあまり喜んでもらえず、報道機関も大きく取り上げてくれない。民間企業ならこういう計画の方が高く評価されるだろうが、日本政府にとっては、どんなにカネがかかろうとも、少しでもTOP500の上位を獲得する方が重要なようだ。どうも、カネを大量に使うプロジェクトほど立派なプロジェクトに見えるようである。

 

[関連記事]

(1) "TOP500 / November 2017", TOP500

(2) "GREEN500 / June 2015", TOP500

(3) "GREEN500 / November 2017", TOP500

(4) 「スパコン助成金4.3億円詐取疑い  東京地検、「暁光」開発のベンチャー社長ら逮捕」、2017年12月5日、日本経済新聞(夕刊)

(5) 「Exa級の高性能機を目指し 半導体・冷却・接続を刷新 (上)」、日経エレクトロニクス、2015/07号、日経BP社

(6) 「Exa級の高性能機を目指し 半導体・冷却・接続を刷新 (下)」、日経エレクトロニクス、2015/08号、日経BP社

(7) 酒井 寿紀、10年で1,000倍に! スーパーコンピュータの性能」、エムエスツデー2012年10月号、(株)エム・システム技研

(8) 酒井 寿紀、ポスト「京」の課題・・・次期スーパーコンピュータ」、OHM2011年10月号、オーム社

(9) 酒井 寿紀、続・ポスト「京」の課題・・・ホモジニアスかヘテロジニアスか」、OHM2011年11月号、オーム社

(10) 酒井 寿紀、一人我が道を行く「京」?」、Tosky's IT Review、2015年1月4日


Copyright (C) 2018, Toshinori Sakai, All rights reserved