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楽天の通信事業参入に思う

酒井ITビジネス研究所   酒井 寿紀    2017/12/20 

楽天が通信事業に参入

12月14日、楽天が通信事業に参入すると発表した(1),(2)。通信事業といっても、今まで同社がやっていた、他社からモバイル回線を借りてサービスを提供するMVNO (Mobile Virtual Network Operator)ではなく、NTTドコモ等と同じように、自前のモバイル回線を使うMNO (Mobile Network Opeator)である。現在同社のMVNOのユーザは140万人を超えるそうだが、MNOとして、これを10年後には1,500万人以上にしたいという。

現在日本のモバイル通信市場は、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3グループで寡占化されていて、そのため通信料金が高止まりしている。最近いわゆる「格安スマホ」の普及で、多少値下がりの兆しが見えるが、まだまだ値下げの余地があると思われる。それを妨げているのは、何と言っても競争の少なさだ。異業種からの参入で、モバイル通信市場が活性化することは喜ばしい。

コンテンツ配信等とのシナジーを狙う

スマートフォンの普及が一巡し、もはや成熟市場になったモバイル通信の世界で、後発の楽天が、寡占している3社から市場の一角を奪うのは至難のことと思われる。しかし、この市場で生き延びるためには、最低10%程度の市場シェアは必須であろう。そこで楽天は、1,500万人のユーザー獲得を当面の目標にしたのだろう。

この目標達成のため、楽天はコンテンツの配信事業等とのシナジーによる競争力の向上を狙い、次のように言っている(1)

「当社グループはこれまで、・・・Eコマース、旅行予約サイト、クレジットカード、・・・等様々な事業を展開してきました。とりわけ、日本国内においては、楽天IDは約1億にのぼり、・・・他に類を見ない強固な経済圏(エコシステム)を構築しています」

「近年は、ユーザーのモバイルシフトが着実に進んでます。・・・(そのため、)モバイル端末が最も重要なユーザーとのタッチポイントであることは疑いの余地がありません」

「MNO事業への参入が実現した場合、当社グループは、・・・Eコマース、FinTech、デジタルコンテンツ、モバイル通信等のサービスを包括的に提供できる世界にも類を見ないユニークな事業会社になります」

通信事業とコンテンツ配信の関係を振り返ると

楽天は ユニークな企業になるかもしれないが、果たしてこれは競争力の向上にどれだけ貢献するだろうか? コンテンツの配信について、通信事業との関係を振り返ってみよう。

携帯電話/スマートフォンでのコンテンツ配信は、電話の着信音に楽曲の一部を使う「着うた」に始まった。そしてそれは、1曲全体をダウンロードできる「着うたフル」へと成長していった。通信各社はユーザー獲得のためにこういうコンテンツ配信に力を入れてきた。

そして、配信するコンテンツは、音楽から、ビデオ、電子書籍へと広がっていった。

また、コンテンツを配信する組織は、通信会事業者自身から、グループ企業、他社との合弁企業などに多様化していった。

さらにコンテンツ配信事業が進化すると、通信事業とはまったく独立に、この世界の中での優勝劣敗、弱肉強食による寡占化が進んだ。そして、音楽配信でのアップルによる「iTunes」、ビデオ配信でのGoogleによる「YouTube」、電子書籍配信でのAmazonによる「Kindle」や楽天による「kobo」等が市場を寡占するようになった。 こうして、通信事業から独立したコンテンツ配信の市場が形成されている。

こういう傾向は、上記のようなコンテンツの配信に限らない。インターネット通販や、交通機関/ホテル/レストランの予約等のサービスについても、今や通信事業者から独立したウェブサイトが主流である。これは日本に限らず、全世界で共通だ。

何故コンテンツ配信は独立した市場になるのか?

では、何故このようなサービス提供は、通信事業から独立した市場を形成するようになるのだろうか?

ユーザーが使いたいのはこういう個々のサービスであって、そのために使う通信回線は、安くて速ければ、どの事業者のものでも構わない。そして、個々のサービスについては、それぞれの分野で最良なものを使いたいのであって、すべてのサービスが1社から提供される必要は全くない。多くの企業のサービスを使えば、費用の支払い方法がまちまちになる等の問題はあるが、それよりも選択の自由度が増えるメリットの方が大きい。

サービスを提供する側でも、こういうユーザーの要求に応えて、どの通信事業者の回線からも使えるようにしている。通信事業者に制約がないだけでなく、スマートフォン/タブレット/パソコン等、どの端末からも使え、またAndroid/iOS/Windows/macOS等のどのOSからも使えるようにしているのが一般的だ。

一方、サービスを提供する企業にとっても、最も得意な分野に経営資源を集中して、圧倒的なシェアを獲得した方が経営効率がいい。逆に、中途半端な品質の製品を多数抱えているのは、経営の足かせになる。このような事業からはできるだけ早く撤退して、他社のサービスを使ってもらった方が、サービスの提供者/サービスを受ける者の双方にとって好ましい。中途半端な製品を無理な値引き、抱き合わせ販売等で無理やり顧客に押し付けるのは、顧客の不満を招き、営業部門の足を引っ張るだけなので、最も避けなければならない。

IT産業は垂直統合から水平分業への変遷の歴史

IT産業を振り返ると、メインフレームでもパソコンでも、当初はハードウェア機器/OS/アプリケーション・ソフト等、1社がすべて提供していた。市場はメーカーごとに垂直に分割されていて、メーカーが違えば機器やソフトの融通が全くできなかった。

しかし、製品が進歩して複雑になり、市場が成熟すると、1社ですべてを提供することは不可能になった。一方、ユーザー側も、自分の使用目的に最適な機器やアプリケーション・ソフトを組み合わせて使いたいと思うようになった。

そのため、製品間の接続仕様が標準化され、市場はCPU/OS/アプリケーション等、製品分野ごとに水平に分割されて、ユーザーは分野ごとに自分に最適な製品を選ぶようになった。

このような過去の状況を振り返ると、通信回線とコンテンツやサービスの提供が別の市場を形成するようになるのは、自然な流れである。この流れに逆らって、1社ですべてを提供し、顧客を囲い込むのは難しい(3),(4)

「土管」に未来はないか?

通信事業の経営者には、通信回線はアプリケーションを提供するための「土管」のようなもので、「土管」の提供だけでは付加価値が少なく、事業の発展が見込めないので、コンテンツの配信等に力を入れると唱える人が多い。こういう主張にも一理あるのは確かだ。

しかし、上にも見たように、通信事業もコンテンツ配信も、それぞれの分野で独立した市場を形成し、熾烈な戦いを展開している。そのため、一つの企業が通信事業とコンテンツ配信を手掛けるなら、その分野で市場のトップグループに入るよう努める必要がある。特にコンテンツは一種のソフトウェアなので、トップグループ以外のものはすべて淘汰され、生き残る道はない。

では、「土管」だけでは本当に生きていけないのだろうか?

確かにスマートフォン用の通信回線の市場は、量的にはもう飽和に近いだろう。しかし、IoT (Internet of Things)用の回線の需要が増えるのはこれからだ。身近なところでは、近年中にすべてのクルマがモバイル回線に接続されるようになると思われる。そして、IoT用の回線に対する要求は、速度/信頼性/費用等の点で、スマートフォン用に比べはるかに幅が広い。

こういう新市場では、既存の通信事業者も、新規参入の事業者も、同じ条件で競争を始められる。新規事業者は、既成市場に無理やり割り込もうとするだけでなく、こういう新市場の開拓に力を入れるべきだと思う。

[関連記事]

(1) 「携帯キャリア事業への新規参入表明に関するお知らせ」、2017年12月14日、楽天

(2) 「楽天、第4の携帯会社に 回線に最大6000億円」、2017/12/14、日本経済新聞

(3) 酒井 寿紀、「いつか来た道・・・携帯電話のプラットフォームはどうなる?」、Computer & Network LAN、2005年1月号、オーム社

(4) 酒井 寿紀、「変わったもの、変わらないもの・・・ITの歴史を振り返って」、OHM2014年12月号、オーム社


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